11月19日、AMDがPhenomシリーズを正式発表した際に告知された製品の1つが「Phenom 9600 Black Edition」だ(写真1)。僚誌Akiba PC Hotline!のレポートにもあるとおり、クリスマスについに発売された。このCPUを試す機会を得たので、そのオーバークロック耐性を見てみたい。 ●Phenomのオーバークロックで気になる2つのポイント
本連載でPhenomシリーズを取り上げるのは3回目となるが、年内に発売されたものに限定すると2製品だ。最初に取り上げたPhenom 9600と、今回のPhenom 9600 Black Editionである。モデルナンバーで分かるとおり、定格動作は2.3GHzで共通。現時点で発売されているPhenomシリーズの最高クロック製品である。 これ以上のクロックの製品は、すべて2008年以降に登場することになってしまっているが、Black Editionの登場で、もっと高いクロックのPhenomを利用できる可能性が広がったといえるだろう。それだけに、そのオーバークロック耐性に興味を持つ人も多いと思う。 ここで、気になるのは2つのポイントだ。1つは根本的な話であるが、高クロック動作に対する耐性の問題である。現状、2.3GHzのモデルが最高クロックであるPhenomにおいて、その最高クロックをベースにしたBlack Editionというのは非常に思い切った製品だと思う。ただ、一方で、それを超える製品が出ていないわけで、簡単に高いクロックで回るようであれば、製品として出荷するほうが自然だろうし、高い耐性を持っていることには疑問を持ってしまう。 もう1つは、TLBのエラッタの問題である。AMDによれば、このエラッタは特定のワークロードでしか発生しないものの、クロックが高くなることによって顕在化するという。先日テストした、Phenom 9900相当のES品は、2.6GHzのB2リビジョンであったものの、ベンチマーク中に不審な動きは見られなかった。 また、ASUSTeKによると、このときのテストで使っていたASUSTeKの「M3A-MVP Deluxe」に適用されていたBIOS Version“0603”はTLBがそのまま有効になっているものだという。ただ、これは高クロックで回る選別品という性格のCPUであるのも事実で、このエラッタが顕在化しない点も含めて選別された可能性はある。Phenom 9600 Black Editionでもまったく同じ結果が期待できるとは断言できない。 このエラッタに対しては、BIOSでTLBを無効化することで回避が可能とされている。しかし、TLBを無効化するということは、メモリ管理を行なうページテーブルをメインメモリ上にのみ持つということになる。メインメモリへのアクセスに対して大きな影響が発生するのは必至で、パフォーマンス低下がすることは想像に難くない。 そこで、TLBに関する耐性とパフォーマンスの影響も調べてみることにした。ここでは、ASUSTeKの協力を得て、同社の「M3A-MVP Deluxe」(写真2)の最新BIOSをご提供いただいている。この最新BIOS Version“0704”では、BIOSの設定画面からTLBの有効化/無効化を指定することができるのである(画面1)。このTLBを有効にしたとき、無効にしたとき、それぞれでオーバークロックテストを行ない、耐性とパフォーマンスに影響があるかを見てみたい。 ちなみに、このBIOS Version 0704は、このTLBに関する修正以外にも、稼働コア数を少なくする機能も備わっている(画面2)。原稿執筆時点ではまだ提供が開始されていないものの、Black Editionに興味を持つユーザーにとっては、Tweakの柔軟性が高まるBIOSとして楽しめると思う。 さて、今回テストするPhenom 9600 Black Editionは冒頭に紹介した写真の個体で、ロットは「0748EPDW」のものだ。AMD OverDriveの表示からもB2リビジョンに間違いはない(画面3)。 AMD OverDrive上から5〜47倍へ0.5倍刻みで指定が可能で、コアごとに独立して変化させることができる(画面4)。一方、M3A-MVP DeluxeのBIOS上からは8〜20倍/0.5倍刻みとなっており、こちらは全コアがまとめてクロック調整される(画面5)。 ●意外に伸びないオーバークロック結果 今回オーバークロックを行なうにあたり用意した環境は表1のとおり。オーバークロックにあたってCPUクーラーの選別も重要になるが、今回、Phenom 9600 Black Editionに製品付属のクーラーが同梱されていなかったため、ここでは、Zalman Techの「CNPS9500AM2」を使用している。
【表1】テスト環境
オーバークロック動作の評価方法であるが、基本的な作業はBIOSで行なう。そして、倍率を変えることで大雑把にアップしていき、上げ止まったところで一歩下がってFSBを上げていった。 動作可否の判定は、Windows Vista起動後、最初にCineBench R10、続いて動画エンコードを実行。これらのアプリケーションは、4つのコアに均等に高い負荷がかかるため、最初に回すことで簡単な動作チェックをする。この段階で動かない場合は設定を見直している。 その後、Unreal Tournament 3、3DMark06、Sandra XII、PCMark05、PCMark Vantageを実行し、すべて完走することを動作認定の条件とした。すべてのアプリケーションを実行し終えるのには3時間前後を要するが、このぐらいの動作は完走してくれないと、常用する気持ちにはなれない。もっとも、結論から言うと、先述したCineBench R10と動画エンコードが動作した環境においては、いずれのアプリケーションも問題なく完走している。 そのほか、コア電圧に関しては、定格の1.25Vに対し1.35Vまでのアップとした。というのも、一度1.375Vに設定してみたのだが、そのときにWindows Vistaが一切起動しない状態になってしまったからである。もともと1.375Vは1割アップということで不安があったのだが、このような動作を見せたため、借用品ということもあって電圧設定は慎重な設定としている次第である。ちなみにM3A-MVP Deluxeでは、0.125V刻みでの設定が可能なので、指定するコア電圧は1.250V、1.275V、1.300V、1.325V、1.350Vの5パターンということになる。 それでは、まずオーバークロックの結果であるが、はっきり言って芳しくない結果に終わった(表2、3)。
【表2】オーバークロック結果 − TLB有効時
【表3】オーバークロック結果 − TLB無効時
最高で203MHz FSB×12の2.436GHzで、それ以上クロックを上げると、Windows Vistaの起動やCineBench R10の実行は可能でも、動画エンコード中に確実に落ちる始末だった。また、TLB有効/無効に関しては、状況はあまり変わらない。正常動作しなかった2.5GHzの状態において、TLBを有効にした方が若干ながら良好な素行を見せたものの、このことが劇的にオーバークロックへ影響を及ぼすとはいえない結果だった。 パフォーマンスについては、これから紹介するが、2.436GHz動作時に、やや不安定さがみられ、2.4GHz動作時よりもパフォーマンスが落ちてしまうケースが散見される。今回の個体におけるオーバークロックの常用範囲は2.4GHz程度に留めておくのが無難なように感じられた。 そのベンチマーク結果であるが、まずCPUとメモリのパフォーマンスから紹介したい。テストは、Sandra XIIの「Processor Arithmetic/Processor Multi-Media Benchmark」(グラフ1)、PCMark05のCPU Test(グラフ2、3)、Sandra XIIの「Cache & Memory Benchmark」(グラフ4)、PCMark05の「Memory Latency Test」(グラフ5)である。 CPUの性能に関してはクロックが上がることでリニアにスコアが上がる傾向はあるものの、PCMark05のCPUテストでは2.436GHz動作時に落ち込みが見られる部分もある。 メモリ性能についてはTLBの影響がはっきり出ている。とくにメインメモリアクセスのレイテンシが倍程度にまで増しており、ページテーブルの参照のために無駄な時間を使っていることが分かる。メモリアクセス速度も、SandraのCache & Memory Benchmarkの結果では100MB/secほど低めの結果となっている。 ちなみに、以前に紹介したPhenom 9900の記事において、Phenom 9900のメモリレイテンシがやはり目立って大きく、CPUテストなどの結果からTLBは有効になったままだと判断した。アプリケーションテストでの結果では目立って悪いスコア傾向で無かった点や、TLBは有効なBIOSであるという確認は後日取れたので、結果としてPhenom 9900テスト時の環境においてTLBが有効であったことは間違いない。 ただ、今回のスコア傾向からすると、記事中で示した判断の根拠はかなり薄かったと筆者は反省しなければならない。SandraやPCMarkのCPUテストはメモリアクセスの影響が小さいよう小さなプログラムになっており、TLBの意味が大きく表われないテストである。メモリへの頻繁なアクセスが発生し、それがボトルネックになりやすいアプリケーションでこそ、このTLB無効化の悪影響は出るということになるのだろう。 そのアプリケーションテストであるが、ここでは、「PCMark Vantage」(グラフ6)、「CineBench R10」(グラフ7)、「動画エンコードテスト」(グラフ8)、「3DMark06」(グラフ9、10)、「Unreal Tournament 3 Demo」(グラフ11)の結果を紹介する。 PCMark Vantageで顕著に出たのが、2.436GHz動作時の性能の不安定さだ。CPU以外の性能が大きく影響するGamingの項目以外で、2.3GHzから2.4GHzへは、ほとんどの項目ではっきりと向上が認められる。しかし、2.4GHzと2.436GHzでは、クロックの差が小さい、また、もともと誤差が大きめに出るベンチマークソフトではあるということを差し引いても、明らかに性能の低下と認められるスコアが出過ぎているように感じられる。 TLBの有効/無効の違いがはっきり出たのは、MPEG-2エンコード、CineBench R10のMultiCPUレンダリング、3Dゲームベンチといったところ。MPEG-2エンコードはCPU負荷がそれほど高くないわりにフレームを次々に呼び出すためのメモリアクセスが頻繁に発生するためだろう。残り2つは大容量のデータをメモリ上に展開するためだ。そのほかのアプリケーションは、CPUの方がボトルネックになってメモリレイテンシの増加があまり影響を及ぼさなかったということになる。 ただ、TLB無効の悪影響が出た場面のスコア落ち込みは相当大きい。クロックを上げてもカバーできない落ち込みである。エラッタがあるという不安を消すにはTLBを無効にするのが確実であるが、そのトレードオフとしてはあまりに大きい落ち込みも見られるので、とくにトラブルが発生しないようであればTLBを有効にしたまま利用する選択肢も有力といえるのではないだろうか。
●いま買える一番速いPhenomではあるが…… 今回、AMDから借用した個体の問題か、オーバークロックの結果はあまり芳しいものとはいえなかった。Phenom 9600の上位モデルとして来年登場する予定となっている2.5GHz動作のPhenom 9700にも及ばない結果であるという事実は少々残念である。 ただ、国内外のWebサイトでは、各所で2.5GHzを超える動作が確認された例も見られる。今回の個体が特に悪かった、もしくは、ES品のマザーボードを利用しているためなどの理由があるのかも知れない。 いずれにしても、オーバークロック耐性はロットや個体差も大きく、今回のテスト結果のような個体もあれば、もっと大幅なオーバークロックが可能な個体もあるわけだ。また、Phenom最上位モデルで、さらに倍率可変が可能、という強い個性を持った製品であり、その魅力を感じるユーザーは少なくないだろう。「世界一速いPhenom」を目指して年末年始を過ごすのもいいかも知れない。 □関連記事 (2007年12月27日) [Text by 多和田新也]
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