向精神薬「マジンドール」を巡り、医師法違反容疑で逮捕された風本(かぜもと)真吾容疑者(44)が代表を務める「メディカルサロン」グループと同様に、「ダイエット効果がある」と宣伝している医療機関が、全国で100カ所以上に上ることが毎日新聞の調べで分かった。マジンドールの処方は高度肥満症の患者に限定されており、ダイエット目的は国の承認する用法を逸脱する可能性が高い。副作用がある薬を安易に処方する傾向が全国に広まっていることが明らかになった。
毎日新聞が全国の医療機関のホームページを調べたところ、少なくとも北海道から九州までの108施設が、ダイエットに効果がある薬としてマジンドールを紹介。美容整形や美容外科、皮膚科が大半で、施設のほとんどが健康保険を使わない自由診療だった。薬価は1錠212円50銭だが、これらの施設では1錠1000円前後の高値で処方され、中には1錠3150円もする施設もあった。
毎日新聞の取材に対し、東京都内の美容外科の院長は「若い女性が『マジンドールをください』と来れば、やせ気味の人でも出す。副作用もきちんと説明しているし、治療の選択の自由が制限されるのはおかしい」と話した。福岡市内のクリニックの事務長も「自由診療ならば適応症でない患者に処方しても問題ないと判断している」と説明した。
風本医師は92年に製造承認された直後から「マジンドールダイエット」として宣伝し、グループの店舗を次々と拡大した。風本医師の成功で、他の医療機関にも同様のダイエット医療が広がったとみられる。
国が承認する用法では、食事療法と運動療法でも効果がなく、BMI(体格指数)35以上の高度肥満症の患者が対象。製造販売元の「ノバルティスファーマ」(東京都港区)はダイエット目的などの不適切な使用が後を絶たないとして、98年から毎年、文書で医療機関に注意を呼びかけてきた。
96年に約500万錠だった販売実績は06年に約340万錠まで減少。しかし、同社が国報告した分だけでも、調査症例の約2割の1721人におう吐やめまい、睡眠障害などの副作用があった。同社は「不適切な処方が副作用被害を招いているのは間違いなく、さらに適正使用を促す必要がある」としている。
一方、厚生労働省は「医師には処方権があり、たとえ適応症でないような人に処方しても、その医師が必要と診断した以上、違法と指摘するのは難しい。ホームページでダイエット薬として推奨しても、行政指導できるのは販売目的など悪質なケースだけだ」(医薬食品局)と話している。【精神医療取材班】
◇解説…現行制度の限界、医師自ら襟正せ
今回の事件は、向精神薬「リタリン」を巡る問題と同様に、医師によるずさんな処方が後を絶たない実態を浮き彫りにした。しかし一方で、医師が用法を逸脱し、適応症のない患者に安易に処方した場合でも医師の「処方権」が壁となり、処方行為自体を規制したり、刑事罰を科すことが困難だという現行制度の限界を示した。
大阪地検が逮捕に踏み切ったのは、専門知識を持つ医師が知識のない患者に対し、健康被害を及ぼす可能性がある薬を簡単に処方した行為を極めて悪質と見たためだ。しかし処方権を考慮し、無資格者に処方させていた医師法違反(無資格医業)容疑を適用する形となった。07年警視庁がリタリンの処方で摘発した2件のケースでも同じ容疑だった。
向精神薬を巡って摘発された3人の医師以外にも、用法を逸脱した処方を繰り返す医師の存在が毎日新聞の調べで明らかになっている。これらの事件は氷山の一角に過ぎない。捜査任せにせず、医療界が自ら不正を排除する仕組みが求められている。【精神医療取材班】
◇「カルテに医師の指示」…風本容疑者
風本真吾容疑者は昨年12月27日、東京都新宿区の四谷メディカルサロンで約1時間にわたって毎日新聞のインタビューに応じた。主な一問一答は次の通り。
--マジンドールダイエットを始めたきっかけは。
◆やせられないと悩む人の多くが、あまり食べていないのに太ると思い込んでいた。実際は食べ過ぎが原因で、それを理解してもらうには、マジンドールの早期・短期利用が一番いいと分かった。
--高度肥満でない人にも処方しているのでは。
◆自由診療なので、そこそこの肥満体質であれば問題ない。
--医師の資格のない職員に処方させた疑いが出ているが。
◆ありえない。カルテに書いてある医師の指示を看護師やスタッフが実行しているだけだ。
--それは無診察ではないか。
◆ならない。そうであればすでに逮捕されている。【精神医療取材班】
毎日新聞 2008年1月9日 2時30分