現在位置:asahi.com>社説 社説2007年10月23日(火曜日)付 データ隠し―文民統制が侵された「とんでもないことをしてくれた。私まで疑われる」。そう語る福田首相の怒りはもっともだが、事態はそれ以上に深刻だ。文民統制は機能しているのか。根源的な疑問が投げかけられている。 インド洋での海上自衛隊による給油活動をめぐって、衝撃的な事実が明らかになった。情報が違っていることを現場は知りながらそれを報告せず、防衛庁長官(当時)ら閣僚が間違った答弁を繰り返していたというのである。 始まりは、イラク戦争開戦前夜の03年2月、海上自衛隊が提供した油80万ガロンが米空母に再給油され、イラク作戦に転用されたのではないかという疑惑だった。 政府は当初、給油したのは20万ガロンであり、その量ではイラク作戦への転用はあり得ないと説明していた。その後、米側の情報公開制度で日本の市民団体が調べたところ、給油量はやはり80万ガロンだったと分かり、政府は先月「情報の入力ミスがあった」として80万ガロンに訂正した。 ところが、防衛省の新たな説明によると、03年5月8日に当時の石川統合幕僚会議議長が記者会見で「20万ガロン」と説明した翌日、海上自衛隊の防衛課長らが誤りに気づいていた。なのに「燃料担当は他の部局であったと認識していたことや間接給油問題が沈静化しつつあったことを考慮」して報告しなかったという。 当時の福田官房長官が記者会見でこの問題について答えたのが同じ5月9日。石破防衛庁長官が国会で追及されたのが5月15日である。「沈静化しつつあった」という釈明は全く通らない。 2人の政治家は間違った情報で「だから転用はなかった」という説明を続けてきた。80万ガロンなら転用の可能性は否定しきれなくなる。自衛隊は都合の悪い情報を隠蔽(いんぺい)したのが真相ではないのか。 そう思うと、他の疑問も出てくる。補給艦の日誌が保存期間内なのに破棄されていた。「誤って裁断した」ことになっているが、本当なのか。 イラクでの航空自衛隊の活動もほとんど実態が明かされていない。法から逸脱している恐れはないのか。 防衛省の説明通りだとすれば、自衛隊の制服組が都合の悪いことを内局の官僚に知らせていなかったことになる。文官は現場の状況を十分に把握できておらず、重要な情報のらち外に置かれていた。国会や国民が欺かれていた。文民統制の空洞化である。 防衛省は急きょ、文民統制を確保するための検討機関を発足させた。徹底的に実態を解明し、対策を考えるべきだ。省内の問題だけに終わらせてはならない。 その文民の方にも、あきれた問題が噴出している。守屋前事務次官が取引先の業者にゴルフをたかり、さまざまな便宜をはかった疑いがもたれている。 政府は給油新法の審議を急ぎたいとしているが、その業務を担う防衛省に文民統制をはじめとする疑惑が相次ぐ。国会はその究明を最優先にせざるを得まい。 薬害肝炎―厚労省はあまりに怠慢だ血液製剤によってC型肝炎に感染したらしい。製薬会社から国へそう報告されていたというのに、感染した本人にだけは知らされない。 そんなひどい話はあるまい。 知らされていたら早く適切な治療ができ、症状の悪化を防げたかもしれない。しかも、もともと本人には何の責任もなくかかった病気なのだ。 厚生労働省の怠慢に怒りを覚える。 厚労省は、血液製剤フィブリノゲンを使った治療を受けた後にC型肝炎にかかった患者418人について、02年に報告を受けながら放置していた。同省の指示により、この製剤を製造した旧三菱ウェルファーマ(現田辺三菱製薬)が調べた結果だった。 このなかには、医師からC型肝炎だとは知らされず、いまもきちんとした治療を受けていない人がいるかもしれない。フィブリノゲンの投与を受けたことを医師から知らされていない人もいるかもしれない。C型肝炎は放っておくと肝硬変から肝がんになるおそれがある。できるだけ早い治療が大切だ。 いまからでも、全員に事実を知らせるよう急ぐべきだ。 こうした副作用の報告は、個人名は伏せて行われるが、うち2人は実名で、116人はイニシャルが書かれていた。 また、厚労省にあった分も含め、製薬会社は370人近くの実名とイニシャルを把握していたことも分かった。 厚労省も製薬会社も、一人ひとりの患者のことを考えていないのか。 とくに厚労省の対応には首を傾けざるを得ない。当時、この報告を受けて「フィブリノゲンを使ったおそれのある人は検査をするように」と一般向けに呼びかけただけだった。 また、厚労省は01年、肝炎ウイルスに汚染された別の血液製剤が納入された約800の医療機関のリストを公表し、検査を呼びかけた。だが、フィブリノゲンについては遅れた。医療機関が多すぎるなどを理由に公表せず、7000近い機関の公表は04年12月になってからだ。 418人の患者の中には、フィブリノゲンによって肝炎に感染したとして、国や製薬会社の責任を問う訴訟を起こした人も入っている。それにもかかわらず、うち2人について、国は投与した事実がないと主張していた。 こうした訴訟は、大阪など全国5カ所で起こされた。一審判決では、製薬会社が5連敗、国は4敗しており、薬害の構図はすでに固まっている。大阪高裁での控訴審に入り、原告と国は和解に向けた協議に応じる姿勢を示している。 今回、厚労省の怠慢が明らかになったのも、大阪での訴訟がきっかけだ。これがなければ埋もれたままだった。 厚労省は、なぜこんなことが起きたのか、徹底的に調べるとともに、できるだけ早く、肝炎患者を救う抜本対策に取り組むべきだ。 PR情報 |
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