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中島岳志的アジア対談:フリーター、「左派」or戦争--赤木智弘さん

 今回のゲスト、フリーターの赤木智弘さんは『論座』1月号の論文「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳、フリーター。希望は、戦争。」で反響を呼んだ人物。同誌で福島みずほ氏ら「左翼」の論客が反論したほか、この1年、NHKや『中央公論』から『SPA!』『ナイタイスポーツ』まで各媒体が言及した。初の著書も出した赤木さんに、同い年の中島岳志さんが迫る。【構成・鈴木英生、写真・川田雅浩】

 ◇久々に論争起こした論文だ--中島さん

 ◇社会階層を流動化させたい--赤木さん

 中島 赤木さんの「希望は、戦争。」は、論壇誌で久々に論争といえるような議論を巻き起こした論文です。しかも、いわゆる「左翼」による反論は、多くが赤木さんの主張を誤読していた。それが大きな衝撃でした。まず、あの論文の趣旨をお願いします。

 赤木 「戦争がしたい」って要約すると単なる破壊願望だと思われるし、それを否定すれば「あれはレトリックであって、赤木の本心は別にある」と言われます。そうじゃなくて、本心は両方にあるんです。

 自分たちフリーターは働き続けても、昇給はなく安定は望めない。何とか社会階層を流動化させたい、変えたい。でも、従来の左派が代表してきたのは正規労働者であって、つまり我々は左派からも見放されている。だから、階層が流動化する機会としては、戦争だって希望になるのではないか。本当は、戦争は回避したいのだが、というのが骨子です。

 中島 構造改革以後、貧困層が固定化されてきた。赤木さんは、自分の実体験を語って、そのことを可視化した。ところが、旧来の「左翼」は、その過激な言い回しに「あんたこそ、戦争が起こると一番大変な目にあう」といった拒否反応しか示せなかった。

 赤木 高度成長以後の労働者像はほぼ、終身雇用で働いて家族を養う標準型しかなかった。そこからこぼれる人の存在が表面化したのは、バブル崩壊以降でしょう。だから、言論界にはまだ、そういう人たちに関する蓄積がほとんどないのだとは思います。

 中島 赤木さんへの反論を読んでいて、日本はこれまで、弱者があまり「要求」をできない社会だったのだと改めて感じました。弱者を黙らせる構造があった。そこで赤木さんが弱者としての声をぶつけたとき、感情的反発が起きた。何人かの反論は、「弱者が我々弱者の代弁者に要求なんかするな」と言っているようにも、つい読めてしまったんです。

 赤木 そもそも、家族を持って安定した生活ができる正規労働者と、家族も持てず不安定な非正規労働者とで「連帯しろ」というのは簡単な話ではない。なぜそこに想像力が働かないのか。彼らは単に「富裕層対我ら」という構図を描くのだろうけど、その「我ら」の中にも断層があるのです。

 中島 それと、「丸山眞男をひっぱたきたい」という表現が過剰反応を引き出せた。

 赤木 本当にたまたま、戦争で上層の人と下の人間が平等になる可能性の例として、丸山が軍隊でたたかれた話を書いただけなんですが。タイトルにしたのは編集部。でも、この文言が戦後民主主義への反発として読めるって、出た後に気付いた。そこに反応する人がすごく多くて、驚きました。

 中島 あれを見て、弱者にひっぱたかれる恐怖を感じたんでしょう。弱者の味方気分を批判されて、不安といら立ちを持った。

 赤木 戦後民主主義は、平和と平等を両軸にしてきたのでしょう。だけど、あの文章で、現状のままでは平和と平等が両立できないことを明確に示せた。

 中島 ともあれ、こういう追及をもっと続けないと今の問題は変わらない。ただし、構造を一気に転換するのは難しい。赤木さんへの批判の根底に見える、「若者は働かない」とか「やる気がない」といった俗流若者論を言論で批判していかないといけない。

 赤木 若者を批判して上の世代が偉ぶるのは、彼らがこれから若者にはなり得ない、若返ることがないからですよね。安心してたたける。それは男性が女性を、白人が黒人をたたくのと同じ構図だと思います。

 中島 そして、構造の問題を自己責任や個人の資質に還元する言説を批判しないと。90年代以降の経済政策で、今の不安定層が生まれたのは明らかですから。

 赤木 バブルまでの終身雇用は、本人が努力して得る身分というより、当然の仕組みだったわけです。バブル崩壊以後、そうじゃなくなったのに、自分たちの過去を「努力したんだ」と言って下の世代をたたけるようになった。

 でも、フリーターだってだいぶ頑張ってますよ。ピーク時間を過ぎたファミレスなんて、ホール1人、キッチン1人でやってたり。少しお客が増えたらてんてこ舞いになる。でも、そこで頑張ったことは努力と見なされない。コンビニバイトが努力しても店長や本部社員にはなれない。努力が結果に結びつかない層が、家族持ちの生活を安定させている側面がある。そこを変えたい。

 中島 それと、団塊ジュニアは、構造的に割を食ってますよね。人数が多いのに就職は厳しく、今の年齢になったら景気回復。

 赤木 順番をとばされた感じ。

 中島 同世代への連帯感は?

 赤木 自分たちの世代はうまく就職できた層と、そうではない人が友人間でも両方いますよね。だから、自分が上層でも、友達が下層なのはその人の性格や努力のせいではないと分かっている。その意味では、この世代内でなら上下層の連帯の可能性があるんじゃないかと思います。逆に今のように簡単に就職できる世代は、その可能性が低いんじゃないか。

 中島 今後は、下の世代からバッシングされかねない。

 赤木 そう、それが怖いんですよね。バッシングのサンドイッチ。世代論も今までは「年上の人間が憎たらしい」程度で済んだけれど、経済格差が絡まると全く違うものになる。かたや貧しい世代、かたや豊かな世代となれば、単なる批判のしあいだけでは終わらない。割を食って殺される世代と殺す世代のような違いになる。

 中島 このままの構造が続いて、僕たちの世代は社会の不良債権化させられるというか。

 赤木 一番効率的なのは、この世代が、ボーンと自殺でもしてくれることなんでしょう。だからこそ、戦争が起きて、あらゆる人が戦わざるを得ない状況に追い込まれれば、その方が今よりはまだましだと思うんですよ。自分が上がれないのなら、周りを下げるしか平等への道はないんですから。

 ◇戦争が「尊厳」回復する?--赤木さん

 ◇国や企業が危機自覚を--中島さん

 赤木 それに、徴兵されるというのは「私が社会に求められている」ということですよね。それに応えることで、社会と私がつながる。このつながる感覚が人間の尊厳というものだと思うんです。今は、何をしたって「お前はフリーターのままでいい」「ただ死んでくれ」。応答ができない。でも、戦争が起これば自分が社会の中で生きていると感じられる。

 中島 あるいは、戦死なら名誉が得られるが、単なる自殺はただそれだけだと。

 最初に赤木さんの文章を読んだとき、朝日平吾という人を思い浮かべました。1921年に安田財閥トップの安田善次郎を殺した右翼テロの先駆け的な人です。何をやってもうまくいかず、貧困のどん底。この世で平等な幸福が得られないなら、悪い財閥を殺した後で名誉ある死が得たい、と。それで暗殺後に自分も命を絶つ。これが、その後のテロリズムの時代を切り開いてしまう。

 赤木さんは「本当にする」ってわけじゃなく、あえて脅して揺さぶっているのだけど、今の状況では現実にテロを起こす人が出てきかねない。そういう感性が渦巻いているのに、まだ、それに多くの人が気付いていない。

 赤木 ちなみに、「希望は、戦争。」に対して「何で希望がテロや革命じゃないんだ」と言う人もいたけれど、それは一人の人間に望みすぎ。自分はあくまでも普通の生活者でありたいんですよ。

 中島 そもそも、テロは良い手段ではない。結果として、過剰な治安維持社会を作ってしまう。

 だから結論は、国家がもっとまともに、所得の再分配をするしかない。あるいは経営者がもう少し現状の危機を自覚するべきです。そうしないと、とんでもないことになる。そのことを今後も、トリッキーな形で突きつける人が必要で、赤木さんは、その役割を背負ってしまったんですね。

 赤木 書いたときは、そんなこと考えてもいませんでしたが。

 中島 でも端的に構造を見せてくれた。だから僕も、「それを無視するな」と、これからも強調していきたいと思っています。<毎月1回掲載します>

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 ◇対談を聞いて

 誰かが、赤木さんを「新・新左翼」と評していた。70年前後、新左翼は丸山を糾弾し、「革命戦争」を呼号した。確かに、字面が赤木さんの論文と似ている。小熊英二慶応大教授は、赤木さんと同時並行で存在する昨今のフリーター労働運動などを、70年代以降の左翼の延長上で読み解く。逆に、70年代を忘れたから今、彼らに衝撃を受ける人もいるのだろう。ただし、全共闘が団塊世代のごく一部だったのと比べて、赤木さんらフリーター層は分厚い。しかも、学生運動のように卒業はない。彼らの存在は、往年の新左翼のように、忘れ去られてしまうたぐいのものではないのだ。【鈴木英生】

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 ■人物略歴

 ◇なかじま・たけし

 北海道大准教授(アジア研究)。1975年生まれ。著書に『パール判事』など。

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 ■人物略歴

 ◇あかぎ・ともひろ

 フリーター。1975年生まれ。専門学校卒、栃木県在住。コンビニバイトのかたわら社会批評を手がける。著書『若者を見殺しにする国--私を戦争に向かわせるものは何か』。個人サイト「深夜のシマネコ」(http://t-job.vis.ne.jp/)。ジャーナリストの武田徹氏らとネットラジオも。

毎日新聞 2007年11月22日 東京夕刊

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