医療クライシス

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どうする医師不足/5止 小松秀樹氏/内田健夫氏

 ◇医事紛争、冷静対処を--虎の門病院泌尿器科部長・小松秀樹氏

 日本の人口10万人あたりの医師数はOECD(経済協力開発機構)加盟国平均の3分の2で、絶対数が少ない。このため、救急など責任の重い勤務医を中心に、猛烈に働かざるを得ない状況に追い込まれている医師がいる。地方の中核病院を担っている医師もそうだ。

 ただし、午後5時には病院を後にする医師もいる。医師養成には時間がかかり、医師不足の当面の解決には、そういう医師にもう少し責任を負ってもらうか、子育てなどで休職している医師に復帰して負担の少ない医療を担当してもらうよう努力する必要がある。

 臨床研修も、もう少し研修医が経験を積める形に変えるべきだ。病院によっては、お客さん扱いで、診療チームの一員として医療に参加していない。治療を早く多く体験すれば、医師として長く戦力になり、医師不足を補う。患者も、教育病院では学生や研修医が一定の診療をすることを受け入れる必要がある。

 医師が社会や患者とのあつれきをなるべく避けられる環境を整えることも、医師不足の歯止めになる。医療事故の紛争が増えているが、医師と患者の対立を助長しない解決を図るべきだ。

 医療では、患者の数%に合併症などの「有害事象」が起きることは避けられない。患者や家族が不信を感じた時には、科学的に調査し、調査結果を説明して、一定の条件に当てはまる有害事象を公平に補償することが大事だ。補償対象は、すべての疾病が治癒可能でないという根本を踏まえて決める必要がある。

 医事紛争では、しばしば当事者が感情的非難の対象となる。しかし、医療事故の多くはシステムに問題があり、冷静に考える必要がある。医師個人への過剰な責任追及を繰り返していると、誰も勤務医を引き受けなくなるだろう。

 ◇医療費増で環境作れ--日本医師会常任理事・内田健夫氏

 医師不足は地域や診療科、病院によって深刻さが違うが、そもそも絶対数が足りない。ただ、何人足りないかという議論を始めると、結論が出るまでに時間がかかる。不足感をどうやって早く解消するかが重要だ。政府が地域によって医学部の定員増を認めたのは、医師削減という従来の方向性を変えた点で評価できる。

 勤務医を助けるため、開業医が一定の役割を担うことは賛成だ。ただ、開業医の多くは病院勤務を経験している。病院で忙しく働き、嫌になって開業したケースが少なくないため、過剰な責務を押し付けても実現性がない。例えば、開業医が地元病院の救急外来を月に1、2回担当するだけでも、かなり勤務医の負担軽減につながる。地域によって何ができるか違うだろうが、病院と開業医の調整役として医師会、病院、行政が参加する地域医療対策協議会の果たす役割は大きく、医師会も積極的に協力したい。

 女性医師が増える中、病院に託児所を設けるなど、女性が働きやすい環境を作ることも大切だ。女性の活躍の場を広げることは、医師不足の歯止めにつながるはずだ。

 医療費抑制は最大の問題。医療は労働集約型の産業で、人をかけ、物をかければ、質の高いものができる。日本が諸外国に比べて少ない医療費で質の高い医療を維持できているのは、医療従事者の献身的な努力によるところが大きい。

 しかし、それにも限界が見えてきている。欧米先進国並みにGDP(国内総生産)比10%程度の医療費が必要だ。現在の2割増しで、人を増やす環境を整えられる。厚生労働省は金を増やさず、医療の質を維持しろと言うが、「もっと働け」と言っているに過ぎない。それでは、ぎりぎりの状態の現場が一気に崩壊する恐れがある。=おわり

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 この連載は、鯨岡秀紀、玉木達也、五味香織、田村彰子、根本毅、河内敏康が担当しました。

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 ■人物略歴

 ◇こまつ・ひでき

 東京大医学部卒。山梨医大助教授などを経て99年から現職。著書に「医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か」など。

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 ■人物略歴

 ◇うちだ・たけお

 信州大卒。同大第1外科などを経て、86年に川崎市で開業。99年神奈川県医師会理事、06年から日本医師会常任理事。

毎日新聞 2007年7月12日 東京朝刊

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