◇表情変えず--検察側「犯行計画メモ」示す
「殺したことも遺棄したこともありません」。松本市の市道脇で昨年11月、愛知県稲沢市の会社員、石山孝美さん(当時24歳)の遺体が見つかった事件で殺人罪などに問われた住所不定、無職、脇田誠被告(42)の初公判。3日、長野地裁の法廷で脇田被告は表情を変えずにメモを読み上げた。殺人などについては起訴事実を否認。裁判では「被告が犯人かどうか」が争点となっており、検察側は冒頭陳述で犯行の詳細を明らかにした。【谷多由】
◇動機
検察側の冒頭陳述によると、脇田被告は交際中の少女が妊娠するなどしたため、金に困り、自分に好意を寄せる石山さんから金を奪い取ろうと考えた。06年11月ごろ、石山さんに温泉旅行を持ちかけ、消費者金融などから105万円の借金をさせた上、同月25日、睡眠薬で石山さんを眠らせて殺害。犯行を隠すために死体を遺棄・損壊したとされる。殺害場所や方法については明らかにされなかった。
◇計画的犯行
検察側は脇田被告の車から「犯行計画メモ」が押収されたことを明らかにした。メモには「キャッシング限度まで借りさせる」「レンタカーを借りさせる」などと記されており、「睡眠薬」とも書かれていた。睡眠薬については脇田被告がインターネットで購入し、石山さんの遺体から検出された成分と一致することが分かっている。検察側はこのメモに、「犯人しか知り得ない情報が含まれている」とする。
◇隠ぺい工作
脇田被告は犯行を隠すため、石山さんの殺害後、石山さんの携帯電話に「昨日は誰と遊びに行ったの?今日、行けたら行くからね」とメールを送信。数分後に、石山さんの携帯電話を使って「昨日は送ってくれてありがとう」と自分あてにメールを送信した。
◇弁護側の主張
弁護側は「石山さんが殺害されたという証拠はなく、被告に殺害する動機もない」として、事件性そのものを争う構え。検察側の主張を証人尋問や反対尋問によって崩していく方針だ。
◇被害者の人柄
石山さんは熊本県出身。高校卒業後、家計を助けるために岐阜県内の紡績会社で働きながら、保母の資格を取るために短大へ通った。04年12月に愛知県稲沢市に引っ越し、脇田被告と知り合った。石山さんの財布からは「07年2月までに脇田さんと結婚したい」などとするメモが見つかっている。一方、脇田被告は事件当時、窃盗を繰り返して、生活費を稼いでいたとされる。
◇一点を見つめ
丸刈り頭にグレーのトレーナー。脇田被告は神妙な顔つきで入廷すると、土屋靖之裁判長からの問いかけに「はい、はい」と小刻みに答えた。起訴事実について問われると、用意してきたメモをポケットから取り出し、殺害や死体遺棄などについて否認。「詳しいことは弁護士に聞いてください」と無罪を主張した。
開廷中は一点を見つめるようにうつむいて、裁判の進行を見守った脇田被告。証拠調べが進み、捜査資料の中身がモニター画面に映し出されると、画面を見つめたものの、表情をほとんど変えることなく、閉廷した。【川崎桂吾、谷多由】
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■解説
◇不透明な弁護側の戦術
警察の取り調べに対し黙秘を貫いてきた脇田被告。検察側は間接的な証拠を積み上げることで、脇田被告が実行犯であることを立証しようとした。一方の弁護側は全面的に争う構えだが、どのように検察の主張を崩していくのかは不透明だ。
捜査関係者によると、脇田被告はあいまいな供述を繰り返し、途中から黙秘に転じた。結局、石山さんの殺害方法を特定することはできなかったが、裏付け捜査を続けることで「点と点を線で結んだ」という。公判前、捜査幹部は「自供なしで十分有罪に持ち込める」と自信を見せていた。
この日の公判は「犯行計画メモ」が脇田被告の書いたものかどうかが争点になった。メモには犯行に使った車種など、実行犯しか知り得ない情報があり、重要な証拠となる。証人尋問では鑑定人が出廷し、筆跡が脇田被告のものであると断定した。これに対し弁護側は「筆跡は気分によって変わる。証拠能力はない」と主張したが、あっけなく退けられた。
弁護側は今回、異例の法廷戦術をとった。証拠約200点のほとんどを不同意としたため、検察側は法廷に証人を呼ぶことを余儀なくされた。その数は62人。長野地検は「極めて異例の数」と話す。期日も来年3月の判決まで十数回続く予定だ。裁判員制度が導入されていたなら、裁判員の負担は相当なものとなっただろう。
「反対尋問で無罪を主張する」。弁護人は話すが、もし有力な反証を持ち合わせず、検察側の主張に食い下がるだけの展開が続けば、市民の司法への信頼は揺らぐことになるだろう。弁護側に十分な用意があっての「引き延ばし戦術」と思いたい。【川崎桂吾】
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◆事件の経過◆
06年11月28日 松本市安曇の市道脇で遺体発見
12月 5日 遺体は石山さんと判明
18日 死体遺棄容疑で脇田容疑者の逮捕状を取る
26日 脇田被告を死体遺棄容疑で指名手配
07年 1月 5日 脇田被告を兵庫県内で逮捕
26日 脇田被告を殺人容疑で再逮捕
2月16日 窃盗容疑で再逮捕
3月 9日 建造物侵入と窃盗で再逮捕
5月24日 窃盗容疑で5回目の再逮捕
31日 公判前整理手続き開始(以後8回実施)
10月 3日 長野地裁で初公判
毎日新聞 2007年10月4日