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第25回天文学に関する技術シンポジウムに参加して

2006年1月17日 第二装置開発 河合利秀

 2005年11月8日 倉敷市民美術館にて、第25回天文学に関する技術シンポジウムが開催されました。このシンポジウムは日本の天文学を支えている技術の現状と問題点が各分野やプロジェクトごとにまとめて聴くことの出来る有意義なものでした。
私は「NANTEN-2の移設」を報告しましたが、天文台技術職員の皆さんの奮闘が伺える面白い報告も多数ありましたので、ここでは普段馴染みの無い技術で印象に残った報告を簡単に紹介します。

  1. 岡山天文台のシーイング

     星を見ているとキラキラと瞬いて見えます。シーイングとは、このように星の瞬きを表す言葉です。星は本来理想的な点光源なので写真やCCDで画像データを撮ると「点」にならなければなりません。しかし、実際には大気の揺らぎで星の像が広がってしまいます。このときの広がり具合をシーイングといいます。天文学ではこうした広がりを角度で呼ぶ慣わしなので、〜秒と表現します。
     どんなに大きな望遠鏡も、設置場所のシーイングが悪ければ宝の持ち腐れになってしまいます。スバル望遠鏡をハワイのマウナケア山頂に設置したのも、スバル望遠鏡の性能を最大限発揮できるシーイングの場所として選ばれたわけです。
     従来、日本国内はシーイングがよくないといわれていましたが、実際に岡山天文台のシーイングを連続観測した結果、意外にも良いことが判りました。この観測によって、岡山天文台に中型(2〜3m)の望遠鏡を備えても十分性能を発揮できることが確認されました。
     国内にこの程度の規模の観測拠点を持つことは非常に意味のあることです。観測の負担が軽いことや観測装置の持ち込みが容易であることから、大型望遠鏡を使った観測の前に観測のアイディアを確認したり、天文分野における大学教育の拠点になるなど、世界のトップレベルの踏み台となって、天文物理学の裾野を広げることになるでしょう。
     岩田生さんの報告は、ミード社の20cmカセグレン鏡筒を用いて17cmの間隔で2点の星像重心の平均を取るというシーイングモニタを作り、年間観測した結果、岡山天文台では1.3秒(夏)〜2.0秒という結果を得たとのことでした。この他に、天気図との比較で、上層大気の風速とシーイングの相関があることや、地上付近の風速が大きいとシーイングも悪くなることなどが判りました。
     シーイングモニタによる観測はリアルタイムで岡山天文台のホームページ上にて公開されています。

  2. すばる望遠鏡に関する事項

     すばる望遠鏡を維持する技術は多方面にわたります。今回は周辺の埃が観測に与える影響の評価方法と主鏡の再メッキに関する技術、駆動制度に関する技術が報告されました。

    • ダストモニタ
       すばる望遠鏡の設置されているマウナケア山頂は休火山の地肌がむき出しになっており、砂埃が多いので、埃の量とシーイングの関係が調査されました。
       従来の方法はプレパラートにワセリンを塗ったものを一定時間曝露し、顕微鏡で埃の数を数えます。1990年にマウナケア山頂のすばる望遠鏡設置予定地で調査したときは良くなかったのですが、現在すばる望遠鏡はずっとよくなっているはずです。これを確認するために、本格的な埃の調査を行ったのが今回の報告でした。
       レーザー式のパーティクルカウンターをすばる望遠鏡の色々な位置に6台設置して観測したところ、光源のレーザーが壊れたり、サンプリングの方法に問題があったりして、まだ十分な測定になっていない可能性があり、外気導入のアクリルパイプや設置場所を工夫して、正しい結果が得られるよう検討中とのことでした。

    • すばる望遠鏡第3鏡の蒸着
       反射望遠鏡の鏡面はアルミニウムを真空蒸着します。しかし、徐々に反射率が悪くなるので数年に一度は再蒸着することになります。第3鏡とは、ナスミス焦点に切り替えるミラーで、1999年に設置したままだったので表面がざらざらした状態にまで劣化が進んでしまいました。
       すばる望遠鏡は、経費削減のためそれまで三菱等に頼んでいたメンテナンス作業を天文台職員が自力で行なうことになりました。こうしたことから、今回の第三鏡再蒸着を天文台の技術職員が取り組みことになったとのことです。
       分解・組立の手順を十分予行演習した後、分解して再蒸着をおこない、もと通りに組み立てた結果、反射率91%以上(5000Å)、膜厚70μmとなり、観測結果も良好でした。次は、IR側に銀蒸着をする予定とのことです。

    • すばる望遠鏡の振動による追尾誤差
       すばる望遠鏡の観測データから、エレベーション方向に像が伸びるという報告があり、この方向に振動しているのではないかとの疑問が出たので、加速度センサを取り付けで振動の評価を行なうことになりました。
       トップリングに2軸センサ(分解能10−6G、0〜40Hz)を取り付けてみた結果、6Hzで0.7Gp-pの振動がありました。この振動をスペクトル解析すると、AZ 3.6Hzと7〜9Hz、EL5〜6Hzに共振がありました。その後、加速度計を色々なところに取り付けて振動を見た結果、主鏡も振動していることが判明、トップリングと主鏡の振動は焦点位置を大きくずらすように作用している(AZ=3.6Hz、0.24秒p-p)ことがわかりました。
       この振動はAOを使った高分解能観測に大きく影響するのですが、ELの高い場所でしか振動しないこともわかりました。さらなる解析の結果、絶対角エンコーダの分解能に依拠した振動であることが確認されたので、今後対策を探っていくとのことです。

  3. 惑星探査衛星「はやぶさ」

     特異小惑星の一つである「いとがわ」からサンプルを採取し、地球に持ち帰るというJAXAのミッションプランは20年前に始まりました。この計画はリスクの大きなプランで、一個の衛星で様々な未知の機能を確かめつつ、うまくいけば観測もおこない、全て順調に運べばサンプルリターンも夢ではない・・・というものです。「はやぶさ」は昨年末テレビや新聞で報道されたのでご存知の方の多いと思います。  シンポジウムでは、探査衛星の基本形状や様々な機能について話を聞きましたが、最も感動的だったのは、衛星の軌道計算の話でした。  惑星探査衛星「はやぶさ」は太陽を中心とした楕円軌道上を運行する惑星の重力を使ったスイングバイやイオンエンジン、太陽風など、SFの物語に出てくる技術を実際に全て成功させた点で際立った成功を収めました。
     スイングバイなどの軌道を見つける作業は一種のセンスが必要で、「はやぶさ」クラスのスイングバイ軌道を見つける能力は神業であると言われています。スイングバイでは僅かな軌道のずれも大きなずれになってしまうので、前後に細かく軌道を修正する操作が必要です。そのためには正確な位置の確認と軌道の再計算も必要です。これらを全て満たしたとき、スイングバイによって、目的の天体にたどり着くのです。
     太陽圏の宇宙空間を航行する惑星探査衛星にとって太陽風は非常に大きな圧力となり、衛星を押し流し軌道を変えてしまうので「はやぶさ」に搭載したスターセンサーや地球上の設備で「はやぶさ」の位置を絶えず監視し、軌道修正を繰り返します。しかし、軌道修正のための燃料は限られています。必要最小限の軌道修正で済ますためには、なにをおいても軌道計算の精度が重要なのです。
     日本で始めてとなるイオンエンジンも順調に働きました。小さな特異小惑星である「いとがわ」にたどり着くには、軌道計算を含めた全ての機能が理想的に働かなければならないのです。
     報告をしてくれた前田さんは、「いとがわにたどり着いただけで私は満足!」と報告を結ばれましたが、その言葉から伝わってくる充実感に、私は鳥肌がたつほどの感動を覚えました。
     「はやぶさ」が丁度小惑星「いとがわ」に着陸した頃、私は南アフリカ・サザーランド天文台にいたのですが、天文台に来ている研究者たちは私たちが日本人だと知ると「はやぶさ」成功を祝福されました。このことから、私たちが思っている以上に海外から注目されていたミッションであることがわかりました。
    小惑星「いとがわ」と地球との距離は2天文単位(地球と太陽の距離の2倍)もあり、電波の指令が往復するのに数十分もかかります。着陸などの複雑な制御を逐一地球から命令していたのでは衛星を正しく制御できません。「はやぶさ」は高度な自律制御機能をそなえ、自分で判断して動くように設計されているのです。例えば、衛星自身が小惑星との距離を測定し、着陸地点をカメラで監視しながら自分で着陸できるようにプログラムされています。こうした高度な自律機能を、乏しい予算の中で実現した「はやぶさ」は、まさに奇跡の衛星といえるのです。
     「はやぶさ」は残念ながらサンプルリターンが困難な状況になってしまいましたが、この意欲的なミッションは惑星探査の基本技術を日本が獲得したことに大きな意味があると思います。

     
  4. 太陽観測衛星SOLAR-B

     太陽観測衛星SOLAR-Bは、本体重量900Kgのなかに、可視光望遠鏡SOT(50cmグレゴリアン光学系)、焦点面撮像装置、X線望遠鏡、極紫外線撮像分光装置など多くの観測装置を搭載したものです。この人工衛星は、自律航行システムとともに、自分自身の回転によって姿勢制御(ジャイロ効果)する構造となっています。
     可視光望遠鏡SOTは、グレゴリアン光学系を採用しています。グレゴリアン光学系は鏡筒が長くなるのが欠点ですが、一次焦点面で熱を排除できるので太陽観測に適した光学系といえます。SOLAR-Bの回転軸には僅かなずれが発生するので、SOTにはそれを補正するためのチップチルト機構が必要です。
     可視光望遠鏡SOTは焦点調整機構がないので、組み立て時の精度で光学性能の全てが決まってしまいます。しかし、実際に望遠鏡として機能するのは宇宙空間です。従って、実際に動作する宇宙空間の状況を再現して望遠鏡を評価することが重要となります。
     こうした目的のために、JAXAには大型真空チャンバーを備えて宇宙空間をシミュレーションする設備があります。SOTはこの真空タンバーを使って想定される環境(主に温度)の影響を調べました。こうした地道な努力の結果、予想される宇宙空間において、回折限界の結像性能を得られるところまで追い込むことが出来たとのことです。
     「はやぶさ」での経験は太陽から離れたところでのものでしたが、SOLAR-Bは太陽の熱放射の影響をまともに受ける軌道に投入されます。

  5. その他の報告

     ここで挙げたものの他にも、電波望遠鏡関係(ALMAの受信機、電波シーイングモニタ)、二次元赤外線検出器の読み出し回路、新世代反射鏡素材ZPFの研磨、太陽電波干渉計のノイズ、WindowsXPの時間管理、実験開発センターの三次元測定器など、面白い技術が次々に報告され、中身の濃い2日間でした。

  6. 岡山天文台

     正式名称は岡山天体物理観測所といいます。詳しくはWebサイトhttp://www.oao.nao.ac.jp/をご覧下さればいいのですが、ここでは岡山天文台の望遠鏡設備を簡単に紹介します。

    • 岡山天文台のロケーション
       JR山陽本線鴨方駅からタクシーで20分程度山に入ったところに岡山天文台があります。
       本館には事務室や研究室があり、奥には食堂と宿泊室があります。

      本館(事務・研究室)

       下左の写真の右手前がニコン91cmのドーム、左奥が188cm望遠鏡のドームです。

      望遠鏡ドーム群遠く瀬戸内海を望む

       上右の写真は188cm望遠鏡ドームに登って、瀬戸内海方面を見たものです。天文台開設当時は非常に暗く、天文観測によいところでしたが、瀬戸内海沿岸が開発され、コンビナートや工業団地が建設された現在、こちら側はたいへん明るくなってしまいました。

    • 188cm反射望遠鏡  左下の写真は、国内最大級の口径を誇る望遠鏡で、南アフリカのサザーランドにも同じものがあります。

      188cm反射望遠鏡188cm用真空蒸着装置

       右上の写真は188cm反射望遠鏡の主鏡用真空蒸着装置です。この蒸着装置は何度も改良され、真空ポンプなどの排気系も一新されています。
       大型望遠鏡にはこうした装置がきちんと稼動する状況になっていることが大切です。主鏡を下ろし、蒸着用の真空チャンバーに入れてアルミ蒸着を行い、また望遠鏡に戻す作業は、天文台技術職員にとって重要な作業の一つです。

    • ニコン91cm反射望遠鏡
       国産大型望遠鏡の第一号として1962年に完成、光電測光観測を開始しています。
       現在主鏡ユニットにスリットを設け、鏡面至近距離での気流を改善する改造をおこないつつあります。

      91cm反射望遠鏡の主鏡

    • 三つ目望遠鏡(50cm反射望遠鏡)
       この望遠鏡は岡山天文台の最も新しい設備で、最近観測を始めたばかりです。
       この望遠鏡はガンマ線バースト天体をすばやくキャッチして、その現象を観測することを目的としています。
       IRSF(南アフリカ望遠鏡)に搭載したSIRIUSUと同じような3色カメラを搭載しています。望遠鏡の制御は全てリモートで行います。

      三つ目望遠鏡

       この望遠鏡の最も大きな特徴は何と言っても機動性です。ガンマ線バーストは短い時間で大きく変化する現象なので、如何に早く目的の天体を視野に入れるかが重要です。すでに幾つかの観測に成功していますが、顔量の余地がありそうです。


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