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イランを読む:「反米」の深層 米を縛る「機密報告」 「核開発停止」独り歩き

 ◇ブッシュ政権、軍事行動難しく

 「イランは03年秋に核兵器開発計画を停止していた」とする米機密報告書「国家情報評価」(NIE)の波紋が中東内外に広がっている。07年12月3日に核心部分が公表された背景をめぐっては米情報機関がブッシュ政権のイラン政策に影響を与えようとしたとの説も浮上。真相は不明だが、結果的に軍事行動の選択肢を維持する政権の手足を当面縛ったとの見方が有力だ。【ワシントン笠原敏彦】

 報告書はイランによる「核弾頭設計と兵器化の停止」を指摘する一方で、核兵器に転用可能な「ウラン濃縮計画の継続」と、「核兵器開発の選択肢の維持」にも言及、どちらに着目するかで脅威の重大さについての評価は分かれる内容だ。

 しかし、公表された要約版は冒頭で「03年秋の核兵器開発計画停止」を指摘。大量破壊兵器の存在が証明されなかったイラク戦争以来、国際社会に募るブッシュ政権への不信と相まって、この部分が独り歩きした形だ。

 米外交界の重鎮、キッシンジャー元国務長官はワシントン・ポスト紙(12月13日付)への寄稿で「情報機関が行政府のチェック機能を果たそうとする傾向に強い懸念を持つ」と批判した。情報機関の政治的意図に疑念を示したものだ。

 一方で、公表を決定したのはホワイトハウス側との見方も強い。国務省高官は「情報機関は当初、公表すべきではないとの立場だった。政府は、議会に報告すればリークされるとの懸念から、公表に踏み切った」と明かす。同高官は「公表により、当面の軍事行動の選択肢は排除されただろう」と影響を指摘する。

 NIE公表を受け、国際社会では米国の意図をめぐり憶測が流れたが、ブッシュ政権は強硬姿勢を堅持。▽停止したのは核弾頭製造に過ぎない▽ウラン濃縮は国連安保理決議に違反して継続している--などの点を強調、国際的なイラン包囲網の維持・強化を目指している。

 ◇善悪両面の象徴 旧米大使館「悪行」展示館に

 占拠事件の舞台になったテヘランの旧米大使館は、米国の「悪行」を展示する「博物館」となっている。ハタミ前政権時代は一般公開された時期もあったが、現在は学校の社会見学と、メディアなどが当局の許可を得た場合にのみ入館できる。

 「保守強硬派の牙城」とも言われるイラン革命防衛隊が管理する。館長のアリ・キャリミ大佐(44)が案内してくれた。

 米国の情報活動拠点が本館2階の東側に残されている。扉を開けると、2台の大型盗聴器。それぞれイランと中東全域をカバーしていた。通信室、旅券など公文書偽造室もある。

 事件当日、米館員は機密書類の処分を急いだ。学生たちはシュレッダーで裁断された紙片をつなぎ合わせた。約80冊の冊子にして展示している。2階西側は「悪の役割」と題する展示場だ。オブジェや写真で「パレスチナ」や「イラク」、さらに「広島・長崎の原爆投下」も紹介している。

 興味深いのは玄関脇にある立方体のオブジェだ。一つの側面に、平和の象徴であるオリーブを踏みつける野獣の足、別の側面には世界地図の上に人間の足を描いている。キャリミ大佐は「米国のすべてが悪ではない。人権を尊重し、科学技術を発展させた。人類が多大な恩恵を受けてきた面もある」と解説した。

 大佐は「両国関係(断絶)は政治的なもので、国家として必要になれば関係再構築は結構なことだ」と語った。米国の二面性を描いたオブジェは2年前、アフマディネジャド政権下で設置された。制作者は革命防衛隊隊員だ。【テヘラン春日孝之】

 ◇保守強硬派路線「粘り勝ちだ」--政府系保守メディア社長 フセイン・シャリアトマダリ氏

 米情報機関の報告書について、イラン最大の政府系保守メディア「ケイハン」グループを率いるフセイン・シャリアトマダリ社長(60)は毎日新聞のインタビューに「これで米国との戦争は回避された」と評価した。だが米・イラン関係は「米国がイスラム体制の転覆を目指す限り、修復は難しい」との見通しを示した。【テヘラン春日孝之】

 イランの核問題についてシャリアトマダリ氏は2年前の本紙インタビューに「イランと米国は一本道を互いに反対方向から車を走らせている。正面衝突を恐れてハンドルを切った方が負けだ」と指摘していた。

 今回、米国が急ハンドルを切り、衝突は回避された。シャリアトマダリ氏は「粘り勝ちだ」と、イラン保守強硬派が主導する核戦略の妥当性を強調した。報告書公表前、イランでは一部の改革派や保守穏健派から、ウラン濃縮活動停止など米側への譲歩の必要性を指摘する声が上がっていた。

 報告書公表の目的については「米国内の一部勢力がブッシュ大統領の暴走を防ごうとした」と推測する。一方、「米国に大した情報収集能力はない」とも指摘した。報告書が「イランは03年までは核兵器を開発していた」と指弾している点を念頭に置いた発言だ。

 アフマディネジャド大統領は演説で、対米関係について「さまざまな問題で直接対話すべきだ」と求めた。

 だが、シャリアトマダリ氏は「米国が交渉に応じるとすれば、自らの利益のためであり、問題解決のためではない」と反論。「米国は広島・長崎への原爆投下を正当化し、謝罪しない。イランに対しても数々の犯罪を重ね、革命前から30年以上も粘って(対決して)きた」。米側の譲歩を勝ち取るまで強硬姿勢を貫くべきだと考えている。

 ◇「過小評価」を警戒--イスラエル

 【エルサレム前田英司】「米国の認識間違いは第二の『ヨムキプール戦争』につながりかねない」。イスラエルのデヒテル警察相が12月中旬、イランの核開発に関する米報告書を公然と批判し、波紋を広げた。イスラエルが脅威を過小評価して73年10月、ユダヤ教の休日「ヨムキプール(しょく罪の日)」にエジプト、シリア両軍の奇襲を許した第4次中東戦争を引いての警告だった。

 イスラエルでは米報告書の公表後、イランには「第3の核開発計画」があるとのリーク情報がメディアをにぎわせた。03年に停止したとされる核兵器開発計画と、イランが正当性を主張する民生利用計画以外に「極秘の核兵器開発計画」があるというものだ。背景には、米報告書の影響で国際社会の対イラン姿勢が軟化すれば、イスラエルだけがイランの核の脅威にさらされるとの強い懸念がある。

 イスラエルは対イラン追加経済制裁の必要性を訴えている。しかし、「独自にでも(イランに)対処しなければならない」(リーバーマン戦略担当相)と単独軍事行動の可能性も排除していない。核関連施設を狙ったとされる07年9月のシリア空爆について、専門家の間では「イラン攻撃に備えたテストだった」との見方もある。

 イスラエルでは06年夏の第2次レバノン戦争以降、「抑止力」を強化すべきだとの論議が活発になった。弾道ミサイルの必要性が指摘されている。「イラン脅威論」から派生していることは疑いない。

 ◇強硬姿勢崩さず--フランス

 【パリ福井聡】フランスのサルコジ大統領は「イランの核開発は世界で最も危険な問題」との立場で、米報告書公表の後も仏誌とのインタビューで「『民間利用ではない』との点では誰もが一致している。異論があるのはイランが核軍事力を手にするのが1年後か、5年後かだけだ」と主張、強硬姿勢を崩していない。クシュネル仏外相も国連安保理の枠外で「銀行や産業界が加わる欧州独自の制裁」を提唱している。

 ◇外交解決望む--アラブ諸国

 【カイロ高橋宗男】イスラム教スンニ派が中心の親米アラブ諸国にとってシーア派国家イランの中東での影響力拡大は懸念材料だ。だが、米国の対イラン軍事行動が現実になれば大混乱が予想されるため、核問題の外交解決を望む。ペルシャ湾岸諸国は中立の立場を取ろうとしている。

 サウジなど6カ国が加盟する湾岸協力会議(GCC)は07年12月、カタールで開いた首脳会議にアフマディネジャド・イラン大統領を招待。バーレーンは同年11月にイランからの天然ガス供給に関する覚書を交わしている。

 バーレーンの評論家のハッサン・マダン氏は湾岸諸国のイラン接近について「米・イラン軍事衝突への備えだ。各国は自国を衝突に巻き込まないようイランを説得したいはずだ」と分析する。

 ◇制裁論議が越年--国連

 【ニューヨーク小倉孝保】イランの核問題をめぐり米国は国連安保理で07年中の追加制裁決議の採択を模索したが結局、越年を余儀なくされた。

 国連外交筋によると、中国、ロシアも一時は「追加制裁やむなし」の態度を示していたという。だが、米国の報告書公表で雰囲気が一変した。中露は「追加制裁の必要なし」との姿勢に転じた。

 欧米は制裁の内容よりも安保理が一致して行動することでイランに圧力をかけたいのが本音だ。制裁色を薄めた決議案が年初にも安保理に提出され、最終的には中露が欧米の説得に応じる形で採択されるとの見通しが強まっている。

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 ■人物略歴

 ◇フセイン・シャリアトマダリ氏

 最強硬派の論客。最高指導者ハメネイ師の任命でケイハン総帥に。長く革命防衛隊員を務め同隊出身のアフマディネジャド大統領とも親交がある。王政時代、反政府活動で終身刑の判決を受けたが革命で釈放。

毎日新聞 2008年1月1日 東京朝刊

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