海賊版DVDは永遠に不滅です!?
中国でニセモノがなくならないホントの理由
11月に工藤明子記者が『海賊版DVDがなくならない理由』という記事を書かれていた。北京からこの問題を見ると、海賊版がなくならないことには確固とした理由があり、また、それは単に中国政府を知的財産権侵害だと声高に非難するだけでは決して解決しえない問題に見える。
オリンピックイヤーに入り、北京では、バス停や地下鉄の駅などで「五輪に向けて法律を守ろう」とか、「海賊版の売買をやめよう」などと書かれたポスターを見かけるようになった。また、バスや電車の中のテレビでも同様のキャンペーンが繰り返し流されている。中国政府は真剣にこの問題と取り組み、国民の意識を高めようとしていると思う。
それでは、なぜ市民がみな海賊版を買い、なぜ生産も後を絶たないのか。理由の1つは中国のテレビ局が連続テレビドラマを放送するやり方にある。
中国のテレビドラマの放送のやり方
中国のテレビドラマでは、シリーズものは一晩に連続3話ぐらい続けて放送し、それを毎日繰り返していく。つまり、あるドラマの第1回から第3回までは月曜日の午後10時から連続して放送し、第4回から第6回は火曜日の午後10時から、第7回から第9回は水曜日の午後10時からと、連日放送してしまうのだ。アメリカや日本のように、「毎週日曜午後8時から」などという放送の仕方はしない。
見る側にとって、これはとても疲れる。
このような放送のやり方は、国民のほとんどが「公務員」状態で、毎日同じ時刻に帰宅して夕飯をとり、テレビを見ることができ、かつ、ほかに娯楽が極めて少ないという昔の時代の要求から生まれたものだ。
しかし、今では私企業の増加で残業をする若い世代も増え、また、バーやディスコ、カラオケなど、ほかの娯楽も増えてきた。
そんな中で、たった1日見逃すと3回分のエピソードが飛んでしまうテレビドラマは、その後はとても見る気にならない。
そこで、いいドラマなら、そのうちDVDが出てから買おうということになるわけだ。また、実際に番組終了後、すぐに海賊版DVDが発売される。
もう1つは、長いコマーシャルタイムが嫌という理由もある。日本やアメリカと違って、「1時間当たりのコマーシャル時間は何分以内」という規制がゆるいため、テレビのコマーシャルがむやみに長い。
しかも、オリンピック年を迎えた空前のブームでコマーシャルを出したがる企業は山のようにある。コマーシャルは派手に、そして長くなる一方だ。しかし、DVDならコマーシャルを見ないで済む。
DVDプレーヤーとコンピューター
北京では何年か前まではVHSビデオがあって、テレビ番組の録画もできた。だが、今はVHSは完全に絶滅し、DVDだけになった。DVDプレーヤーは量販店なら300元(4000円)以下で買える。ほとんどすべてのDVDプレーヤーは録画機能のない再生専用のものだ。録画機能のあるものは2000元(3万円)以上と値段がひとけた違い、大学卒業者の初任給が大体3000元(4万5000円)の北京では手の届きにくい品物だ。
また、コンピューターでDVDを見る人も極めて多い。自宅にテレビが1台だけという家では、親と同居する大学生以上の子供は、コンピューターを持っていれば、親がテレビを見ている間にそれでDVDを見る。
このほか、DVDの良さは、アメリカや日本の映画やアニメが中国語の字幕つきで見られること、映画だけでなく、新しい外国テレビドラマやアニメも見られること、友達と交換すればDVDはとても安くつくことなどが挙げられるが、やはり一番の原因は、地元のテレビ番組と比べてDVDの内容のほうが面白いせいだと思う。
流通しているDVDのほとんどは海賊版だと思うが、正規版との違いは私にもよくわからない。著作権法に基づく表示まできっちりコピーしてあるからだ(しかし、中には日本語など外国語の表示がいい加減で、すぐにそれとわかるものもある)。
表通りにあるDVD屋だと1枚10元(150円)、路地へ入った普通の家みたいなところや路上で店を広げている人から買うと6元(90円)程度というのが今の北京の相場だ。両者の違いはDVD屋で買った場合は、不良品のDVDだったら、交換してくれることくらいだ。
東京と北京では物価水準が違うので、1枚10元というのは、為替換算だと150円だが、日本の感覚的には、大体1000円だろうか。だから工藤記者の言う『スパイダーマン3』の、定価3990円というのは、為替換算で266元。中国人の感覚的には、1枚2万円~2万7000円という印象になるわけだ。そんなに高価なものを買うわけがないし、北京では、商品として売れるわけがない。
私はこのごろはネットでダウンロードした映画を主に見ているが(これも無料)、これは、大学生など、学歴の高い北京人はみな同じだ。時折、そのお礼として、まだ、字幕のついていない外国語の新作の字幕用翻訳を、配信元へ送るのも、彼らは語学の練習も兼ねてごく普通にやっている。大学構内のブロードバンドは極めて高速なので、映画のダウンロードにしばしば使われているのが実情だ。
取り締まりはなぜ遅れているか
では、なぜ当局は取り締まりを厳格にしないか……。もちろん、著作権保護を呼びかけるポスターがたくさんあるように、中国政府は知的財産権保護を真剣に考えている。外国に対する面子もとても大切だ。
しかし、もし、DVDの値段が何倍にも跳ね上がって、私たちの手に届かなくなったら何が起きるだろうか。
まず起きるのは、間違いなく若い知識人たちの大反発だ。たとえ、政府に勤めている人たちだって、これは許さないだろう。なぜなら、これが、現代の中国の私たちの世代の世界への窓であり、日々の楽しみであり、友達との話題なのだから。それが手の届かない何倍もの値段になったら、政府に反対して立ち上がる人がいてもおかしくない。
政府が知識人のそんな大反発を望むわけがない。だから外国からの抗議に苦慮しながらも、ゆっくり前進するしかないのだと思う。
中国政府は対応を怠っているとか、中国人は恥を知らないなどという外国人の議論も見かける。しかし、現在の中国の事情を考えると、結果として、中国の若い世代の目をふさいでしまうことになるのである。
それに気づかないまま、知的財産権や著作権を「錦の御旗」に掲げ、中国政府に正面から迫る教条的な外国人のほうに、“非”があると私には思える。
ダウンロードが有料になったり、DVDの値段が上がれば何千万人もの若者に目かくしをするのと同じ結果を生む。そのほうがネット検閲などより、はるかに人権侵害だという気がする。
知的財産権は無条件に受け入れるべきシロモノか
プールつきの大邸宅に住むハリウッドスターたちに献上するため、4万円程度の月給を必死でやりくりしている者に、さらにお金を払わせるのは正義だろうか。
知的財産権について日本政府は「創作者の権利を保護するため、元来自由利用できる情報を、社会が必要とする限度で自由を制限する制度」(特許庁のホームページより)と解説している。
もし、「創作者の権利」の過度な主張が社会の正義に反するとしたら、それは「社会が必要とするもの」と言えるだろうか。そのために、「自由を制限すること」が本当に必要なのだろうか。
特許庁の奥歯にものが挟まったような言い方は、知的財産権の判断は、ひとえに「日本国民のCommon Sense」にかかっているという意味だと私は理解する。
たとえば、日本では自動販売機のコーラは120円で売られていると聞く。中国では同じメーカーのものが1缶2元(30円)、アメリカでも50セント(55円)程度だ。それにもかかわらず、メーカーが正規料金と称する120円を払っている日本人は、既成事実を疑ったり、文句をつけたりすることを潔くない行為と思っている可能性はないだろうか。でも、その美意識のために「市民としてのCommon Sense」を発揮する機会を失ってしまっているように思える。
中国に向けて知的財産権を声高に主張する人たちの根拠は、要するに、条約は条約、法律は法律なのだから無条件に守るべきだという「遵法(じゅんぽう)精神」だ。
でも、そういう平板な主張は、実際にはあまり効果がない。それはコーラ=120円だと頭から決めてしまうのと同じで、既成事実を無批判に繰り返しているだけだ。
むしろ、同じ品物が30円の国もあれば55円の国もあり、国や経済レベルによって事情が異なるという相対的な見方をすることや、「日本国民のCommon Sense」で、知的財産権の意味合いを再検討し、整理することのほうが、結局は海賊版をなくす上で、はるかに大きな効果を生むと思う。
中国政府はこうしたことを、当然、正面からは言えない。そんな実情を、日本の人たちにもわかってほしいと思う。