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2008年01月14日(月曜日)付

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成人の日に―「KY」といわれてもいい

 大人になるって、どういうこと?

 若者たちが集まる東京・渋谷の街で、こんな問いを投げかけてみた。

 酒が飲める。門限がなくなる。責任を背負う。一人で生きていける。相手を思いやれる人間になる……。

 あれこれ答えは出てきたけれど、さんざん首をひねった若者も多い。一筋縄ではいかない難題だったようだ。

 子どもから大人へ。その節目である「成人の日」はきょうで60回目となる。

 「おとなになつたことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」。祝日法がかかげる意義は、なかなか魅力的だ。でも、「大人になることの意味」までは教えてくれない。一人ひとりが答えを探していくしかない。

 そこで、一つ提案をしたい。

 大人になったら、ぜひ自分の力で考え、自分の足で立ってみよう、と。

 たとえば、サッカー日本代表のオシム前監督は、「走ること」とともに「考えること」を選手に求めた。生きていくうえでもサッカーと同様、考えるべきことは数限りなくある。

 社会に出れば、学校で渡されたような教科書がいつもあるとは限らない。あらかじめレールが敷かれているわけでもない。そもそも正答が一つではない世の中にこぎ出していくことになる。自分なりの考えや判断が、どうしても必要になってくる。

 それだけに、若者に広がる「KY」(空気を読めない)という言葉は気がかりだ。自分たちと違うと感じた相手を排除する。仲間はずれが怖いから、みんなと同じであろうと必死になる。流行語が招くこの風潮にがんじがらめになってしまうと、まわりに流され、やがて自分の意見さえ持てなくなる。

 このさき、どう生きるか。どんな社会を望み、どういった政治を求めるのか。課題に向き合うたび、自分なりに考える。少なくともその努力をすることは、まぎれもなく大人の責任だ。

 考えをめぐらすなかで、他人の意見に耳を傾けてもいい。でも、その発言をただうのみにするのではなく、「自分はどう思うか」と一歩立ち止まって考える。そんなくせを、まずはつけたい。

 「えらそうに」と反発されそうだ。それでもあえてこの一文を書いたのは、いまだに自分自身が心もとないからだ。長いこと大人をやっているが、自分で考え抜くことがどれほどあったか。自分の意見と思っていることが、実は他人の受け売りではなかったか。

 そうした自戒を込めつつ、「成人の日に」と題した詩の一節を若い世代に紹介したい。作者は谷川俊太郎さんだ。

 でき上がったどんな権威にもしばられず/流れ動く多数の意見にまどわされず/とらわれぬ子どもの魂で/いまあるものを組み直しつくりかえる/それこそがおとなの始まり/永遠に終わらないおとなへの出発点

日雇い派遣―あまりに広がりすぎでは

 日雇い派遣の業界は、こんなにひどかったのか。改めて驚かされた。

 大手のグッドウィルが厚生労働省から2〜4カ月間の事業停止命令を受けた。法律で禁じられた仕事に派遣するなどの違法行為を繰り返していたという。全国708の事業所すべてで、すでに派遣先と契約した分を除き、日雇いを含めた新しい派遣業務ができなくなる。

 また、グッドウィルの違法派遣などにかかわった大手物流会社など3社が、事業改善を命じられた。派遣事業の許可を受けないまま違法派遣に手を染めていた港湾関連会社は刑事告発された。

 一連の厳しい処分があぶり出したのは日雇い派遣業界のでたらめぶりだ。

 建設や港湾業務といった仕事は慣れていないと危険なこともあり、派遣労働者を使うことが禁じられている。それなのに、かまわず送り込む。契約先とは違う会社で働かせる。いずれも、働く人の安全や権利をないがしろにした行為だ。

 なかでも悪質だったのがグッドウィルだ。05年にも違法派遣を指摘され、事業改善命令を受けていた。それをまったく改めていなかったのだから、法律を守る気がなかったとしか思えない。

 日雇い派遣業界は、規制緩和のなかで急速にふくらんだ。それにつれ、ルール違反も目立つようになった。昨年には、グッドウィルと並ぶ大手のフルキャストが違法派遣で事業停止命令を受けた。

 なぜ違反が横行するのか。

 日雇い派遣で働く人は、全国で少なくとも5万人はいる。携帯電話やメールで連絡を受け、毎日さまざまな職場へ送り込まれる。収入は低く、明日の仕事の保障はない。

 危険な仕事をするよう命じられても、翌日から仕事を回してもらえなくなる心配があるので、文句を言いにくい。働き手がばらばらなので団結がしにくい。こうした働き手の立場の弱さに業者がつけ込み、違反の温床になっているのだ。

 違法な働き方を強いられてきた人たちは、グッドウィルが事業停止となることで、仕事を失う不安にも直面する。厚労省と業界はまず、この人たちの働く場を確保することに全力を尽くすべきだ。

 違反だらけの業界は一から出直さなければならない。また、厚労省の責任も見逃せない。問題が噴出しているのに、十分な監督ができなかったからだ。

 厚労省は日雇い派遣の新たな指針をつくり、働く人に就業条件を示すためのルールなどを細かく決める方針だ。

 しかし、それだけでは不十分だ。

 そもそも日雇い派遣のような不安定な働き方が、いまのように広がっているのは異常ではないか。ここまで増えれば、厚労省などの目も行き届くはずがない。今後は逆に派遣できる業種を絞ることを考えた方がいい。

 日雇い派遣のあり方や規制の仕方を根本から改める。そうしたことに、今回の事件を生かしたい。

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