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経営者の視界

林原 健(林原社長)
中小企業は大企業の真似をせず、
オンリーワンを目指すべきです


2000 年 2月 10 日

岡山県に株式会社林原という会社がある。研究開発に特化し、インターフェロンの開発などで世界に知られる企業である。地方でなかなかこれぞという企業が育ちにくいといわれる日本で、岡山に根づきながら大きな成果を挙げ、しかも人材採用は縁故中心主義を公言するなど、ユニークな経営姿勢を持つ会社。林原健社長は4代目社長として、またグループのオーナーとして、水飴・でんぷん製造を家業とする林原を、世界に知られる酵素・微生物とバイオテクノロジーの企業に転換させた実績を持つ。時代の変化に、もっとも先端的な形で応えた4代目社長が語る経営論は予想通り独創的なものだった。

――林原社長は出社が11時頃、特に予定がなければ退社が3時頃とうかがっています。文字通りの「重役出勤」ですね。

林原 私はもともと仕事が大嫌いなんです(笑)。本来会社を継ぐ気もなくて、すぐ下の弟にやってもらおうと思っていました。ところが弟がアメリカで交通事故死してしまったし、父は私が19歳のときに亡くなってしまうしで、しようがなくて継ぐことになったのです。その際、主だった社員に集まってもらい、 「やりたくないのに社長業をやるのだから、嫌な人は会社を辞めてもらっていい」
 と宣言しました。たしか半分ほど辞めたと思います。私はもともと頭を下げるのが得意じゃない。頭を下げない方法はないかと考えて、技術の優れた製品を作れば頭を下げなくてすむかもしれないと思い、研究開発に入っていったわけです。3代目である父はずいぶんいろいろな事業に手を出していましたが、私は自分の力不足を知っているつもりだったので、なるべく本業と無関係な事業を整理していきました。そのとき会社を辞めていった人はいますが、それ以外では社員の首切りをやったことはありません。このときは、私に愛想を尽かして社員の人たちが辞めていったので首切りとは言えませんが、一所懸命働いている人を辞めさせるわけにはいきませんよ。当社では人と技術がすべてなのですから。

――林原グループは全体で売上高730億円、そのうち林原や林原生物化学研究所、林原商事、林原ファイナンスなどのいわゆるコア・グループの売上高が550億円とうかがっています。これ以外に倉庫や製紙業、食品業、ホテル業などいろいろな事業を手がけていますね。

林原 マネジメント・グループと呼んでいる企業群がそれですね。このほか林原美術館などを含むメセナ・グループ、海外拠点法人がありますが、マネジメント・グループに属する企業は今後上場を目指します。しかし、コア・グループは公開しないつもりです。研究開発を林原の家業と考え、残していきたいのです。世間では同族会社を悪いイメージばかりでとらえるようですが、現在では法的な規制がきちんとあって、それほどむちゃくちゃなことはできませんよ(笑)。同族経営にはいい面もあるんです。株主が集中していて、社長が長い間代わらなくてすみますから、長期的な視点が求められる研究開発などは逆に進めやすくなります。研究開発には大きなリスクが伴いますので、それをきちんと理解したうえで進められるような安定した経営が必要だと思います。

規模拡大は
必ずしも社員の
幸福にならない

――貴社が関係する製薬業界などは、世界的な合従連衡が進んでいるようですが、そういった動きに興味はおありですか。

林原 いいえ。M&Aを繰り返せば確かに企業規模は大きくなりますけれど、その分だけ株主が増えて経営に口を出す人が多くなってしまいます。研究開発にとっていいこととは言えませんね。会社が大きければよいというのは、一面的な見方だと思います。
 当社ではとにかく研究開発を中心に置いて、末端の部分にはタッチしない方針を貫いてきました。製薬会社と提携し、製品化以降はそちらにお願いする方式です。日本のベンチャービジネスがうまくいかない理由の一つに、研究開発だけでなく製造から販売まで自分でやろうとする経営者が多いことがあげられると私は思っています。自分の子どもがかわいくて、最後まで見届けたい気持ちはよくわかりますが、マネジメントと創造力は同じものじゃない。せっかくの創造力が、マネジメントが弱いために挫折させられてしまうんです。

――両方を兼ね備えた経営者は、まずいませんね。本田宗一郎さんには藤沢武夫さんという名マネージャーがついていました。

林原 そうですね。またマネジメント力のある人がそばにいても、たいてい社長と気が合わない(笑)。ワンマン社長は自分の好きな人ばかり周りに集めたがります。そこをどう克服するかが成功のカギでしょうね。社長が何でもかんでも先頭に立とうとするのも困りものです。朝から晩までがむしゃらに働かれてごらんなさい。周りが迷惑しますよ。だから私はあまり会社にいないようにしている(笑)。研究開発の段階で、世界で誰もやっていないことを確認し、ゴーサインを出すことぐらいが自分の役目だと思っていますから。

――研究開発に特化して成功するためには、実はそれがもっとも大事なポイントなのかもしれませんね。世界でほかの誰もやっていないことをやれるのなら、地方で十分やっていけるでしょう。

林原 私たちはナンバーワンを目指しているわけではありません。それを目標にすると本当に大変なことになります。社員が幸せになれるとは限らないですしね。規模が大きくなれば、一人一人の社員が歯車にならなければいけない状況も生まれてきます。中小企業はオンリーワンを目指すべきと考えます。

――貴社はインターフェロン(人の免疫力を高める作用を持ち、肝炎や癌、エイズ治療に使われている)やインターロイキ ン-18などの研究において世界のトップ企業です。以前はでんぷんから水飴を製造する企業だったのに、こういう研究開発型企業に変身したのはどんなきっかけがあったのでしょう。単に社長が技術をお好きだったからだとは思えませんが。

林原 父が亡くなったとき、私はまだ19歳でした。それだけでも十分大変なのに、私どもの業界では砂糖の輸入自由化という大変な危機を迎えることになりました。従来の経営手法では到底その危機を乗りきれないという状況があったのです。

――4代目という言葉から想像されるような「お坊ちゃま」ではいられなかったのですね。

林原 それからもうひとつ、我が家には代々「偏コツ」(岡山周辺の言葉で反骨精神の持ち主をいう)といいますか、人が右と言ったら必ず左を向くような性格があるんです(爆笑)。たとえ社外の人が、 「会社を大きくするなら東京に出ろ」
 と言っても、そういうことはしんどいばっかりだからやらない。会社を大きくするのも御免こうむる、というわけです(笑)。一点に集中するから研究開発なんてこともできるわけですからね。私にとって研究開発に特化することはしんどくない。人の意見に逆らって左に行くのもしんどくないんです。会社を大きくするのはしんどいですが。これからも、会社をどんどん小さくしたい。インターフェロンがそうであるように、原料を作ることに特化すればいい。世界中で林原しかできないものを作っていくことで、特異な存在になれるのだと思っています。

縁故採用で
地元の人材を集め
大きく育てる


――貴社の経営陣は、生え抜きの人材だけで構成されていないとうかがいました。

林原 経営で失敗する理由には、自分と同じような人を周りに集めてしまうことがあげられると思います。ですから私は自分のダメな部分、不得意な部分を補ってもらうために、役員の8割は社外から呼んでいます。各分野の著名な研究者を役員として招聘したり、研究開発だけでなく林原美術館でも、国立近代美術館の元館長を呼んで成功しています。日本企業の年功序列・終身雇用の慣行は、とかく排除の方向に働きがちですけれども、当社の場合は1カ月もすれば組織に溶け込めるようですね。

――貴社の人材採用は縁故が中心だそうですね。一般的には縁故採用=悪というイメージがありますが、あえて明言されている理由をお聞かせください。

林原 地方で100年以上も事業を続けていますと、縁故は避けられないというのが第一の理由です。それならば、そのよい点を生かそうというのが私の考え方なのです。今、地方の優秀な人はみんな東京へ行ってしまいますね。以前はそれでもよかった。長男が大切にされて大学へ行き、大企業に入っても、後に次男や三男が残ってくれましたから。ところが今では長男しかいない。みんな東京へ行ってしまっては、地方が困るわけです。地方に根ざす企業としては、地元の優秀な人材を雇用する義務があります。幸い当社には、縁故といえども、発酵の勉強をした優秀な人材がたくさん集まってきます。人材の面で、縁故だから困ったということはありませんね。両親は安心するし、こんなにいいことはないですよ。

――女性の研究者もずいぶんいるようですね。

林原 女性の場合、男女平等が叫ばれていても苦労は多いと思います。結婚や出産の壁もある。それならば、結婚しても働ける雰囲気にすればいいのです。当社の場合若い社員が多いのですが、社内結婚歓迎、共稼ぎOKですよ(笑)。第一優秀な女性技術者が辞めてしまうのはもったいないです。もしかすると、これだってナンバーワンを目指す会社ならやらないかもしれませんね。効率は悪いですから。

オンリーワンの
会社だから世界初の
仕事ができる


――貴社で働く人々にとって、何が喜びになるとお考えですか。

林原 オンリーワンを志向している企業ですから、研究開発の経過もすべて世界初だということです。それが成功すれば二重の喜びになる。その分野で世界の一流になれるという喜びもあるでしょうね。そんな技術者たちを育てる使命が、私にはあると思っています。大企業では優秀な人は生き残りますが、そうでなければ消去法の対象になってしまうでしょう。しかしわれわれは、地元の人材を大切にしなければならないので、そんなことはできません(笑)。学校の成績のよくない人、どうしようもない人が当社で生き返り、とんでもない発見をしたりするわけです。会社としてはありがたいし、その人も大きくなれるのだから、こんないいことはありませんね。オンリーワン志向のおかげと思っております。
 また、女子社員の場合でも、当社に入ってくる人はお嬢さん育ちでおっとりしすぎているためか、ほかの企業の入社試験では落とされてしまう人が多いのです。しかしそういう人が、入社後に大きく伸びますね。

――発酵学などを学ぶ学生のなかには、岡山県出身でなくても何とかして貴社に入りたいと思う人も多いのではないでしょうか。そういう人に対して、完全に門戸を閉ざしてしまうのですか。

林原 いえ、なかには大学に入るときから当社に入ろうと思って、発酵を勉強してきたという学生さんもいます。面接でそんな話をされると、ついほだされてしまうこともありますよ。ただし求人広告などで大々的に募集はしません。一度広告を出したら、集まりすぎて困ったことがあったものですから。

――それはうらやましいお話ですね。貴社の場合、世界中の研究者をフェローという形で招く制度がありますね。岡山市ぐらいのサイズの地方都市は、外国人にはむしろ住みやすいかもしれません。

林原 気に入って住みついてしまうフェローもいますよ。当社の社員と結婚して、正社員になったり。

教育制度はなし
特化された仕事が
能力を開花させる


――それが人材の厚みにもつながるのでしょう。研究開発部門で人材が育つ理由はわかりました。営業部門などでの人材育成については、どのようになさっておられますか。

林原 当社ではあらかじめ用意された教育制度はありません。そういう制度はほとんど役に立たないと思っています。その代わり、仕事で鍛えられますよ。当社ではすぐに売れる新素材はすべて大企業にバトンタッチして、原料生産に特化します。その代わり、用途も何も不明だけれどまったく新しい物質で、一人一人が勉強し、考えないと売れないものだけを自社で扱います。医者とのお付き合いもありますから、病気や薬に関する知識は、下手なお医者さんよりも豊富に持たなければなりません。その結果、人が育つのです。10年たってみると、価格で競争する仕事だけをしてきた人と比べ、人格まで変わりますよ。だから社員教育はあえてやらないのです。そのほうが本人も会社も楽でしょう(笑)。

――貴社はメセナ活動にも力を入れています。それは社員にとっても、何かメリットがあるのでしょうか。

林原 メセナ関係の人も社員として組織の中に取り込んでいるため、昼休みなど皆社員食堂にやってくるので、他の社員とも自然に交流が生まれます(林原にはちょっとしたレストラン並みの社員食堂がある)。いろいろな分野の話が聞けることが、社員の視野を広げていると思います。会社でいちばん大切なのは、社員がさまざまな事柄に対して柔軟に対応できる能力を持つことだと思うのですが、その力は違う分野の知識をたくさん持つことから生まれるのです。当社のような小さな規模の会社では、一人一人がその力を持たなければいけません。ナンバーワンを志向する企業なら、やらなくてすむことでしょうけれども。

――今日本は構造改革のさなかにあります。日本がよりよく変わるためには何が大切だとお考えですか。

林原 何度も申し上げているように、ナンバーワンになるだけが道ではないということに、みんなが気づくべきだと思います。そうすれば中小企業がもっと楽に生きられる。大企業は金融を含めて一番になることが、もっとも生き残るための近道であり、またそれが可能ですが、中小企業は絶対に彼らの真似をしてはいけません。いくらでも材料は転がっているのですよ。しかし本業以外に目を向けないから、それに気づかないのです。ロケット研究者の糸川英夫先生が「創造性は単なる素質ではない、異質の経験の組み合わせから生まれる」とおっしゃっていましたが、私もそのとおりだと思います。私が会社にいない理由はまさにそれ。異分野の人とお会いするためなんですよ(笑)。

林原 健
(はやしばら・けん)
1942年林原グループの4代目として岡山県に生まれる。慶應義塾大学在学中に父が死去、グループの経営者となる。文科系ながらも、その後発酵学などの研鑽を積み、グループを 研究開発主体の企業として再生させた。趣味は学生時代から続けている空手、読書など、幅広い。

『Works No.38 リーダーシップの視界』 (2000年2月発行)掲載

 
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