日本の新幹線技術の初の輸出例となった台湾高速鉄道(台湾新幹線)が5日、営業運転の開始から1年を迎えた。在来線で4時間かかった台北-高雄間を1時間半で結ぶ新幹線は、都市間移動の高速化と沿線開発の活性化で期待された。しかし、高額な運賃設定や駅までのアクセスの不便さなどが障害となり、利用者は約2割止まりと低調だ。初の海外新幹線は一般住民の足として定着していない。【台北・庄司哲也】
中部の新幹線・嘉義駅。午後1時、広大な空き地が広がる駅前から、近隣の台南県新営市行きの路線バスが出発した。乗客はひとりもいない。運転手の蘇龍仁さん(52)は「乗客がいないのはいつものこと。たまの乗客は新幹線を見物に行く人ばかり。新幹線を使用する地元住民はほとんどいない」と話した。
台北-嘉義間を1時間余で結ぶ新幹線の運賃は1080台湾ドル(約3600円)。高速バスなら2時間ほど余分にかかるが、料金は3分の1以下の約350台湾ドルで済む。嘉義駅と周辺地を往来する路線バスで閑古鳥が鳴いている理由のひとつはここにある。
台湾交通部(交通省)が昨年9月に実施したアンケート調査によると、新幹線に乗車したことがあると答えた人は22%。運賃について48.2%が「不合理」と答え、「合理的」の44.7%と二極化した。「次に乗りたいと思わない」と答えた人のうち、最大の44.2%は「駅までの移動を含む全体の費用が高い」との理由を挙げた。
新幹線駅の多くが嘉義駅と同様に未開発の郊外に建設され、駅との往来は不便だ。タクシーの利用には、新幹線料金に加えて数百台湾ドルが必要になる。こうした事情も、庶民の足を新幹線から遠ざけている。
乗車率の伸び悩みに頭を抱える新幹線の運営会社「台湾高鉄」は昨年8月、全席指定だった車両の一部に自由席を導入。指定席より運賃を2割安く設定するなどして、乗客の呼び込みを図っている。
新幹線は台湾社会の所得格差を象徴する乗り物にもなっている。
乗車経験者は高所得・高学歴者層になるほど増加する。月収2万~4万台湾ドル(14万円)の経験者の割合が13.3%なのに対し、同20万台湾ドル(70万円)以上は49.8%。また、中学卒業者の12.1%に対し、大学卒業者は30.6%、修士号以上の取得者は44.2%だった。
台湾のビジネス誌「天下」が今月発表した世論調査によると、85%の人は「貧富の差が以前よりも増した」と答えている。3月22日に投開票される台湾総統選では「経済の再生」「所得格差の是正」が争点の一つになっている。
64年に開業した日本の東海道新幹線も当初、乗客数が伸び悩んだ。だが、高度経済成長による所得増加とともに新幹線の利用も増え、沿線開発が進んだ。一方、台湾では80年代から90年代初めの経済成長後に新幹線が建設された。利用率の向上には沿線や駅周辺地の開発が不可欠だが、10~20年の長い時間が必要となる。
台湾行政院(内閣)の経済建設委員会は、新幹線駅周辺に学術都市やレクリエーション都市を建設する計画を発表した。嘉義駅周辺には新幹線利用者の増加を見込み、台北にある故宮博物院の分院を建設する計画もある。
だが、こうした開発計画が順調に進むとは限らない。交通大学交通運輸研究所の馮正明教授は「民間投資がなければ駅の周辺開発は進まない。嘉義駅や隣の台南駅がある中南部では、中国大陸などへの産業移転によって不動産価値が下落しており、投資の呼び込みには難しい環境だ」と指摘している。
【台湾高速鉄道(台湾新幹線)】 北部の最大都市・台北と南部の拠点都市・高雄の間(345キロ)を最高時速300キロで走行する。具体的な建設計画は90年代初めに持ち上がり、受注を巡り日本の企業連合が独仏の企業連合に競り勝った。日本でも台湾新幹線を取り上げたゲームソフトが制作されたり、乗車ツアーが組まれるなど異例の注目を集めている。
毎日新聞 2008年1月5日 8時03分 (最終更新時間 1月5日 8時24分)