福岡県筑前町立三輪中2年の森啓祐君(当時13歳)がいじめを苦に自殺した問題で、福岡県警は自殺直前にトイレで森君のズボンを脱がそうとした同級生5人のうち3人を暴力行為法違反(共同暴行)容疑で書類送検、2人を同じ非行事実で児童相談所に通告した。いじめを巡り警察が刑事事件として“介入”した形だが、同様のケースは近年倍増している。遺族たちから評価の声が上がる一方、教育現場では戸惑いや悪影響を懸念する声も根強い。【船木敬太、高橋咲子】
◇教諭「生徒との信頼、無くす」/遺族「隠れた事実、明るみに」
「一度警察が入ってしまうと、生徒との信頼関係は無くなってしまう」。三輪中で森君の授業を担当していた男性教諭は危機感をあらわにする。
県警が容疑対象にしたのは、森君が自殺する直前の昨年10月11日午後4時15分ごろ、森君を男子トイレで取り囲み、押さえつけてズボンを下ろそうとして学生服のボタンを外したり、ベルトの留め金をはずすなどしたとされる行為。県警少年課は書類送検した理由について、「処罰を求めるものではなく、健全育成のため専門家に委ねたい」と強調した。
◇5人に心のケア
町教委などによると、この同級生5人がショックを受けている様子はうかがえるという。学校側は継続的にスクールカウンセラーなどによる心のケアを続けている。しかし、ある男性教諭は「生徒たちが今後どうなるか分からない。引け目を感じて自尊感情を失い、自分を追い込んでしまうのでは」と心配する。
多くの関係者も、今回の書類送検や児相通告に複雑な思いを抱いている。筑前町の中原敏隆教育長は「警察との連携は必要」と前置きしながら、「事件としてではなく、教育的に子供たちの問題は取り扱いたかった」と苦しい心境を吐露した。合谷智校長は先月19日、書類送検を受けた会見で「警察がやったこと。学校が口を挟めるものではない」と話すにとどめた。
◇県警も悩んで決断
一方、今回の措置は、県警も悩んだ末の判断だった。書類送検されるなどした同級生5人はいじめの中心的メンバーではなかった。いじめにかかわったほかの生徒たちの行為について、ある捜査幹部は「からかいや無視といったもので、それだけでは刑事責任を問えなかった」と説明、捜査の限界も垣間見える。
これまで、さまざまな節目で心情などを述べてきた森君の遺族は今回の警察の措置に「ノーコメント」と沈黙を守っている。同級生の一人は「(いじめの中心メンバーではなかった)彼らが刑事責任を問われるのはあんまりだ」と打ち明ける。ある保護者は「書類送検したことで背景が明らかになるわけでもなく、何が解決するのかよく分からない」と疑問を投げかける。
書類送検された3人は今後、検察から家裁に送致されるが、家裁関係者は見通しについて「通常(成人事件での起訴猶予にあたる)審判不開始になるケースではないか」と語る。
◇事件数、4年で倍増
いじめ問題を刑事事件として扱う流れは年々強まっている。警察庁のまとめによると、06年のいじめに起因する事件数は233件。前年の165件を大幅に上回り、02年の94件の2倍以上に膨らんだ。検挙・補導された少年も460人に上り、02年の225人から倍増した。特に中学生が352人(06年)と大半を占めた。
警察の姿勢を評価する声も少なくない。いじめ問題に詳しい作家で弁護士の中嶋博行さんは「福岡県警の措置は、被害者救済を考えるなら一歩前進。警察が介入するのは学校がいじめを解決できなかったからであって、学校側は受け入れるべきだ」と指摘する。96年にいじめ自殺した福岡県の城島中学3年、大沢秀猛君(当時15歳)の父秀明さん(62)は「警察が介入するのは仕方がない。まだまだ警察が動かず、事実が明るみに出ていないケースも多い」と話す。
◇「第三者が調整を」
警察がいじめ問題にどう関与すべきか。介入すべき事案の線引きは依然あいまいで、議論が尽くされていないのが現実だ。いじめ問題に詳しい奈良女子大の浜田寿美男教授は「刑事立件は子供の責任を追及するだけで解決にはならない。いじめを生み出す土壌を変えなければいけないが、それは教育現場の役割。警察が介入すれば教育現場は混乱するし、学校側が安易に警察に問題を委ねかねない。学校が解決できないなら学校内に地域の第三者による調整役を設置し、トラブルに対応することを検討すべきだ」と指摘する。
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◇問題の経緯
昨年10月、同中2年の森啓祐君が「いじめられてもういきていけない」との遺書を残し、自宅で自殺した。町教委が設置した大学教授らによる調査委員会は昨年末、「長期間にわたるからかいや冷やかしが、自殺の最も大きな要因の一つになった」との報告書をまとめた。県教委は今月6日、1年時の担任で親からの相談内容を他の生徒に漏らした男性教諭と合谷智校長を減給1カ月(10分の1)、教頭を戒告、2年時の担任には戒告と指導力改善のため1年間の研修を命じた。
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◆警察が逮捕などを行った主ないじめ事件◆
93年 1月 山形県新庄市立明倫中1年の男子生徒が体操用マットに押し込まれて窒息死。山形県警が同中の生徒7人を傷害、監禁致死容疑で逮捕・補導
94年11月 愛知県西尾市立東部中2年の男子生徒が自殺。愛知県警が同級生4人を恐喝容疑で書類送検
95年 4月 福岡県豊前市立角田中2年の男子生徒が自殺。上級生を暴行容疑で書類送検
96年 1月 福岡県城島町(当時)立城島中3年の男子生徒が自殺。同級生2人を恐喝容疑で書類送検
9月 鹿児島県知覧町立知覧中3年の男子生徒が自殺。同級生6人を暴行容疑で書類送検
05年11月 宮崎県日向市の中学1年の男子生徒のズボンを脱がせるなどのいじめをしたとして、上級生2人を強要、暴行容疑で書類送検
毎日新聞 2007年3月19日 東京朝刊