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東京駅前で行列をつくるタクシー

　東京地区（２３区・武蔵野市・三鷹市）のタクシー運賃が１０年ぶりに値上げされる。７月の参院選に配慮して政府内で棚上げされてきた問題が、ようやく決着をみた。規制緩和の代表例といわれるタクシー業界だが、新規参入の結果台数が増加、過当競争のしわ寄せが運転手に向かい、その末に利用者にツケを回すという皮肉な結論となった。「運転手の待遇改善と燃料費の高騰」（冬柴鉄三国土交通相）が値上げ承認の理由とされたことで、他の地区の値上げも加速させそうだ。規制緩和の進め方、業界の体質の双方が問われそうだ。

　◇参入増え過当競争

　「運転手の取り分は年３０万円程度の増加にしかならず、他産業との賃金格差はまだ埋まらない」－－。業界団体の東京乗用旅客自動車協会の堀清孝広報委員長は値上げを評価しつつ、上げ幅に不満を隠さない。

　東京地区の運転手の０６年の平均年収は４３１万円（平均年齢５３．５歳）で、全産業平均の６７９万円（同４１．６歳）と大きな差がある。年金生活者の就職が増え、高齢化も進む。事故数は１０年前より８割増で、ここ数年高止まりだ。

　タクシー業界は０２年の規制緩和で新規参入が容易になった。サービス・価格面の競争と利用増、不採算業者の撤退が期待された。初乗り５００円のタクシーも登場するなど、利用者の選択肢も広がった。０６年度末までに５９社が新規参入し、タクシー台数は０１年度比６％（約２０００台）増。街角で拾いやすくなった計算だ。

　だが、０２年２月からの戦後最長の景気回復にもかかわらず、輸送人員は同３％増（約１０００万人）にとどまる。

　また、タクシー運転手の賃金が歩合制なことも、規制緩和の効果をゆがめる。市場が伸びないままタクシー台数が増えれば、１台当たりの売り上げは減る。売り上げの約６０％を受け取る運転手の収入も減り、長時間労働に追い込まれる構図だ。

　一方、業者は規制緩和の恩恵を生かし、リースなど費用をかけずにタクシー台数を増やし、売り上げを確保している。保有台数のうち実際に営業に使う割合を示す実働率は０５年度で８１．４％と、ここ１０年間下落の一途。遊んでいる車が多く、合理化より安易な収入確保に走りがち。このためか、過去５年間で廃業した業者は２社しかない。【後藤逸郎】

　◇運転手「客離れ心配」

　「値上げで生活が楽になるかどうかは会社の判断次第。むしろ利用者が減るのではと心配」。ＪＲ東京駅前で客待ちしていたドライバー歴２年の男性運転手（３５）は運賃値上げで客足が遠のくことを懸念した。給与は歩合制で年収は４２０万円。妻と子供を養うには楽ではない。客の多く集まる場所の情報を仲間と共有し、収入を確保しているという。

　１２年の経験がある別の会社の男性運転手（５６）も「値上げしても燃料が高いので結局変わらないのでは」と話す。タクシー台数が増えたため、１００台以上が並ぶことも珍しくない新宿駅や渋谷駅では、１時間近い客待ちになるという。「東京都内にはタクシーが多すぎる。金曜日の夜や雨の日、数万円かけるロング（遠距離）の客が頼り」とため息をついた。

　タクシー会社の従業員らで構成する「全国自動車交通労働組合連合会・東京地方連合会」は「組合のないタクシー会社では、値上げで待遇が改善されるかどうかは経営者の判断による。改善されるとしても３～４カ月先だろう」とみる。【工藤哲】

　◇割引合戦続く大阪

　これまでに値上げが決まったのは、全国９０地区のうち１３地区。ほかに３４地区が審査中だ。しかし、値上げする東京地区を尻目に、過当競争ともいえる激戦が続き、値上げ申請すらできない地区も多い。

　その一つが大阪だ。現在は９５％のタクシーが「運賃５０００円を超過した分は半額」となる割引を採用するなど、業界全体が共倒れ寸前の状況。運転手の賃金は毎年減っており、男性の平均年収は約３２７万円だ。

　大阪タクシー協会（約１５０社）の井田信雄常務理事は「どの会社も本音は値上げしたい。しかし据え置く会社があれば、客がそちらに流れるという不安がある。東京の値上げが大阪に波及するとは現時点では思えない」と話す。

　一方、金沢地区や新潟県Ａ地区（新潟市など）は値上げ申請後に取り下げる業者が相次ぎ、審査が中断している。金沢地区は昨年１１月に値上げ申請し、今年２月から審査が始まった。だが、初乗り運賃の安い業者が値上げ申請に同調しなかったことから足並みが乱れ、９月までに大半の業者が申請を取り下げ、逆に値下げ申請に転じる異例の展開となった。【小林祥晃、辻本貴洋】