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信頼武器に迫真の逃走 伊坂幸太郎、2年ぶり書き下ろし長編

2007年12月07日

 作家の伊坂幸太郎さん(36)が、2年ぶりの書き下ろし長編小説『ゴールデンスランバー』(新潮社)を出した。国家的陰謀で首相暗殺犯に仕立て上げられた男の物語だ。迫真の逃走劇を通して、人間の最大の武器は信頼なんだ、という作者の思いが伝わってくる。

 仙台市内をパレード中の新首相が、奇想天外な手口で暗殺された。ぬれぎぬを着せられたのは、2年前に強盗からアイドル歌手を救い、マスコミで祭り上げられた男。証拠や証人がでっちあげられ、圧倒的に不利な状況の下で、逃走劇が繰り広げられる。400字詰め原稿用紙で約千枚。00年に作家活動に入って以来、最長の作品となった。

 「エンターテインメントの王道的な枠組みを借りながら、本質では違う作品にしたかった。これまでの変化球ではなく、直球勝負です。最初は映画の『ダイ・ハード』が頭にありましたが、舞台が閉鎖空間なので動きに乏しい。それならば『逃亡者』でやろうと。逃げることをテーマにした小説や映画でイメージを高め、逃亡に関するアイデアを徹底的にぶつけました」

 主人公に「オズワルドにされるぞ」と警告する友人の言葉が象徴するように、物語にはケネディ暗殺事件が重ね合わされている。

 ゴールデンスランバーとは、ビートルズのアルバム「アビイ・ロード」の中の曲名。黄金のまどろみとは主人公をかつて包み込んでいた懐かしい学生時代への思いを意味する。その学生時代の恋人や仲間らに支えられながら逃げ続ける男の、「俺(おれ)にとって残っている武器は、人を信頼することくらいなんだ」という言葉は印象的だ。

 「生きていて最終的に頼れるものは、人とのつながりしかありません。そのつながりさえあれば、どんな事件にも立ち向かえると思いたいのです」

 厳戒態勢が敷かれ、監視社会と化した仙台市内の描写には緊迫感がある。街中に情報収集の機器が設置され、通行人の姿や携帯の通話内容が記録される。2年前の連続殺人事件がきっかけで設置されたという設定は、9・11の後すぐに米国で成立した反テロ愛国法をほうふつさせる。仙台は伊坂さんが18年間暮らす街でもある。

 「東京と違って街のつくりがコンパクトな仙台だからこそ生まれた小説です。歩き回ることで様々なアイデアがひらめきました」

 10月にはミュージシャンの斉藤和義さんとの対談集『絆(きずな)のはなし』(講談社)が出た。システムエンジニアだった時、斉藤さんの曲を聴き、創作に専念しようと退職を決めたエピソードなど、作家の素顔がうかがえる。今年は「アヒルと鴨(かも)のコインロッカー」、来年は「死神の精度」と、作品の映画化も相次いでいる。

 「逃げ続ける主人公のその後の人生については、作中にヒントがあります。例え大きな事件に巻き込まれたとしても、個人のささやかな生活と幸せは守れるんだと信じたい」

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