数年前、沖縄でタクシーに乗った時のこと。戦争中に兵士が戦地で体験したことを記した本はいくつもあるのに、沖縄での兵士の体験記はなかなか見つからないという話になった▼「日本兵が沖縄で何をしたか、書けないでしょう」。穏やかな中にも頑とした口調の初老の運転手。沖縄の住民が旧日本軍に集団自決を強いられたとされることなどを示していた▼自決をめぐっては、三月に教科書検定で軍の強制があったとする記述の削除を求める意見が付いた。それに沖縄県民が猛反発。先月末の県民大会で十一万人が集まった。このため検定意見に基づいて修正した教科書会社が訂正申請をするという。雲行きが変わった▼背景として内閣が代わったこともある。検定意見は、文科省の教科書調査官が提出した調査意見書を検定審議会が十分精査せずに認めて付いたという。安倍前首相の「戦後レジームからの脱却」が後押ししたのではないか▼そして先月、ハト派とされる福田首相が誕生。沖縄の思いを受け止め「文科省で検討していく」と述べている。「君子は豹変(ひょうへん)す」との言葉もある。見直しは歓迎したいが、政治介入を排除するはずの検定審議会が形がい化しかねない。審議会自らが検証し、必要なら豹変するしかない▼集団自決などで軍の関与を否定する根拠とされるのが、文書などが残っていないこと。戦争体験者がいなくなると、その根拠がわが物顔になりかねない。体験者の証言を余すことなくとどめる取り組みが急務だ。(筍)
('07/10/11 無断転載禁止)
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