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党首会談をめぐる渡辺恒雄氏の行動:識者に聞く

 自民党と民主党の大連立構想まで話し合われた福田康夫首相と小沢一郎民主党代表の党首会談をめぐり、読売新聞グループ本社会長兼主筆の渡辺恒雄氏が重要な役回りを演じたとされる。渡辺氏の行動には、報道機関トップとして疑問の声も上がっている。一連の経緯を振り返り、識者の意見を聞いた。

 ◇ジャーナリストの役割逸脱--上杉隆さん

上杉隆さん
上杉隆さん

 渡辺氏は記者からぶら下がり取材を受けて、自らを「新聞記者」と名乗っていましたが、オブザーバーとしてでなくプレーヤーとして政治の中に手を出したのなら、ジャーナリストとしての役割を逸脱しています。それを恥じるのではなく誇りを持ち、パワーだと思っている。記者クラブが力を持つ日本のメディアがこういう行動を許してきたのだと思います。記者としての地位、目的、手段を取り違えている。

 渡辺氏は主宰する「山里会」でも話しているそうですが、憲法改正をして歴史に名を残したいのでしょう。そうした考えを書くことによって読者にアピールするのがジャーナリストです。

 ねじれ国会で政治が停滞しているというが、衆参両院がねじれたからテロ特措法などがわかってきた。国民生活に懸念があるなら、民意を問えばいい。大連立の可能性も含めて問うべきで、それは政治家の仕事です。渡辺氏は政治家ではない。

 渡辺氏の関与が指摘されてからも、読売新聞はその点に触れていませんが、国民の知る権利に応えるためには、プレーヤーとして存在する人の名前は書くべきです。しかも、渡辺氏は反論する場を持っているのですから。【聞き手・本橋由紀】

 ◇読売の報道の自由損なわれる--田中早苗さん

 渡辺氏が政治の舞台裏で表面化せずにやってきたことが今回の重要な政局で象徴的に現れたわけだ。渡辺氏の行動は有力政治家への助言にとどまらず、取材対象者と一体となるどころか、当事者として政治物語を作ろうとしたように見える。政治や行政など公権力と一定の距離を保つことを社会から求められている本来の記者の定義からは大きく踏み外していると言えるのではないか。

 記者は、誰に対しても自由に批判できる立場であるべきだ。それにもかかわらず、渡辺主筆の今回の行動は自分自身の言論が制約されかねないだけでなく、主筆という読売新聞記者のトップに立つ人物が政局にかかわることで、読売新聞という報道機関としての取材・報道の自由が損なわれかねない。読売新聞の一線記者は手足を縛られたような思いではないか。

 政治と報道機関との距離をめぐっては、00年に社会問題化した森喜朗首相(当時)の「神の国」発言に絡む記者会見で、森元首相に向けたとみられる「指南書」が内閣記者会で見つかり、記者の関与が指摘された。政治との距離など政治記者や政治ジャーナリストの在り方が改めて問われると思う。【聞き手・臺宏士】

 ◇記事にし読者に問うこと責務--有山輝雄さん

有山輝雄さん
有山輝雄さん

 自由民権運動があった明治期の新聞記者は、思想や主義を実現するために政論記事を書くとともに政治活動も行っていた。政府を弾劾する記者集会の決議も記事にするなど言論と実践は一体であり、読者もそういうものだと受け止めていた。

 明治末期になり新聞社が企業化すると、記者は社員と明確に位置づけられるとともに、現在の報道原則となっている不偏不党や中立、客観報道主義が確立していく。占領下の連合国軍総司令部(GHQ)も報道機関にそう指導した。ただ、不偏不党や客観報道主義は、「記者は編集方針に従って記事を書いていればいい」という議論に結びつきかねないし、新聞記者の概念も時代によって変わる。記者が常に第三者の立場であるべきだと決め付けることがジャーナリズムの活力を失いかねないという主張もある。

 渡辺氏が果たした今回の役割については検証が必要だ。渡辺氏が政治活動を行い、主筆という肩書のあるジャーナリストである以上、目的実現のためどんな役割を果たし、何を見たのかを記事として書いて読者に問うのが責務だ。そうでなければジャーナリストとしての任務を放棄したことになり、政治家と変わりない。【聞き手・臺宏士】

 ◇「構想描き説得」には問題ない--三宅久之さん

三宅久之さん
三宅久之さん

 渡辺さんが連立政権に向けて動いたのは、結構なことだと思いますよ。参院選で民主党が勝って、参院での野党優位が少なくとも6年は続く。今の国会ではなかなか法律が成立していない。

 衆院で民主党が勝てば収まるというが、小沢一郎代表自身が会見で言ったように、過半数を取るのは厳しいと思われている。

 それをどうするか、政治家が誰も具体的に提示できない時に、政治ジャーナリストである渡辺さんが処方せんを提示し、関係者を説得したんです。

 そして党首会談が開かれたが、民主党が拒否してご破算になってしまった。

 新聞記者が政治に関与した例はいくらでもあるんですよ。例えば、保守合同により55年体制ができた時、鳩山派の会合の中心にはいつも新聞記者がいた。

 最近はあまりはやらないが、81歳のなべちゃん(渡辺氏)が何かを成し遂げたいと動いたんですよ。選挙で選ばれた政治家ではないと指摘する人がいますが、審議会で民間人を集めて案を書いているでしょう。青写真を描いて説得することは何の問題もない。【聞き手・本橋由紀】

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 ◇プレーヤーとなることに、抑制的な記者多い

 読売新聞は8月16日付社説で「民主党も『政権責任』を分担せよ」と自民党と民主党の大連立政権を提言した。渡辺氏は社説掲載を契機に大連立の必要性を福田、小沢両氏をはじめ両党の政治家に積極的に説き出した。

 小沢氏は今月7日の記者会見で、「約2カ月前に『さる人』から呼び出され『お国のために大連立を』という話をされた。さらに10月半ば以降に、また連絡があり首相の代理人に会ってくれと要請された。代理人と会い、首相が連立を望んでいることを知り、党首会談の運びになった」という趣旨の発言をした。

 「さる人」とは渡辺氏と見られ、毎日新聞では同氏が党首会談の「仕掛け人」であることは記事中で指摘してきた。

 小沢氏は会見で「さる人」について、「『あなたにお会いできません』というたぐいのひとではない」と話している。そこには、日本で最大の発行部数を持つ新聞社のリーダーを無視できない、政界の空気が表現されている。

 毎日新聞では渡辺氏にインタビューを申し入れたが、「この件については応じられない」という回答だった。

 2日の党首会談は失敗したが、渡辺氏は4日放送のTBS時事放談(2日収録)で「もう一度選挙とか言うが、1年も2年も待ってたらどうなるのか。6年とか9年間、立法まひ状態で耐えていけるか」などと、大連立の必要性を語った。また読売新聞は党首会談後も「それでも大連立を目指すべきだ」(5日付)などの社説を掲げている。

 81歳になる渡辺氏は、1950年に読売新聞に入社し、自民党副総裁などを務めた大野伴睦氏の番記者などを務めながら、政治記者として頭角を現していった。大野氏は三木武吉氏らと保守合同の舞台回しに動いた政治家である。

 著書「君命も受けざる所あり 渡辺恒雄 私の履歴書」(日経新聞)によれば、池田内閣時に、渡辺氏が大平正芳官房長官に、衆院議長がほしいという大野氏の意向を伝える場面なども出てくる。「新聞記者と政治家との関係を超えた信頼関係」にあるという中曽根康弘元首相とは、若い時代の読書会を通じて急速に親しくなったようだ。

 政治記者の中には培った人脈を活用して、疎遠な政治家同士を引き合わせたり、実力者に人事や政策面の提言をする記者もいる。取材者よりもプレーヤーとして動く様子は、政治家や秘書の回想録などにも登場する。

 政治記者と政治家の癒着批判や、密室劇を嫌う国民の情報公開に対する要求が強くなった。今では「国家のため」という大義名分があっても、過去と比較して多くの記者が密室でのプレーヤーになるのを抑制的にとらえているというのが実感だ。【政治部編集委員・小菅洋人】

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 ■人物略歴

 ◇うえすぎ・たかし

 フリージャーナリスト。元ニューヨーク・タイムズ取材記者。著書に「官邸崩壊」(新潮社)など。

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 ■人物略歴

 ◇たなか・さなえ

 弁護士。第一東京弁護士会所属。マスコミ倫理懇談会全国協議会「メディアと法」研究会アドバイザー。

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 ■人物略歴

 ◇ありやま・てるお

 東京経済大教授。メディア史。前日本マス・コミュニケーション学会会長。著書に「徳富蘇峰と国民新聞」など。

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 ■人物略歴

 ◇みやけ・ひさゆき

 政治評論家。元毎日新聞記者。テレビのコメンテーターを務めている。

毎日新聞 2007年11月13日 東京朝刊

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