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2007年7月21日 (土曜日)

『余命1ヶ月の花嫁 ~乳がんと闘った24歳 最後のメッセージ~』

今週水曜日(7月18日)の夜中,録画したある番組を見ていました.

タオルが必要になり,ティッシュが必要になり,

いつか号泣していました.

それは『余命1ヶ月の花嫁 ~乳がんと闘った24歳 最後のメッセージ~』

TBS系で18:55からの2時間番組でした.

この感動のドキュメンタリーの内容をご紹介したいと思います.

 

第一章 発覚

画面一杯に女性の笑顔.鼻に酸素吸入器を付けています.恋人が撮影しているのでおどけています.長島千恵さん24歳.おととしの秋(2005年10月),23歳の時に千恵さんは胸に異変を感じました.しこりがあったのです.はじめはあまり気にしていませんでしたが,しこりはどんどん大きくなり,ついに病院へ行きました.CT画像で左胸に影がありました.それは乳がんでした.すぐに抗がん剤の投与が始まりました.当時イベント・コンパニオンをしていた千恵さん.副作用で毛が抜け落ちることにショックを隠せませんでした.2006年春,ウィッグを付けて事務の仕事をする千恵さん.彼女を支えたのは父の貞士さんと恋人.

第二章 出会い

恋人は赤須太郎さん(30歳).IT関連企業に勤務しています.年上の彼の前ではしっかり者の千恵さんが甘えん坊になってしまいます.彼は仕事を終えて毎日泊まり込みで看病してくれています.二人の出会いは2005年12月.太郎さんの会社が参加した展示会に千恵さんがコンパニオンとして来ていたのです.
太郎「はきはきとして目立った.いい子だなと思った」.
2006年1月,太郎さんは千恵さんをデートに誘いました.
太郎「付き合おうよ」
この誘いに千恵さんの答えは,
千恵「ちょっと待って」
なぜならその時千恵さんは,
胸のしこりの検査結果を待っているところだったのです.
結果は乳がん……
千恵「私は乳がん.あなたとは付き合えない」
目の前で泣く千恵さんを見て
自然に次の言葉が出ました.
太郎「一緒に頑張ろう」
同時に始まった二つのこと.がんとの闘いと太郎さんとの交際.2006年1月長野旅行.2006年5月伊勢旅行.2006年8月福島旅行,北海道旅行.楽しい日々が続きました.でも治療は進みませんでした.抗がん剤が効かず,しこりはどんどん大きくなりました.乳房の切除を迫られました.
千恵「おっぱいのない彼女でいいの?なんで千恵を選ぶの?」
太郎「胸がなくても,髪がなくても,千恵が千恵でいるならそれでいい」
ここで千恵さんのブログが紹介されます.
 
<生きてますよ>

久々すぎて書くのもためらうほどのミクシィ。

なんと半年以上放置してました。

それは年明け早々人生を左右する出来事があったから。。。

2006年8月、ながしまは休暇をいただきます。

色々やってきたけど、一ヶ月間何もしないのは始めて。

悪いものをすべて取り払って、
9月からはリニューアルパンダです。

この数ヶ月、何度も何度も折れそうになったけど
辛い事と同じ分だけあったかいものももらった。

もしかしたらこれからもっと辛い事があるかもしれない。

でもね、私にはそれをカバーしてくれるほどの
幸せも感じることができるんだな。

それってすごいこと、とってもありがたいこと。
一生をかけて感謝します。
まわりの人を大切にします。
私もみんなを幸せにできるようがんばります。

にゃはーん。
 
2006年8月左乳房切除.
2006年10月千恵さんは24歳になりました.

第三章 再発

退院後,SEのための勉強を始めた千恵さん.努力の甲斐あって,2007年2月にSEとして採用されました.しかし翌月の3月,また体に異変が生じました.咳が止まらないのです.就職したてで休めない千恵さん,胸に鋭い痛みが走るに至って,ようやく会社近くの病院に行ったのでした.レントゲン像を見た医師が驚いて飛び出してきました.
「なんでこんなになるまでほっといたんですか!早く主治医のところに行って下さい!」
乳がんが胸膜に転移していたのです.2007年3月6日千恵さんは再入院しました.
千恵「またか.でも私なら大丈夫だろう」
ステージⅣの乳がん(他臓器に転移)の場合,患者の5割は3年以内に死亡します.千恵さんのがんもすさまじい勢いで進行しました.
千恵「痛み止めが切れるとのたうち回る.骨が折れそうな痛み.どの体勢も辛い」
骨(激しい痛み)と肺(呼吸困難)に転移していました.
3月28日千恵さんから太郎さんへのメール.
「たろちゃん,ちえ生きたいよ…助けて(;_;)怖いよ」
治らないかもしれないと初めて思った瞬間でした.

第四章 余命

4月4日初めて番組スタッフが千恵さんの病室を訪ねました.仲睦まじい父娘の様子.実は貞士さんと太郎さんはこの五日前の3月30日に,千恵さんの余命を告げられていたのです.
医師「それは一ヶ月……もう少し早くなるかもしれません」
番組スタッフが初めて千恵さんを訪ねたのは,父と恋人が彼女の余命を知った五日後のこと.でも千恵さんは自分の命に期限が切られたことを知りません.
夜,太郎さんが千恵さんをビデオで撮影しています.酸素吸入器を鼻に付けて始終苦しそうな千恵さんの息づかいが聞こえます.
千恵「何を話そうか?」
太郎「毎日何してるの?」
じっとカメラを見据える千恵さん.そして,
「生きてる」
言葉に詰まる太郎さん.
太郎さんは迷っていました.余命を伝えるべきか.結局伝えないことにしました.
「この一ヶ月で最高の思い出を作ってあげよう」

第五章 結婚式

2007年3月千恵さんの願い事はウェディング・ドレスを着ること.友人の湯野川桃子さんにだけ打ち明けていました.
桃子「ドレス姿の写真撮影だけでなく,結婚式も挙げてあげたい」
式場の予約は通常三ヶ月以上前からです.でも桃子さんは必死で探しました.3月31日(告知の翌日)にやっと場所が見つかりました.4月28日に挙げられるところを見つけました.
千恵「そんな先,どんな体調かわからない」
桃子さんはもっと早く挙げられる場所を探して,東京中の式場に電話をしました.その結果,セントグレース大聖堂(東京・青山)で式が挙げられることがわかりました.
桃子「あさってチャペルでドレスが着られるよ」
結婚式前日の4月4日,病室でネイルアートを施される千恵さん.

<再入院>

知ってる人も知らない人も、わたくし再び入院中です。
今回はちょっと長引いていて、気付けばかれこれ1ヶ月入院生活を送ってます。
今まで、病気のことはあえて話す必要はないと思ってましたが、今はもうそんなことはどうでもいい。
むしろ隠すようなことをしてるほうが、不自然だと気付きました。

だからと言って、私こんなに大変なの!なんてことを書く気はさらさらありません。

私には
毎日2時間以上かけてお見舞いに来てくれる父がいる。
娘同然の扱いをしてくれる叔母がいる。
私を含め、親族一同に頼りにされてる頼もしい彼がいる。
岩手や栃木、遠方から遥々顔を見に来てくれる親戚がいる。
ストーカーのように毎日私を気遣ってくれる友達がいる。
私がどんなわがままを言ったとしても嫌いになれないと言ってくれる友達がいる。
まるで本当のママのように不思議なパワーをもって私を包んでくれる素敵な人がいる。
ここが病院であることをすっかり忘れるくらいのガールズトークができる仲間がいる。
「ウェディングドレス着て写真撮りたい」の一言で一生懸命手配してくれた友達がいる。
4月5日に私の体調次第ですが、ウェディングドレスを着る夢が叶いそうです。

幸せです。

当日の4月5日,千恵さんは体調が悪く辛そうでした.でも写真を撮るだけだと思っていた千恵さんに二つのサプライズが.一つは桃子さんが太郎さんとの結婚式を企画してくれたこと,もう一つは太郎さんが自分がお気に入りの結婚指輪を贈ってくれたことでした.以前ブライダル雑誌を見ていた千恵さんが「この指輪いいな」と呟くのを聞いていた太郎さんは,必死に探して前日手に入れたのでした.酸素吸入器を外してとびっきりの笑顔の千恵さん.本当にきれいです.
「このままがんが消えてなくなればいい」
その場にいた全員がそんな奇跡を祈らずにはいられないひとときでした.
「残りわずかな命」
でも千恵さんはその時確実に幸せでした……

<サプライズもいいところ>

4月5日、写真撮りました。思う存分。
写真撮影だと思ってた私に、とんでもないサプライズがありました。

チャペルで式を挙げました。
神父さんの前で結婚指輪をもらいました。

この式は私側の親族と一部の友人のみで正式なものではないけど、「感激」以上の言葉を知っている方いたら教えてください。

私はありえない感動を味わいました。

みなさんに明日が来ることは奇跡です。
それを知ってるだけで、日常は幸せなことだらけで溢れてます。

第六章 父娘

4月10日がんは急速に進行しました.
ここで千恵さんの生い立ちが紹介されます.神奈川県三浦市生まれ,たくさんの恵みがあるように千恵と名付けられました.父貞士さん,母雅代さんの一人娘です.
貞士「たくさんいる赤ちゃんの中で,一番色が白くて器量がいいんだよね.親ばかだね」
千恵さんが小学四年生の時,雅代さんが卵巣がんであることがわかりました.貞士さんは民謡と三味線の師範.千恵さんも歌い始めました.千恵さんが中学三年生の時,母は末期の状態でした.貞士さんは痛みに苦しむ妻の姿を見ていられませんでした.
医師「モルヒネの点滴をすれば痛みはなくなるが,意識がもうろうとして会話が出来なくなる」
医師にそう告げられた貞士さんは苦しむ姿を見ていられず,モルヒネの点滴を選びました.雅代さんは会話が出来なくなり,数日後に亡くなりました.このことが千恵さんに大きな影響を与えました.モルヒネを点滴すれば激しい痛みから解放されます.でもどんなに痛みが激しくても千恵さんは拒みました.
スタッフ「不安はないですか?」
千恵「毎日あります」
スタッフ「良くなったら何をしたいですか?」
千恵「お父さんと旅行に…行きたいです」
でも命の期限は迫っていました.
4月11日のインタビュー.
スタッフ「太郎さんへの思いは?」
千恵「日本語の中にないです.ただの愛でもなく,”かけがえのない人”でも軽すぎる.本当にぴったりの言葉が見つからないです」
スタッフ「お父さんや友だちには?」
千恵「感謝,感謝.そんな言葉じゃ申し訳ないぐらい」
4月11日の夜,友だちと外出して焼き肉屋へ.千恵さんはお肉が大好き.この時に撮ったスナップ写真.これが最後の外出,最後の写真となりました.病室へ戻った千恵さんの容態が急変しました.ベッドに倒れ込みました.
父と娘の間で余命についての会話がありました.
千恵「一年しかもたないって言われた?」
千恵さんは自分の余命を一年と考えていたようですが,実際ははるかに短いものだったのです.
4月13日カメラの前でおどける千恵さん.元気そうなのにはわけがありました.薬がより強力になったのです.すでに鎮痛薬は効かなくなり,麻薬の投与が始まっていました.それを知らない千恵さん.
「調子がいいって言うことはそれを毎日していればずっと調子がいいはずだよね.何をすればいいんだろう?」

第七章 別れ

4月17日体調は急速に悪化しました.父は無言で背中をさすりました.わずか12日前,チャペルで最高の笑顔を見せていた娘の….
父「奇跡を願う」
叔母の加代子さん.9年前母を亡くした千恵さんの母親代わり.その叔母さんに千恵さんは言ったそうです.
千恵「生きてるのって奇跡だよね.いろんな人に支えられて生きてるんだよね.私これで元気になれたらすごい人間になれると思う」
太郎「千恵には,楽しいことがないという日はない」
でも…きらめきの4月はもう終わろうとしていました……
4月27日余命宣告から28日経ちました.効いていた薬が効かなくなりました.脊髄周囲に直接局所麻酔薬を注入して痛みを軽減させていました.父でさえ娘の言葉を聞き取るのが難しくなっていました.
ゴールデンウィーク.去年は太郎さんと伊勢に行きましたが,今年の5月1日はずっとベッドの上.連休中,不思議と千恵さんの体調は落ち着いていました.たくさんの人が来てくれたからかもしれません.
桃子「パンダのシュークリームおいしかった?」
体調が落ち着いているとはいえ,起き上がれない千恵さん.横たわったまま弱々しい声しか出せません.
千恵「パンダ食べたよ」
桃子「わーい!嬉しい!」
友だち「共食いだよ」
桃子,友だち「ふふふっ」
友だち「ますます似ちゃうよ」
千恵「ばかにされてる~」
桃子,友だち「ふふふっ!あははっ!」
こんな会話が出来るのも,千恵さんが痛みをこらえてモルヒネの点滴を拒んでいるから.大好きなみんなと話をするために.その痛みは想像を絶するものだと言うのに.でも笑った後の桃子さんの表情がすぐに曇ります.その表情は千恵さんには見えません.
桃子さんのインタビュー.
「最後まで病室が明るかった.千恵ちゃんに会って話が出来て本当に幸せだなって,本当に心から思った」
5月6日千恵さんは朝から意識がはっきりしません.ほとんど眠った状態でした.
太郎「大好きなアイスをあげても,氷をあげても,全然食べてくれなくて.話も出来ないくらいになって」
叔母「千恵のお母さんが生きていたらきっと千恵もわがままを言えた.もっと”辛いよ”と泣けたと思う.千恵はどんなに泣いても,”もう大丈夫.泣かない.頑張る”そればっかりだった」
親族,友人が集まりベッドの千恵さんを見守りました.

午後4時42分…長島千恵さん永眠.

5月9日闘いを終えた千恵さんの告別式.友だちがお別れに来ました.祭壇の真ん中,そこで千恵さんはウェディング・ドレスを着て微笑んでいます.一月前のあの晴れた日,チャペルで見せたあのとびっきりの笑顔でした.告別式会場の入り口には何枚もの写真.すべて結婚式の時の物.まるで披露宴会場のようでした.
生前千恵さんに聞いたことがあります.
スタッフ「ウェディング・ドレスの次の願いは?」
千恵「なんだろう.いっぱいあるんですけどね.家に帰りたいかな….まず家に帰って,ちょっとみんなを安心させてあげたい」
「家に帰りたい」と話した千恵さん,今やっと家に帰って来ました.
(桜色のかわいらしい骨覆いに包まれたお骨をもって家に入る父の姿)
貞士さんと太郎さん.千恵さんの遺影の前で.
スタッフ「今頃何と言っているでしょう?」
父「がんになったとき,”こんな姿になってごめんね”って,”お父さんごめんね”って言ったんですよ.”絶対に治るから”と言ったんだけど,まさかこんな風になるとは思わなかっただろうね.どういう風に思ってるっていうのはなあ…」
太郎「してあげられるだけのことは全部したので”ありがとう”って絶対言っていると思っています.生きている側としては…もうちょっと話したかったかな…もう一日でもいいから」

長島千恵さん,24年と6ヶ月の生涯でした.

千恵「車いすに乗って,お外へ行って,外の空気はとっても元気になるよ.こんな都会の空気でも」
太郎「ふふふっ」
千恵「外の空気はやっぱり気持ちいいの.風って気持ちいいの.知ってる?」
この時の千恵さんはカメラのレンズではなく,直接太郎さんを見ていました.

第八章 メッセージ

「自分がなるまですごい他人事なんですよね,病気って.病気になってからじゃ遅いんだっていうのをわかってもらって,早いうちに防ぐっていうのがすごい大事だと思うので」
今,この千恵さんのメッセージに耳を傾けてはみませんか?
日本人女性の20人に1人は乳がん.乳がん検診の受診率は日本1割,欧米8割.マンモグラフィーの紹介.1mm単位のがんを発見できる.5分ほどしかかからない.

 

最終章 絆

太郎さんは週に数回は貞士さんの家に泊まります.千恵さんの部屋です.
千恵さんを偲んで友人達がバーベキューをしました.
貞士「この中に千恵がいるような気がするんだよね」

 

『明日が来ることは奇跡』 若年性乳がんで逝った24歳女性 TBS『イブニング5』に反響
2007年7月16日 東京新聞朝刊より抜粋

(略)

 「もうちょっと早く気づいていればこうならなかった、と多くの人に伝えたい」。医師の診断結果は知らされていなかったが、母親の闘病生活も目の当たりにした経験から、自身の病状の深刻さも感じ取っていたらしい千恵さんは、自分の思いを友人を介して同局報道部に連絡。「イブニング5」は四月から亡くなるまで密着取材を続け、五月十、十一日と二日連続で、十分程度の特集「24歳の末期がん」として放送。放送直後から視聴者の反響が殺到した。「命が惜しくないと思っていたが、間違っていた」「今何となく生きている、という人にこの(千恵さんの)姿を見せたい」「何げない生活が本当に幸せなのだと気づいた」-。感動の言葉とともに、再放送を望む声が多く寄せられた。

(略)

 「イブニング5」からは初の特番化となる今回は、番組の三雲孝江、杉尾秀哉両キャスターや小倉弘子、藤森祥平両アナウンサーのほか、千恵さんと同年代の女優・石原さとみ、乳がんの治療に詳しい平松秀子医師も出演。俳優の藤原竜也がナレーターを務め、現在も交流を続けているという貞士さん、太郎さん、友人らの“その後”も伝える。

 また、早期発見の重要性を訴えていた千恵さんの思いを届けようと、日本人女性の二十人に一人がかかるという乳がん治療の現状も紹介する。

 

《動画》

削除されました.

 

《BGM》

番組の全編にわたって,美しい音楽が流れています.

アンドレ・ギャニオン(Andre Gagnon)の

「めぐり逢い(Comme au premier jour)」です.

こちらで試聴できます)

ワタシはこの曲に思い入れがあります.

いろいろな思い出があって,

この曲を聴くだけで泣いてしまいます.

結婚式のシーンで流れていたのは,

S.E.N.S.の「Requiem」です.

こちらで試聴できます)

 

《mixi》

番組でも紹介されていましたが,

千恵さんはmixiの会員でした.

ワタシも先ほど見てきました,

彼女は素晴らしい女性ですね.

最後の日記は5月7日.

太郎さんからのメッセージでした.

「もうりんこからは返事は来ません。りんこは返事をだしたくてもだせなくなってしまいました」

mixi会員の方なら,以下のように検索すると

千恵さんのページを見つけられます.

ニックネーム:りんこ

名前 姓:ながしま 名:ちえ

どの記事もコメントが200を超えていて,

もうコメントは出来ません.

 

《おまけ》

ツボおさえすぎ! ファン垂涎『ガラスの仮面』展

ワタシの愛読書の『ガラスの仮面』.

「Ginkgoさんはガラスの仮面ノートを作って暗記しているに違いない」

と同僚に言われたほど詳しいです.

何度も読み込んでいます.

だから行ってみたいですね.

 

《2007/09/19追記》

下記にコメントをいただいているのんさんから,

再放送に関する情報をいただきました.

「余命1ヶ月の花嫁」再放送決定!!

「余命1ヶ月の花嫁
 ~乳がんと闘った24歳 最後のメッセージ~」


▼10月7日(日) 午後2時~4時
 TBS(関東)、HBC(北海道)、TUY(山形)、TUT(富山)、SBS(静岡)、MBS(関西)、ITV(愛媛)にて放送

▼10月8日(月) 午後2時~4時
 CBC(中部)にて放送

 

一部の地域だけですが,

前回ご覧になれなかった方はぜひ!

この情報は2007/10/02時点でのものです.

下記yamaさんのコメントにありますが,

再放送の予定は変更になることがあるそうです.

リンク先で再確認をお願いします.

 

《2007/10/07追記》

今,再放送が終わりました.

また号泣.

前回は,太郎さんと桃子さん目線で見ましたが,

今回は知らず知らず,お父様目線で見ていました.

どちらも意識的にそうしたわけではありません.

今日の再放送での新情報!

書籍が発売されるそうです!!

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» 余命1ヶ月の花嫁 -乳がんと闘った24歳 最後のメッセージ- [*華の宴* ~ Life at night ~]
長島千恵さん。 乳ガンに侵され、乳房を切除したにもかかわらず‥後に肺と骨へ転移 (再発)。 ガン細胞は急スピードで増殖し、まだ24歳という若さで残りの命の時間は たったの1ヶ月と宣告される。 過酷な痛みに耐えながら 日に日に悪化していく状況のなかでも、彼女は笑顔を絶やさずに‥いつも前向きな 気持ちを忘れずに 『 生きる 』 ことを 一生懸命に頑張り続けた。 ”友の思い‥彼の迷い‥父の願い。 これは、乳ガンと闘った1人の女性が、愛情と友情に包まれて生きた記録です。 あなたは、もし... [続きを読む]

受信: 2007年7月22日 (日曜日) 19:14

» 長島千恵 りんこのご紹介! [長島千恵 余命一ヶ月の花嫁の最新情報をお届けします!]
さきほどTBSで放送していた『余命一ヶ月の花嫁』を見て感動しました。長島千恵...さきほどTBSで放送していた『余命一ヶ月の花嫁』を見て感動しました。長島千恵さんのミクシィのブログを見たいのですがなんと検索すれば出てきますか?分かる方教えてください!!(続きを読む) 「余命1ヶ月の花嫁」の長島千恵さんのブログをミクシィで紹介していましたが、どう...「余命1ヶ月の花嫁」の長島千恵さんのブログをミクシィで紹介していましたが、どうしたら見れますか?何で検索したらよいのでしょうか?(続きを読む) りん... [続きを読む]

受信: 2007年7月29日 (日曜日) 21:02

» 最近見た動画:余命1ヶ月の花嫁 [ぷそヤス]
久しぶりに良い動画を見ました。 [続きを読む]

受信: 2007年8月 5日 (日曜日) 08:13

コメント

こんなに一生懸命生きている人に
中途半端なわたしのコメントなんて出来ないです

でも、もし病気になったら・・・
まわりからの支えがあって、自分ががんばっていけるんだなって思えます
最後の最後にずっと幸せだったよと言って一生を終わりたいです

投稿 bakeneko | 2007年7月21日 (土曜日) 18:15

>bakenekoさん

彼女も素晴らしいし,
まわりの家族,友人も
素晴らしいですよね.
検診を受けましょう.

投稿 Ginkgo | 2007年7月21日 (土曜日) 18:21

私は、こういう話はだめです、絶対に見ません。
Ginkgoさんが、長々と書いてくださった文もすべて飛ばしてしまいました。
それだけでも、泣きますもん。
それよか、私の意識はガラスの仮面の方へ・・・。
めっちゃ行って見たい!と、思いました。
おもしろそーっ!

投稿 茶菜子 | 2007年7月21日 (土曜日) 21:11

>茶菜子さん

「ガラかめ展」はファンなら絶対に行きたいですよね (^_^)
以下のサイトからチラシが入手できますよ.
http://www.setabun.jp/garasu.html

投稿 Ginkgo | 2007年7月22日 (日曜日) 01:12

母は気づいていながら検査を嫌がり、
医者に行った時はもうかなり進行していました。
治らないけど死なないんだって。
と言ってた母も、転移して儚くなりました。
どうぞ皆様、検診を受けてください。
あなたと、あなたを大切に思う人のために。

投稿 にゃにゃにゃん | 2007年7月22日 (日曜日) 20:19

>にゃにゃにゃんさん

検診は本当に大切だと思います。
とにかく早期発見ですよね。

投稿 Ginkgo | 2007年7月23日 (月曜日) 07:56

動画が見れないです・・・・

投稿 ちえり | 2007年7月23日 (月曜日) 17:27

>ちえりさん

YouTubeで削除されましたね.
まあ当然ですけど.
有償でもいいですから
TBSには早く映像を
提供して欲しいですね.

投稿 Ginkgo | 2007年7月23日 (月曜日) 19:11

私コレ途中までしか見れなかったんですよね~。
だから続きが早く見たいです・・・・

投稿 ちえり | 2007年7月24日 (火曜日) 08:47

>ちえりさん

土日の夕方か深夜に
再放送があると思いますよ.
情報を入手したらこのブログでも
お知らせします.

投稿 Ginkgo | 2007年7月24日 (火曜日) 19:05

番宣で見た千恵さんの笑顔があまりにも可愛くて、私は結婚式のシーンをチラッみただけで全てを見ることはできませんでした。
けど、少し見ただけの彼女やお父様のことが頭を離れず、彼女の日記や色んな人のブログを見ている中でここを見つけました。
こんなに詳しく書いてくださり、伝えてくださりありがとうございました。
再放送があれば今度こそ必ず見ます。

投稿 のん | 2007年7月26日 (木曜日) 10:33

私もこれ途中から見ました。というより、帰ったら、アーコが号泣しながらこれを見てました。
私の友人でも20代で乳癌になり、30代で亡くなった友人がいます。周りにもガンのヒトがいます。もう亡くなったヒトも数人います。最後に立ち会うほど親しかったヒトもいます。
だから、こういう系の話は苦手です。
頑張ってない、がん患者はいないのですから。

投稿 nino | 2007年7月26日 (木曜日) 11:15

>のんさん

ワタシもあの笑顔に惹かれました。
ぜひとも多くの方に
知っていただきたいと思いました。
後半はくたびれてしまいましたが、
のんさんのコメントを読んで、
苦労が報われました。

>ninoさん

祖母と伯母をがんで亡くしています。
モルヒネのことは伯母の時に経験しました。
確かに意識が朦朧としてしまうんです。
おとといのイブニング5で、
また取り上げられていましたね。

投稿 Ginkgo | 2007年7月26日 (木曜日) 17:34

こんにちわ。

今ならニコニコ動画で見ることができますよ。
こちらも削除されるでしょうから、お早めに。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm671760
http://www.nicovideo.jp/watch/sm671872
http://www.nicovideo.jp/watch/sm672196

「コメント非表示」をオンにすることを忘れずに!

投稿 woodstock | 2007年7月26日 (木曜日) 19:19

>woodstockさん

情報提供ありがとうございます.
まだご覧になっていない方は
にこどーへGO!
(登録が必要です)

投稿 Ginkgo | 2007年7月26日 (木曜日) 23:02

テレビ放送でも泣けたのですが、
Ginkgo様の文章を読んで
再度、涙・・・。
内容紹介、ありがとうございました。

投稿 よしと | 2007年7月27日 (金曜日) 05:57

>よしとさん

まだまだ不完全なのですが、
テレビの感動の数%でもお伝えできればと
思って書きました。
ですからそのように言っていただけると
とても嬉しいのです。
こちらこそありがとうございました。

投稿 Ginkgo | 2007年7月27日 (金曜日) 07:58

めっちゃ泣きました。こないだの再放送を見逃してしまって...
こんなに詳しくありがとうございます。
私のブログでこのページを紹介させて頂いてもよろしいでしょうか??

投稿 おれんじ | 2007年7月29日 (日曜日) 03:29

>おれんじさん

ブログでご紹介下さるとのこと.
ありがとうございます.
多くの人に知っていただきたいのです.
TBをいただけると嬉しいです (^_^)

投稿 Ginkgo | 2007年7月29日 (日曜日) 06:21

ありがとうございます。すみませんTBとは何でしょうか。

投稿 おれんじ | 2007年7月29日 (日曜日) 07:41

>おれんじさん

略してごめんなさい m(__)mペコ
トラックバックのことです.
可能ならですので,
だめでもokです (^_^)

投稿 Ginkgo | 2007年7月29日 (日曜日) 08:39

すみませんないっぽいですm(__)mごめんなさいυ

投稿 おれんじ | 2007年7月29日 (日曜日) 08:44

>おれんじさん

諒解です.
どうぞお気になさらずに (^_^)

投稿 Ginkgo | 2007年7月29日 (日曜日) 08:53

はじめまして。テレビの放送を見ることができなかったのですが、私は最近死に直面することが多くて、「人の死」の話を避けていたのですが千恵さんの話をどうしても知りたくてGinkgoさんのお話を読むことができて嬉しいです。
ありがとうございました。
私にできる事を頑張っていこうという前向きな気持ちになれました。

投稿 友花 | 2007年7月31日 (火曜日) 13:41

>友花さん

はじめまして.
この記事は番組の詳細を
記述してありますので,
友花さんのように
テレビを見られなかった方が
いらっしゃることが多いようです.
できるだけ客観的に書こうとしましたが,
どうしてもだめでしたね.
お役に立てたのなら嬉しいです.

投稿 Ginkgo | 2007年7月31日 (火曜日) 18:56

この前コメントをさせていただいた後にYouTubeで画像を見ることができました。Ginkgoさんのお話が本当にそのままで、これだけ長いお話をよく忠実に文章で表現できたなぁと関心いたしました。
ありがとうございました(_ _*)!

投稿 友花 | 2007年8月 3日 (金曜日) 18:54

>友花さん

どのような形であるにせよ,
この番組をご覧になることができて
良かったですね.
ワタシの文章は
思い入れが強すぎます.
「忠実に文章で表現できた」
とお褒めいただくと,
とても恥ずかしく思います.
もともとかわいい方なのですが,
結婚式での千恵さんは
とてもお綺麗でしたでしょう?
その千恵さんを見つめる
太郎さんの眼差しは,
とてもお優しかったでしょう?
どんな名優でも
あの表情はできません.
 
友花さんは最近
お辛い思いをされているようですね.
(Nurseさん,あるいはCo-medical staffの方でしょうか?)
友花さんのこのコメントに
こちらこそありがとうと
申し上げたいです.
「私にできる事を頑張っていこうという前向きな気持ちになれました」

投稿 Ginkgo | 2007年8月 3日 (金曜日) 22:02

10月7日のTBSの再放送は
14:00~15:54です。
(2007.9.29現在)

再放送の予定は変わることがあります。
確認してください。

投稿 yama | 2007年10月 2日 (火曜日) 17:44

>yamaさん

ご指摘ありがとうございました.
本文を修正します.

投稿 Ginkgo | 2007年10月 3日 (水曜日) 07:09

再放送色々な人に見て欲しいですね。
今の世の中は生きているのに死んでるような人
自分さえよければとしか考えない人で溢れてます
生きたかったのに生きれなかった辛さ悔しさ
悲しみはその当人にしか決してわかりません。

こういう番組を見ても必ず屁理屈を言う人達が
たくさん出てきますが、素直に受け入れて素直に
感動できる人間になりたいものですね。

あんなかわいい笑顔をした健気に最後まで諦めず
生き抜いた千恵さんは本当に素敵な女性です。
彼女はいつだってみんなを見守っていてくれてるはずです。

投稿 希望 | 2007年10月 4日 (木曜日) 23:17

>希望さん

いよいよあさって再放送です。
やはり望む声が多かったのでしょうね。
幾度となく録画を見ましたが、
また再放送を見てしまうと思います。

投稿 Ginkgo | 2007年10月 5日 (金曜日) 08:03

Ginkgoさんの言う通り望む声多かったんですね。
実は自分も結婚しようと思っていた彼女が
骨髄性白血病で付き合ってからたった1年2ヶ月の
26才でこの世から去っていきました。
代われるものなら代わってあげたかったです。
亡くなる数日前に「いつも優しくしてくれて感謝してるんだぞ、
ありがとう」と言われた事を思い出します。
人は皆誰かを支えて誰かに支えられて生きているんだなと…
最後まで懸命に生き抜いた千恵さんの記録たくさんの人に
見て欲しいですよね。

投稿 希望 | 2007年10月 6日 (土曜日) 01:32

>希望さん

そうでしたか.
お若いのに辛い思いをされましたね.
でも希望さんのフィアンセも
千恵さんのように素晴らしい女性
だったのですね.
感謝の言葉を残して……

投稿 Ginkgo | 2007年10月 6日 (土曜日) 12:37

Ginkgoさん、こんにちゎ。
以前に私のブログへ訪問いただき、この番組の再放送情報を教えてくれて有難うございましたァ☆
おかげさまで、今日の記事で宣伝告知をすることができ‥感謝&感激です!
太郎さんも再放送が決定して喜んでいました('-^*)/
私はユーチューブで見ただけなので、綺麗な映像で再放送を観るね。ホンマおおきにでした♪

投稿 藤花 | 2007年10月 6日 (土曜日) 13:58

>藤花さん

再放送の情報は,
上記コメンターの
のんさんから教えていただきました.
ウェブログという形で
情報発信をしていて
良かったなあと思います.

当ブログを記事で
ご紹介いただいている藤花さんには,
千恵さんに対しての感動を
ワタシと共有している藤花さんには,
この情報を是非ともお知らせせねば!
と思いました.
多くの方々に見ていただきたいという思いも
同じだからです.

投稿 Ginkgo | 2007年10月 6日 (土曜日) 16:23

私の母は去年の暮れ、乳癌になり部分切除をしました。
そして今年の春から放射線治療を始めたところ、今度は肺癌で6月の末に入院し、7月には6時間に及ぶ大手術をしました。
入院中に76歳の誕生日を迎え、我が家に戻ったのも束の間で、今は抗癌剤治療のためにまた入院しています。
抗癌剤が効いても余命は1年。効かなければ3ヶ月から半年だろうとのこと。
医師には余命の宣言をしないようにいいましたが、抗癌剤治療をするためにはある程度のことを本人に知らさなくてはならず、進行癌でステージⅣということは話しました。

たった今、病院に松茸の土瓶蒸しを持っていったところ、美味しいといってすっかり食べていました。
そして、以前から秋田の玉川温泉に行きたいといっていたので、来年の春にでもいこうといって別れてきたばかりです。
そのときは母は、春じゃ、どうなっているか分からないし・・・
それを聞いたとき、やっぱり母は自分の余命を悟っているのだと、私は複雑な思いでその言葉を聞いていました。
それなら近くの温泉でもいいしというと、そうだねと応えていました。

母は胃の調子が悪く街医者に30年通っていました。その医師が自分のところでは分からないから大学病院へ行くようにいってくれていたなら、こんな事態にはなっていなかったでしょう。

千恵さんに比べれば3倍以上の長きに亘り生きてきたとはいえ、70半ばで2度の手術はあまりにも酷です。
こうならないためにも、若いから病気なんていっている方たちに、乳癌だけでなく、人間ドックに行くことをお勧めします。早期の癌ならリスクはかなり低いです。
かくいう私も3年前に胆嚢癌を摘出し、今は年齢相応の健康を維持しています。

人生を病のために絶たれることのないよう、健康に留意してほしいものです。

千恵さんのご冥福を祈るとともに、彼女の恋人と父、叔母様にご苦労様といいたいです。

投稿 dejavue | 2007年10月 7日 (日曜日) 15:42

>dejavueさん

ワタシは医師ではありませんが,
時々母の触診をしてあげています.
方法はネットで公開されていますし,
母も嬉しそうだからです.
7年前にしこりを見つけて,
T大病院で検査を受けさせました.
がんでなく繊維腺腫で
ほっとしました.
dejavueさんのおっしゃるように,
若い方々にこそ,
健康に留意して
検査を受けて欲しいですね.

投稿 Ginkgo | 2007年10月 7日 (日曜日) 18:21

今日はじめて番組を見ました。
涙涙の連続で感動しました.同じ二十代の娘を持つ父親です、もしも自分の娘が千穂さんと同じ病気で余命を告知されると父親として娘に何をしてあげられるとしたら、きっと何もしてあげられないかもかもしれません。今頃はきっと千穂さんもお母さんと会って幸せに天国で暮していると思います。また二人でお父さんを見守っていると思います。

投稿 hiroshisati | 2007年10月 8日 (月曜日) 01:53

昨日番組を、見ました。ほんとうに涙がとまりませんでした。ぼくの彼女も24才で彼女と一緒に見ていました。普段どれだけ健康で生きていられるということが、幸せだということがつくづく実感しました。番組の中でアンドレ・ギャニオンの音楽が流れていました。購入して聞いています。
長島千恵が一生懸命生きようと頑張ってる姿やウエディング姿など思い出すたびに、朝になっても、涙がとまらないです。今日朝、父と母と姉に普段電話などあまりしませんが、電話をしました。普段口にしない言葉ですがありがとうって言いました。
彼女にも乳癌検診につれていくことにしました。長島千恵さんは天国でお母さんと会って幸せに暮らしている光景を感じます。
長島千恵さん最後に残してくれた言葉や感動や、命の大切さ、けして忘れません。

投稿 KEN | 2007年10月 8日 (月曜日) 09:26

>hiroshisatiさん

ワタシにはコドモはおりませんが,
今回の再放送は
なぜかお父様目線で見ていました.
奥様と娘さんを亡くされて,
おかけする言葉が見つかりませんが,
hiroshisatiさんが
おっしゃるように,
お二人は見守っていると思います.

>KENさん

健康が最高の幸せであることを
普段意識することは
あまりないですよね.
千恵さんはそれを教えてくれました.
たくさんの恵みがあるようにと
名付けられた千恵さん.
今はたくさんの恵みを与えています.

投稿 Ginkgo | 2007年10月 8日 (月曜日) 10:01

こんにちわGinkgoさん。
昨日この千恵さんの記録を見られたたくさんの方々は
様々な想いを感じたと思います。
病気への不安・怒り・恐怖・苦痛・悲しみと
父や彼や友の思いやり・優しさ・感謝の気持ちと
千恵さんが太郎さんに送ったメールに
「生きたい…助けて…」と書かれていました。
千恵さんの本心の叫びがここにあり心が揺さぶられました。
でも彼女の凄い所はいつでも希望を持ち続けていた所です。
命を懸けてたくさんの贈り物をみんなにくれた千恵さんに
感謝の気持ちを込めてありがとうと言いたい。

千恵さん、よかったですね。
あなたの言葉あなたの想いは
たくさんの人達に届いていますよ!


投稿 希望 | 2007年10月 8日 (月曜日) 12:59

>希望さん

多くの方が感動したようですね.
このブログも普段の20倍以上の方が
訪ねてくれています.
千恵さんの気持ちが
もっとたくさんの方に
届きますように!

投稿 Ginkgo | 2007年10月 8日 (月曜日) 13:14

千恵さんはきっと天使になったと思います。
いつか会ってお話ししたいですね。。。

投稿 キャリスタ | 2007年10月 9日 (火曜日) 19:34

>キャリスタさん

天使になって,
太郎さん,貞士さん,みんなを見守っていることと思います (^_^)

投稿 Ginkgo | 2007年10月13日 (土曜日) 10:14

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