医療クライシス

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どうする医師不足/1 伊藤恒敏氏/木村清志氏

 連載「医療クライシス」はこれまで、深刻化する医師不足の現状を2回のシリーズで報告してきた。医師不足を解決するにはどのような対策が必要なのか、専門家や現場の医師らに聞いた。

 ◇医学部定員大幅増を--東北大教授(地域医療システム学)・伊藤恒敏氏

 政府は「都市と地方の間の医師偏在」を前提として対策を立てている。しかし、この地域は医師が余り、この地域では足りないというデータを見たことがない。

 私たちは、全国を358地域に分けた2次医療圏ごとに、人口10万人あたりの医師数を調べてみた。東京都や政令市が入る医療圏は平均255人で、それ以外は175人。多いはずの大都市ですら、経済協力開発機構(OECD)諸国平均の300人を下回る。偏在というより、全国で足りないと言う方が正しい。

 勤務医は平均で週約60時間働いているが、我々の計算では、労働基準法通りの週40時間にするには約10万人足りない。OECD平均に追いつくには約14万人不足だ。

 政府は地方の医師不足対策として、医師不足の県で医師養成数を増やすと言うが、どの県で何人不足かのデータもないままでは意味がない。そもそも、全体で不足なのだから、OECD平均に追いつけるよう、医学部の定員を大幅に増やすべきだ。

 一方、今すぐ定員を増やしても、一人前の医師になるまで10年以上かかる。緊急に取り組むべき対策として「マグネット・ホスピタル」という構想を提言している。

 東北大からの医師の赴任先を調べると、ベッド数200~300床の病院は少なく、400~500床以上が多い。医師は、自分の技量を高められる病院に行きたい。大きな病院は各診療科がそろい、若手医師への指導体制も良いからだろう。そこで、2次医療圏ごとに500床程度の中核病院を作り、そこから周辺の中小病院に医師を派遣するという構想だ。

 その際、行政と大学、病院の間で、中小病院に行った医師は、再び中核病院に戻れることを保証する仕組みを作る必要がある。保証があれば、安心してへき地の病院に行ける。へき地勤務の義務化を求める意見も根強くあるが、医師が行きたくなる環境を作るべきだ。

 ◇地域で働く魅力語れ--島根県医師確保対策室長・木村清志氏

 国は昨年、青森など医師不足が深刻な10県で大学医学部の定員増(最大10人)を条件付きで容認したが、島根は対象外だった。しかし、島根も深刻な医師不足に悩まされている。過疎地の公立診療所や小病院は医師確保に苦労し、閉鎖に追い込まれる診療科もある。

 島根が対象外となったのは、04年の人口10万人あたりの医師数が全国で9番目に多い253人で、基準の「200人未満」を上回ったからだ。全国9位の県が不足しているのだから、医師不足は全国的なのだろう。

 国が「医師の地域偏在」と言う通り、県内でも医師の偏在はある。出雲市は全国平均の倍以上の10万人あたり447人だ。しかし、同市には島根大病院があり、研究や教育をする医師を数に含む。県立中央病院もあり、大学とともに高度先進医療を担う。高度先進医療には多くの医師が必要だ。偏在を解消しようにも、これらの病院を分解するわけにはいかない。

 即戦力の医師を確保するため昨年4月、医師確保対策室を設置、全国の約30人と面談し、8人のスカウトに成功した。ほとんどは県内出身や島根医大(現島根大医学部)卒など、ゆかりのある人だ。

 だから島根も医学部定員増の対象にしてほしいが、国の条件は厳しすぎる。県内で一定期間働けば返還が免除される奨学金を定員の半数分以上用意する必要があり、苦しい県財政では難しい。

 地方の医師不足の解決には、医学教育で地域医療をきちんと教えることも大切だ。奨学金や、へき地出身者を対象とする地域枠推薦入学などの制度も重要だが、専門医ばかりを養成する今の教育では、医師は都市部の大病院に向かう。

 街のかかりつけ医をイメージして入学した医学部生は多い。地域で医師がどんな働きをし、患者とどうコミュニケーションをとるかを現場で教えれば、地域医療を志す学生は増えるはずだ。それだけの魅力が地域医療にはある。=つづく

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 ご意見、ご感想をお寄せください。ファクス(03・3212・0635)、Eメールt.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp 〒100-8051 毎日新聞社会部「医療クライシス」係。

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 ■人物略歴

 ◇伊藤恒敏

 東北大医学部卒。86年同学部教授。専門は免疫学、地域医療学。著書に「地域医療システム構築」。57歳。

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 ■人物略歴

 ◇木村清志

 島根県大社町(現出雲市)生まれ。自治医大出身。島根県立中央病院総合診療科部長などを経て現職。50歳。

毎日新聞 2007年7月5日 東京朝刊

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