2006年11月15日(水) 東奥日報 特集

断面2006

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■ 松坂交渉権、60億円落札の背景/松坂は市場への設備投資

 ポスティングシステム入札制度)で米大リーグに挑んだ松坂大輔投手(西武)との交渉権を獲得したのは名門、レッドソックスだった。しかも落札額は約5111万ドル(約60億円)もの巨額。松坂との交渉権を得るためだけに日本球界の1球団の年間収入を上回る巨費が動く。その背景に、戦力面の高い評価とともにビジネスを冷徹に計算する米国側の思惑も見え隠れした。

 ▽すごいお金だ

 「Konnichiwa!(こんにちは)」。ボストン・グローブ紙(電子版)はスポーツ面トップにこんな見出しを掲げ、レッドソックスの松坂交渉権獲得を報じた。記事はスミス大でスポーツビジネスを研究するアンドルー・ジンバリスト教授のコメントを掲載。巨額に驚く米国民の感想を伝えた。いわく「ザッツ・プリティ・リッチ(すごいお金だ)」。

 途方もない金額、というのが米国での受け止め方だ。ただ、レッドソックスが高額で応札した、と自らのホームページ(HP)で報じたスポーツ専門放送、ESPNは巨額の理由を三つ挙げていた。「トップクラスの先発投手としての評価。成長著しい極東市場にレッドソックスの旗を効果的に立てられること。そして、ヤンキースの獲得を阻止する意味」

 1番の理由は、もちろん能力だった。レッドソックスは1年以上前から松坂に注目していたという。ボストンの地元紙は「レッドソックスは大リーグ屈指の左腕ジト(アスレチックス)らを含む今年のフリーエージェント(FA)市場で最高の投手と評価」とした。

 ▽初期投資

 米メディアが各球団の応札額を報じる中、レッドソックスが飛び抜けた値を付けたのは、独自の理由があった。それがヤンキースとのライバル関係を背景に、ジャパン・マネーを狙うビジネス戦略だった。ボストン・ヘラルド紙はこう報じた。「レッドソックスは日本へのマーケティング効果で松坂への初期投資(落札額)は回収可能と信じている」

 レッドソックス戦は、ヤンキースが所有する「YES」テレビ同様、地域のケーブルテレビ局が放映している。この「NESN」局の株の80%をレッドソックスが握る。日本へは大リーグ機構が一括契約するため、うま味は少ないが、NESNにとって松坂加入は米国内の日本人社会に浸透するまたとない契機となる。ましてヤンキースには松井秀喜外野手がいる。永遠のライバル球団の投打の主軸対決を日本のスターが演じる。日本人社会にインパクトを与えないわけがない。

 ▽収益はテレビに

 車、家電、カメラ。松井秀が加入したヤンキースの「YES」に日本企業のCMがあふれる。NESNも二匹目のどじょうを狙うのは必至だ。ボストンのあるマサチューセッツ州を中心に約400万世帯が加入する同社の広報は「契約数急増の見通しは不明」と明言しないが、スポンサーに日本企業が増えれば収入の大幅アップにつながるのは間違いない。

 実は傘下テレビ局の収益増こそ、球団の狙いなのだ。球団本体が多額の利益を上げると、チーム間経済格差是正を目的に導入された収益分配制度で、利益の相当分を大リーグ機構に拠出しなければならない。むしろ放送権料を格安とすることなどで傘下テレビ局に富を集約し、球団の拠出金を減らす計算だ。ジンバリスト教授は「YESは二〇〇四年、年間2億ドルの純収入を得ているはずだが、球団は5500万ドルのケーブル収入(YES放送権料)しか報告していない。こんな節税策をとるチームはほかにもある」と著書で指摘した。戦力プラス経営。松坂はビジネスを広げる切り札ともなった。




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