現在位置:asahi.com>社説

社説天声人語

社説

2007年12月27日(木曜日)付

アサヒ・コム プレミアムなら社説が最大3か月分
アサヒ・コム プレミアムなら朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しく)

集団自決検定―学んだものは大きかった

 日本軍によって集団自決に追い込まれた。そうした表現が沖縄戦をめぐる高校日本史の教科書検定で復活した。

 教科書会社から出されていた訂正申請が文部科学省に承認されたのだ。その結果、次のような記述が来年度からの教科書に載ることになった。

 ・日本軍の関与によって集団自決に追い込まれた住民もいた。

 ・米軍の捕虜になることを許さないなどの強制的な状況のもとで、住民は集団自害と殺しあいに追い込まれた。

 今春の検定では、日本軍に強いられたという記述だけでなく、集団自決への軍の関与そのものも、文科省によって一斉に削られていた。

 文科省は今回の修正について、あくまでも教科書会社からの訂正申請に基づくものであり、検定の撤回ではないという。しかし、沖縄などからの激しい批判を浴び、事実上、検定を撤回せざるをえなくなったということだろう。

 こんな事態になった発端は当初の検定の異常さである。「すべての集団自決が軍の命令だと誤解される恐れがある」として軍のかかわりを軒並み削らせた。

 今回、文科省は訂正申請の是非を検定調査審議会に改めて諮った。審議会は新たに沖縄戦の研究者らの意見を聴いて、審議の基準となる見解をまとめた。

 軍の直接的な命令は確認できないとしながらも、集団自決の背景には当時の教育や訓練があり、集団自決が起きた状況をつくり出した主な要因には手投げ弾の配布などがある、と指摘した。

 この見解は多くの人が納得できるものだろう。米軍への恐怖心をあおり、住民に捕虜になることを許さないという異常な軍国主義の下で、住民は集団自決に追い込まれたというのだ。

 ただ、訂正申請の審議で、「軍が強制した」というような直接的な表現を最後まで許さなかったことには疑問がある。

 それにしても、こうした常識的な見解をなぜ今春の検定で示せなかったのか。そうすれば、文科省の教科書調査官の調査意見書をそのまま通すことはなかったはずだ。メンバーの1人は「もう少し慎重に審議すべきだった」と話す。

 当時は「戦後レジームからの脱却」を唱える安倍政権だった。時の政権の持つ雰囲気に、専門家らの審議会ものみ込まれたということはなかったか。

 その一方で、とんでもない検定をきっかけに、集団自決がこれほど社会の注目を浴びたのは皮肉なことだった。

 これまで集団自決が教科書に載るのは2〜3行程度で、簡単な内容だった。それが訂正申請で、当時の社会的な背景なども書き込まれた。結果としては、内容はいっそう充実したかもしれない。

 今回の検定問題は、沖縄の県民大会などをはさんで9カ月に及んだ。その間に多くの人たちが沖縄戦の実態を改めて学び、検定制度のいい加減さを知った。その苦い教訓を今後に生かしたい。

福田首相訪中―未来のために歴史を語れ

 福田首相がきょうから中国を訪問する。昨秋、首相になったばかりの安倍氏が訪中して関係修復の扉を開いたのに続き、今回は首脳会談のほか地方も訪れる本格的な訪問となる。

 4月に温家宝首相が訪日し、来春には胡錦濤国家主席の訪日が予定されている。首脳同士の相互訪問はこれで完全に復活するといえるだろう。この流れが定着してきたのを歓迎する。

 安倍前首相は「戦略的互恵関係」をうたい、温首相は自らの訪問を「氷を溶かす旅」と呼んだ。少なくとも言葉の上では修復ムードが盛り上がっている。福田首相も新たな表現で日中の未来を語るにちがいない。

 だが、それだけで現実の懸案がすべて片づくわけではない。

 たとえば、東シナ海の天然ガス田の共同開発の問題は、解決したいという政治的な意思はあってもなかなか糸口が見つからない。急速に台頭する中国と、追いつかれる側の日本との関係がなにかと難しくなるのは、当然のことでもある。

 一つ一つの対立や懸案は、ねばり強い対話で打開していくしかない。必要なのはそれを深刻な摩擦にしないことであり、共通の利益を追求する外交の知恵なのだ。首脳間の信頼はそのための土台である。首相には、ぜひ大きな視点にたって、日中関係を前に動かしてほしい。

 首相にはふたつ注文したい。ひとつは日中関係を未来志向に変えるために、両国間のトゲとなっている歴史問題について自らの認識を明確に語ることだ。

 温首相は春に訪日した際、国会で演説し、日本が過去の侵略を認め、反省とおわびを表明していると明言し、それを中国側が積極的に評価していると述べた。その様子は中国にテレビ中継された。日本に対して複雑な思いを持つ中国国民に対する呼びかけでもあったのだ。

 福田首相もこれに応えるべきだ。幸い、首相は北京大学で講演する予定だ。テレビで全国に放映されるという。国交正常化から35年がたつが、日本の首相が直接、テレビ画面を通して中国国民に語りかけるのは初めてだ。

 今年は日中戦争70年にあたる。中国側では様々な行事があったが、日本側は歴史事実をめぐる論争などがあって、政府としてまとまった見解を示す機会がないまま年末を迎えてしまった。この講演を利用しない手はない。

 もうひとつは、中国の発展に伴って、日本の政府途上国援助(ODA)が終わることだ。来年度以降、円借款の新規案件はストップする。四半世紀にわたり総額3兆円を超す円借款は鉄道、港湾整備などに使われ、中国の改革開放政策を支えた。日本の果たした役割をていねいに伝えてほしい。

 過去の過ちと貢献とを率直に語り、戦後日本のありのままの姿を中国国民に理解してもらう。それでこそ、未来の関係を語り合えるのだと思う。

PR情報

このページのトップに戻る