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【正論】ノンフィクション作家・上坂冬子 ロシア漁師の密入国が不問?

2007.10.4 03:52
このニュースのトピックス正論

 ■日本人漁師が殺されたのと大違い

 ≪ビールを買いに根室まで≫

 最初は笑い話かと聞き流していた。だが途中から私は怒り心頭に発したのである。

 さきごろ4年ぶりで北方領土に渡るべく、根室で1泊して地元の新聞を読み返していたときのことであった。

 4月の記事として、ウニ採りのロシア人漁師とカニ採りの日本人漁師が、根室沖でばったり出会ったという。ゴムボートに乗ったロシア人漁師は日本人漁師に何やら話しかけてきたが、言葉が通じるはずもなく日本人はロシア人に手まねで早くここから立ち去れと合図した。場所はロシア側が勝手に決めた境界線を越えたあたりで、日本側の海上である。

 もっとはっきりいうと1年前の夏、この線を越えてロシア側に入ったという理由で日本人漁師が銃撃殺害された事件のあったあたりだ。

 ロシア人漁師は、日本人の制止を振り切って根室の納沙布岬に向かった。拿捕(だほ)事件や漁師殺害事件などで、こりごりしている日本人はこれを見逃すわけにいかない。さっそく携帯電話で漁師仲間に知らせた。

 漁師仲間から漁協を通じて根室警察および根室海上保安部に連絡がいったものと思われる。そして日本人漁師がカニ漁を終えて岬にもどったまさにその時、ロシア人漁師は岬の飲食店で買い求めた箱入りビール2ダースを抱えてゴムボートに乗り込む寸前で、根室署の警官に身柄を取り押さえられたのであった。地元の商店はロシア人の求めに応じて販売したが、根室ではロシア人は珍しくないから無理もない。

 ≪地元警察に拘束はされたが≫

 要するにロシア人漁師はビールを買いたい一心で納沙布岬に突っ走ってきたのである。しかもウニ採りの母船から離れて4人乗りのゴムボートに乗り、仲間の3人が海に潜って仕事をしているすきに、ちょっと一っ走り日本の岬でビールを買ってこようと思ったらしい。たまたま前夜は息子の誕生日で仲間に盛大に祝ってもらったから、せめてものお返しに日本のビールをと考えたという。その限りではたわいなくほほえましい話である。

 もっともロシア人は職場放棄して日本にきたのだから、事と次第によっては海に潜ってウニ採りに励んでいた仲間の漁師たちは船に戻れず大事件となるところであった。日本側からロシア側に連絡して事なきを得たという。

 警察に通報したお手柄日本人漁師3人の写真は釧路新聞に大きく掲載されているから(4月17日付)、管内漁協と警察と海保との連携による不審者の侵入阻止に大役を果たしたのはまちがいない。

 だが、私が憤慨したのはこのあとだ。

 あれから半年もたっているのに、ビール買い事件のその後が報道されていない。これは単なる旅券不所持ではなく、密入国、あるいは領海侵犯という大罪に問われるべき事例である。1年前、ロシア側が勝手に決めた境界線をわずかに越えたとして日本人漁師は撃たれて死亡し、船長はロシアの裁判を受けて48日後に214万円の罰金を支払って釈放されたというのに、同種の事件を起こしたロシア人の結末があいまいでいいはずがない。

 ≪地元は業を煮やした≫

 私なりにその後を調べたところによると、ロシア人漁師は釧路地検に送られたようだが、結果として入国管理局の判断でロシア側に身柄を返されたらしい。領海にかかわる不法に関して、日本人漁師は殺されロシア人漁師は不問に付されたとすれば怒り心頭に発せざるを得ないではないか。漁師がテロリストだったらどうなるか。これでいいのか日本、と声を荒立てずにいられない。

 ただし憤慨しているのは私だけではなかった。地元では新しい動きが胎動している。根室市と隣接する1市4町の協議会(略称・北隣協)が、今年12月1日に大挙して上京し北方領土返還のデモ行進を行うことを決議した。敗戦の年の12月1日に、当時の根室町長、安藤石典氏はGHQ(連合国軍総司令部)に出向いて、マッカーサー元帥に「4島は日本の領土でありスターリンの軍隊による不法占領を撤回させてほしい」と陳情している。

 日本人が最初に領土返還を国際社会に訴えた日にちなんで、地元の人々はデモを計画したのだ。

 拉致も地球温暖化も大問題だが、もう1つ日本独自の重要な問題が残っているのを忘れてはなるまい。新政権にこのことをあらためて訴えるべく、いよいよ地元は原点に立ち戻って腰を据えたと私は見ている。(かみさか ふゆこ)

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