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〈美しい国とは:4〉医師不足 「フリー」選ぶ麻酔科医

2007年07月12日

 「フリー麻酔科医」と呼ばれる人たちが増えている。

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集中治療室で看護師に指示する境田康二医師。手術後患者の全身管理など麻酔科医が担う役目は広がり、現場の負担は大きくなるばかりだ=千葉県船橋市の市立医療センターで

 「ぼろぼろになるまで働いて、それがいつまで続くのかも分からない」

 筒井冨美さん(40)も3月末、関東地方の医大病院を辞めて、フリーになった。心臓麻酔を専門とし、コロンビア大学病院に留学、日本には31人しかいない米国心臓麻酔専門医の国家資格も持つ。心臓移植など難しい麻酔を担当していた。

 勤務先には03年まで14人の麻酔科医がいたが、1年間で半減。病院は報酬倍増を提示したが、医師は増えなかった。筒井さんも、6〜二十数時間かかる心臓手術の麻酔を1人で年間200件以上担当しながら、一般の外科手術の麻酔も受け持った。気が付いたら数日間家に帰っていない……そんな生活。限界だった。

 フリーの今は、手術ごとにさまざまな病院と契約、報酬を受け取る。休みもとれるし、年収は大学の4倍近くになる見通し。だが、フリーでは移植にはかかわれない。

 「専門性を生かしたい。忸怩(じくじ)たるものがある。でも、今の現場の厳しさを考えると、勤務医には戻れません」

 麻酔科医は麻酔をかけるだけでなく、手術中は出血や心拍数に応じた処置をとる「手術室の指揮者」だ。術後、患者の全身管理も担当する。

 だが、全身麻酔が90年代後半からの10年で1.3倍になったのに、麻酔科専門医は同時期1.2倍になっただけ。手術数を減らさざるをえない病院も出ている。

 麻酔科だけではない。産科では医師不足で、分娩(ぶんべん)施設が急減している。小児科でも夜間救急がない地域が出始めた。

 経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均と比べても、日本は医師が12万人不足している。そこへ04年度に始まった新臨床研修制度が偏在を加速した。研修先が選べるようになり、へき地や労働条件が厳しい診療科が敬遠された。

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 「このままでは地域の医療は確実に崩壊する。これまで通りの仕事はします。でも公務員は辞めさせてほしい」

 千葉県船橋市の市立医療センターの麻酔科部長だった境田康二さん(46)は昨年6月、同僚6人全員と辞表を出した。

 センターは市川や浦安など6市150万人の救急を担う「最後のとりで」だ。千葉県は、人口10万人あたりの麻酔科医数が全国で4番目に少ない。船橋市でも中核民間病院で常勤麻酔科医がいる施設は少なく、境田さんの元には応援要請が相次いでいた。手を差しのべたい。だが、公務員である限り民間病院で働くことはできない。本当の「公」を担うために辞める。苦渋の選択だった。

 市と半年かけ交渉、境田さんたちが設立した診療所にセンターが麻酔業務を依頼し、報酬を支払う形になった。

 1人月6〜8回の当直や集中治療室の管理など、激務は変わらない。だが、手術数に応じて報酬は増える。秋には2人の医師が加わり、近隣の病院にも派遣を始められる見通しがたった。

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 3月の参院予算委員会で安倍首相は医師不足対策を問われ、「来年度の診療報酬改定で診療報酬のあり方について検討することが必要だ」と踏み込んだ。しかし、参院選の最重要政策として公約に盛り込ませた6項目の医師不足対策には入れられず、現場や野党が求めている医師の総数増加策も見送られた。

 境田さんは独立の際、診療所の開設費などとして数千万円の借金をした。「医師増も、偏在解消への対策も待ったなしだ。実現するかどうかわからない施策を待つなんてできない」

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