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『絶対弱者:孤立する若者たち』 三浦宏文・渋井哲也著

◇読者レビュー◇ 自分の周囲でも目立ち始めた困った人たち

平野 日出木(2007-12-30 16:30)
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 たとえば病気や経済的な困窮などで「社会的弱者」になれば、社会的なシステムによって保護され、医療・福祉・教育の観点から救済され得る。

 ところが、こうした「社会的弱者」にくくりにくい弱者が、現在、大量発生している、と本書はいう。

 目に見えるような、明らかな形で現れてこない弱者は、社会システムの救済対象にならない。だから、救いようがない。そこで2人の著者は「絶対弱者」と命名した。

 著者のひとりは、オーマイニュースに多数寄稿し、木曜日と金曜日にはデスクも務めている、ジャーナリストの渋井哲也さんだ。渋井さんはネットコミュニケーションに関心が深く、ネット上とリアルの場の両方で若者と実際に交流し、彼らをつぶさに観察してきた。一方、三浦宏文さんは渋井さんとは大学以来の友人。現在、塾・予備校・高校の講師として、日々学生に接している哲学博士だ。

 2人がそれぞれ、仕事場、飲み屋、教育現場で出会った「絶対弱者」とは、たとえばこういう人々である。

「俺はそんなものはいつだって書けるんだ」
「俺は、ヤツが書いているものよりもうまく書けるんだ」
 などと言い張るライター志望者(ただし、本人は志望者ではなく「ライター」だと自認している)がいた。しかし、彼が文章を完成させたところを見たことはない。(中略) 
 彼のような若者は、口では大きいことを言う。そのため、初めて会った人には「すごい人なんだな」と思われ、尊敬されたりする。しかし、人間関係が継続しない。すぐ「口だけだ」と思われてしまうからだ。 (41-43頁)


 異常にプライドが高くて、クラスメイトに対して「俺はこんな学校じゃやってらんない」「あいつらになんかに相手にされたくない」と軽蔑した態度をとるんです。しかし、じゃあその子が勉強できるかっていうと、実はまったくできなくて、むしろクラスでも下の方に入る。(中略)
 その子たちは単に学力の問題ではなくて、コミュニケーションの能力に非常に問題があるんです。例えば、授業の態度が悪くて怒られたりすると、すぐに授業に出てこなくなる。(中略)
 なら、その心を閉ざしたような子たちが、自分ができないことにしょぼくれているかっていうとそうじゃなくて、割と自信満々で、志望校は「早稲田、慶応以外は考えていない」なんて平気でいう。 (172-174頁)


 その人の振る舞いや人間の器が、口で言うほど大きなものではない、ということが徐々に周囲に伝わってくる。(中略)そのままだと行き場はなくなるんですけど、新参者というのが常にでてくるんですよね。
 新参者にしてみると、コミュニケーション能力が高く、プレゼンテーションがうまいように思うんですよね。だから、そんな人でも新参者には憧れの対象になってくる。(中略)つまり、入り口では尊敬の対象になるんです。
 初対面としてはすごいんですけど、実際長年付き合っていくうちに関係が破綻していくっていうタイプ。「言うほどあんたやってないじゃん」みたいな。 (180-181頁)

 プライドが異常に高い。しかし実力が伴っていない。そしてコミュニケーション能力が決定的に不足している──。要するに、こういう性質の人たちが「絶対弱者」なのだそうだ。「引きこもり」のようにコミュニケーションそのものを拒絶しているのではなく、むしろ他人よりも優位に立とうとして、過剰なコミュニケーションを図る点に特徴がある。「発達障害」に近いようだが、明確にそう位置づける根拠には欠けるらしい。教育心理学者で、『他人を見下す若者たち』(講談社現代新書)を著した速水敏彦さんは、この「根拠なきプライド」のことを「仮想的有能感」と呼んでいる。

 この種の「困った人たち」は昔からいただろう。筆者2人もそう認識する。ただし、過去20年ぐらいの期間に浮上し、蓄積したさまざまな要因によって、最近になって「その存在やマイナス面が顕著に目立つようになった」(122頁)と著者らは見る。

 たとえば80年代になって強調された「消費社会」や、バブル期と軌を一にした「広告の時代」。他人とは違う「個性的な自分」を作り出さなければならない社会的プレッシャーが強まり、本質を理解して伝達するより、短いセンテンスのキャッチコピーで説明する技術の方が優先されるようになった。

 また、90年代に加速した「ゆとり教育」。共通の教養だった知識を減らし、コミュニケーションの壁を高める素地を作った。また、それまでの画一的教育の不健全さを浮かび上がらせる余り、不登校生に“エリート意識”すら与えてしまった。

 さらに90年代以降、電話→ポケベル→ケータイへと通信手段が劇的に変化した。各個人は、家庭・学校・仕事場という共同体を経由せず、選択的に、他の個人と、直接コミュニケーションを取れるようになった。それによって、身近な仲間以外とのコミュニケーションは消滅し、「ちょっと嫌な奴」「変な奴」はそもそも連絡相手に選ばれなくなった。

 こういったさまざまな要因によって、絶対弱者的な層の孤立が深まり、その存在が以前よりも顕著に浮かび上がるようになったというわけだ。

  ◇

 じつは、私の知り合いにも似たようなのがいた。過去形にしたのは、交際を絶たざるを得ない状況が生じたからだ。

 この人物は映画を作りたいという。国際的に有名な賞を(長編で)とれるのは日本では自分しかいないとまでいう。聞くと、自分自身の「話」は確かに面白い。関西のいわゆる駅弁大学に入ったものの、数年踏ん張って、関西の超有名国立大学に入り直した。卒業後、東京の大手広告代理店に入社。ある朝の通勤途上、カルト集団のテロ行為に巻き込まれ、入院。その後、人生を見つめなおし渡米。ニューヨークの知人宅に住み込んで働き、その後、西海岸の有名校に留学……。

 こういった「特異」な自分の人生経験を、ぜひ映画にして、国際的な賞を取りたい、などと目を輝かせながら話すので、最初は「面白い人だ。すごい人だ」と感心した。

 けれども会うたびに、自分の過去の同じ話ばかりする。他人の話にはまったく興味を示さず、しゃべり続ける。同席した人間がたまたま初めてであれば、面白がって聞くからいいが、2度も3度も、同じ話ばかり聞かされる人はたまらない。

 そのうち、うっすらとこの人の話に疑問を感じるようになった。

 映画が昔からそんなに好きなら、なぜ大学時代に映画サークルに入って映画を撮らずに、通訳のバイトばかりしていたのだ。なぜそこまで超一流国立大に入りなおすことに固執したのだ。せっかく映画配給会社に転職したのに、なぜ数カ月で辞めてしまったのだ。なぜ選んだ留学先が、映画で有名な南カリフォルニア大やUCLAではなかったのだ。なぜそこまで国際的な賞にこだわる、自分の撮りたい映画を撮ることがまず先だろうが……。

 こういったタイプの人物に出会ったのは、私は初めてだった。「誇大妄想狂」なのだろうと判断していたが、本書のなかに出てくる「絶対弱者」と相当部分かぶっている。ちなみに「誇大妄想」は「統合失調症」(旧称・精神分裂病)の一種なので、認定されれば社会的に救済されうるが、彼女はどうなのか。

  ◇

 「絶対弱者」への明確な処方箋(せん)は、残念ながら本書には示されていない。

 三浦さんは、大学に落ちることによって「根拠のないプライド」が一度踏みにじられれば、そこから自分なりの努力ではい上がることによって、実力に裏打ちされた「地に足のついた自信」が得られるだろうと指摘する。

 しかし、「根拠なきプライド」の持ち主は受験生だけではない。大学を卒業し、会社に入ってくる新入社員も十二分に持っている。

 私が社会人になった20余年前は、そんなヤワいものは、徒弟制のもとで、完膚なきまでに叩き潰された。ところが最近はそのような新人教育はできない、なぜなら辞めてしまうから、と元同僚は話していた。大学全入時代に突入し、企業が全般的に優しくなった今は、「仮想的有能感」はヌクヌクと生育し放題なのかもしれない。

 一方、渋井さんは、正規雇用が増え、それを絶対弱者が選択できるようになれば、絶対弱者ゆえにニートやフリーターになって生活のリスクを背負ってしまう確率は下がると指摘する。しかし、それでは企業社会で抱え込んで、存在を目立たなくするだけであって、根本的な対策とはいえないだろう。

 対策や処方箋(せん)の解明は、したがって、後続の課題として残っている。

 余談だが、弊サイト編集部内では12月以降、「それ、やります」「それ、できます」と言ったまま一向にアウトプットが出てこないスタッフに対し、「あなたはもしかして、絶対弱者なのですか」と柔らかく言い合い、互いに奮起を促している。渋井さんにはまだ確認していないが、使い方はさほど誤っていないはずだ。


長崎出版
2007年11月発行
240ページ
1600円+税
ISBN 978-4-86095-217-4



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