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「つくる会」教科書を採択した杉並で決議された意見書とは?
10月17日、東京都杉並区議会で「沖縄戦『集団自決』についての教科書検定に関する意見書」の審議が行われ、杉並自民議員倶楽部、公明党、民主党、共産党、自民党、生活者ネット、社民党の全党派、さらにその他少数会派、ひとり会派までが一致して賛成、反対は2名、退場1名で決議されました。しかし採択された意見書は、こんなにも必死になって検定意見の撤回を要求している沖縄を完全に裏切る内容でした。この意見書には肝心カナメの「集団自決には軍の関与があった」という言葉と「検定意見の撤回を求める」という言葉が入っていないからです。
9月29日に沖縄県宜野湾市で開かれた県民大会にて(撮影:兼城淳子)
杉並区は2005年、全国で0.39%の採択率だった「新しい歴史教科書をつくる会」主導の扶桑社版歴史教科書を採択しました。山田宏杉並区長は、アメリカ議会で「従軍慰安婦」問題に関して日本政府の公式謝罪を要求する決議が採択された時、アメリカの新聞に「『従軍慰安婦』はなかった」とする「事実(FACT)」という広告を出した議員らの中に名前を連ねています。つまり山田区長は「つくる会」と同じ歴史観の持ち主なのです。そして杉並区議会は「つくる会」教科書を採択した区長の不法行為を追認しました(私たちは区長を被告に裁判を起こしました)。そんな区長のもとで決議された意見書をまずお読みください。
沖縄戦「集団自決」についての教科書検定に関する意見書(杉並区議会)
文部科学省は、本年3月30日、平成20年度から使用される高等学校用日本史の教科用図書を審査する教科用図書検定調査審議会において、沖縄戦における集団自決の記述について、「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現である」との検定意見を付し、日本軍の関与を削除する修正を行った。これに対する沖縄県民の願いを十分に理解し、その動きを注視するものである。
追い詰められた戦争末期、国内唯一の地上戦が行われた沖縄において、県民が筆舌に尽くしがたい境遇におかれ、多くの戦没者、犠牲者が生まれたことについては、紛れもない事実であり、心からの哀悼の意を表するとともに、亡くなられた方々への思いを真摯に受け止め、その体験の持つ重みを日本国民全体で表現し、平和を希求する思いを強く持たなければならない。
教科書は、未来を担う子どもたちに事実を伝える重要な役割を担っている。沖縄戦における「集団自決」の事実を正しく伝え、沖縄戦の実相を教訓とすることの重要性や、平和を希求することの必要性を子どもたちに教えていくことは、我々に課せられた重要な責務である。
よって、杉並区議会は、国会及び政府に対し、平成20年度から使用される高等学校用日本史教科用図書における沖縄戦の記述に関して、速やかに対策を講じることを強く求めるものである。
(ここまで)
沖縄の声は「撤回」です
このように「軍の関与」「検定意見の撤回」には一言も触れていません。文科省は「『集団自決』は日本軍の強制によるものだった」とする教科書の記述に対し「沖縄戦の実態について、誤解する恐れのある表現である」と検定意見をつけ、「日本軍の強制」記述の削除を求めました。沖縄は文科省が「集団自決に軍の関与はなかった」と、歴史の事実を曲げたことに対して、集団自決の体験者として、遺族として怒り、検定意見の撤回をこそ求めているのです。復帰後最大の11万6,000人という県民大会(「教科書検定意見撤回を求める県民大会」)を成功させ、立ち上がったのです。検定意見を撤回すること、その上で記述を回復することが、沖縄県民大会の決議であり、沖縄の声です。「軍の関与」を書かず、検定意見撤回を要請しない意見書は、沖縄の声の真の意味をとらえておらず、国・文科省の立場を擁護するものでしかありません。
県民大会にて(撮影:兼城淳子)
文科大臣は検定意見を撤回することは「検定への政治介入で制度をゆがめることになる」からできないとしています。これに対して沖縄タイムス社は、教科用図書検定審議会は文科省職員である教科書調査官の「調査意見」を追認しただけで、きちんと審議しなかったことが明らかになっており、今回の検定は文科省による政治介入ではないのかと社説で述べています(10月8日)。だからこそ沖縄は撤回を求め、200名規模の要請団が何度も上京し要請し続けているのです。
意見書の「沖縄戦における『集団自決』の事実を正しく伝え、沖縄戦の実相を教訓とすることの重要性や、平和を希求することの必要性を子どもたちに教えていくことは、我々に課せられた重要な責務である」という美しい言葉にしても、「『集団自決』の事実」が「軍の関与はなかった」とされてしまえば、どうでしょう? 「沖縄戦の実相」は「軍隊は民衆を守らない」ということですが、「軍の関与」がなかったとなれば、その中身もゆがめられてしまいます。私たちは権力があとで勝手に解釈できないように、幾重にも縛りをかけておく必要があるのです。
区民の陳情とはかけ離れた意見書
実は杉並区では県民大会後早々に、区民が署名を集め検定意見の撤回を求める陳情を出していたのです。その陳情は取り上げられませんでした。その後、議員提案で意見書を提出する動きが出、区民は議員に働きかけ、「軍の関与」と「撤回」を入れるよう意見を言っていきました。しかし「つくる会」教科書を採択した杉並区です。議員の中には強硬に反対する人がおり、いったん意見書提出を決めた議員たちにとっては意見書の中身ではなく、決議をあげること自体が最終目的になってしまい、彼らと交渉を重ねるうちに区民の陳情の内容とはかけ離れたものとなっていきました。
決議当日の議会にもおおぜいの区民が傍聴にかけつけました。杉並自民議員倶楽部は「沖縄の人々の犠牲の上に今の日本の平和がある」と賛成意見を述べ、私は思わず「心にもないことを言うなよ!」とヤジっていました。本気でそう思っているなら、基地を東京に持ってこいよ! こんな欺瞞だらけの人たちと一緒に意見書なんて出せるはずがないと思いました。それなのに別の案を出した2名と退席した1名以外の会派は、この虫唾の走る陳述と同じ立場に立って賛成意見を述べたのです。
結局のところこの意見書は区議会議員の妥協の産物にすぎません。沖縄のことなどこれっぽっちも考えていないのです。傍聴していた区民はヤジで抗議しました。「出さない方がいい意見書だってあるよ」と。
18日の朝刊で杉並区議会が意見書を採択したことが報道されました。東京23区初だそうです。意見書の内容までは報道されませんでしたので、何も知らない人々はまたもや「杉並区ってすごい」と思ってしまうことでしょう。
意見書に賛成した区議会議員たちは沖縄のことなど何もわかっていません。想像することもできないのです。だからこんな意見書に賛成したのです。彼らはこちらの土俵に相手を巻き込んだと思っているかもしれませんが、全く逆で相手の土俵に取り込まれてしまったにほかなりません。山田区長の手のひらの上で踊っただけです。
批判を排除せずに議論を
さらに「出さないよりはよい。超党派で決議したことに意味がある。実はあとで取っていける」としてこの意見書を評価する区民もいます。私のように批判する区民はおそらく少数でしょう。しかし、「つくる会」教科書を採択するような人たちと共闘することなど可能でしょうか? 違うものは違う。無理に共闘したら、取り込まれてしまうのです。今度のことで杉並が「つくる会」教科書を採択した理由がわかりました。62年間沈黙しつづけ、今回初めて証言したようなおじい、おばあのような自分を賭して抵抗しようという心意気がないのです。人間としての覚悟のないものわかりのよいインテリぶった妥協が「つくる会」教科書を呼び込んでいるのです。
沖縄のおじい、おばあが、そして県民大会で発言した高校生がこのような妥協を許すと思いますか? 議員を始め今回の意見書を評価する人たちには批判する少数の区民を即排除するのではなく、批判に耳を傾けて大いに議論し、理解し合うことを求めて模索していくことを望みます。それが民主主義の根源です。私たちはどこまでも本質を見失わず「理想」を追求し、その時はたとえ成果がないように見えても決してあきらめずに1筋の道をゆかねばならないと思います。
県民大会で会場に入れず道路で「がんばろう」を3唱する人たち(撮影:兼城淳子)
「戦後0年」の沖縄より
ところで、杉並区の意見書について沖縄の友人に電話で知らせたら、即座に「それじゃあ意味がないね」と返ってきました。「それじゃ文科省と同じじゃない」と。
友人が言うには、沖縄はまさに目取真俊の「戦後0年」という本のままで、今でも毎日がたたかいなので、心の中ではみんなが怒っており、本土とは「温度差」以上のものの考え方の違いがあるということです。沖縄では隣近所で日常的に基地や平和について話しているそうです。選挙の時こそ、経済的なことを言われてついついそうなるが、みんなの心の中には基地反対ということがあるそうです。
最近、県知事がだんだん「(検定意見)撤回でなくても記述を戻せばいい」と言いだして、みんながまた怒っているそうです。本土では「9条を守ろう」という運動があるが、その9条のもとの差別が沖縄にあるのであって、返還の時に本土からよけいな基地を沖縄に持ってきて(静岡などから持ってきたそうです)、それで日米安保条約が成り立ち、沖縄以外は平和だということになっているけれど、ここに住んでいれば、先ほども頭の上をヘリが飛んで行って、日本はイラク戦争に加担していることもわかる。集団自決の経験者は、軍の関与があったと言っている。あとはその立場に立つかどうか、それだけ。沖縄は沖縄戦で人口の3分の1が亡くなっており、みんなが家族や親戚を亡くしているから、すぐその立場に立てるということでした。沖縄ではみんなそう思っているから、平和を言うのは楽。軍隊は住民を守らないということを沖縄の人はよくわかっているということで、県民集会は我慢に我慢を重ねてきた11万6,000人の民衆の声だったそうです。
世界の英知を集めれば戦争はなくなるはず。沖縄の女の考え方を世界の思想にすれば戦争はなくなる。今、日本が変わらなければ、沖縄の声を聞かなければ、日本は滅びると思うとおっしゃっていました。
私が今度東京に来て話してほしいと言ったら、「こんな話は沖縄では誰でもするのよ」と友人は笑って言いました。そして沖縄では楽だけど、本土でこういう運動をするのは本当に大変でしょうとまた、ねぎらってくれました。「がんばって」というのは沖縄には合わない、沖縄では「できることをやればいい」という感じだそうで、私は「楽しくやりましょうね」と言って電話を切りました。
調子下げ妥協 他県と温度差
10月19日の沖縄タイムス朝刊トップは、九州知事会が「沖縄県の教科書検定問題に関する要望」についての決議を全会一致で採択したという記事でした。その決議には、県議会や県内全市町村議会で検定意見の撤回と記述回復を求める意見書が可決されたことや、9月29日に沖縄県宜野湾市で開かれた「教科書検定意見撤回を求める県民大会」で意見撤回を求める決議が決議されたことを明記。沖縄戦については「史上まれにみる激烈な地上戦を体験し、一般県民を含む多くの尊い生命を失った」として、国に対し「筆舌に尽くし難い犠牲を強いられた沖縄県民の心情を重く受け止め、沖縄県の教科書検定意見に関する要望に対して真摯に対応することを強く要望する」と書かれているそうです。これは杉並区議会の意見書よりも踏み込んだ内容です。
しかし2面には「調子下げ妥協 他県と温度差」という見出しで、決議を提案するまでの事務サイドの“調整”には紆余曲折があり、文言では若干トーンダウンしたが、県として「落とし所」(県幹部)を模索し、「実」を取る選択をしたことが書かれていました。記者は「決議を実効性あるものにするために、温度差をどう埋めていくのか。県の姿勢が問われる」と厳しく迫っています。杉並区議会議員とこの意見書を評価する区民には同じことがもっと厳しく問われています。
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