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永遠に続く「自己実現シンドローム」

ジャーナリスト 福沢恵子さん

 M子さんは、勤続8年目の大手企業の正社員。現在の年収は700万円を超えている。不況の中にあっても勤務先の福利厚生は手厚く、家賃の8割は会社が住宅手当を支給する。おかげで、彼女も都心のおしゃれなマンションで一人暮らしができるというわけだ。

 そんな恵まれた境遇にも関わらず彼女は不満そうである。聞けば、彼女が最近異動した部署が「社内の吹きだまり的存在」だからだという。「仕事は同じことの繰り返しだから、アルバイトや派遣社員でもできます。こんなところにいてキャリアを積めるのかとっても不安です」

 ちなみにM子さんが以前働いていた部署は、残業も多く、突発の仕事にも対応しなくてはならなかった。激務が続き、心身ともに消耗した揚げ句、彼女はついに出社拒否に陥った。欠勤を続ける彼女を心配した先輩社員から「相談にのってもらえないか」と紹介されたのがそもそもの出会いだったのだ。

 M子さんの話を聞いていると「クリエイティブな仕事でなくては意味がない」「窓際に追いやられたらもうおしまい」といった発言が繰り返される。しかし、本当にそうなのだろうか?

 私に言わせれば今回の異動は会社の「親心」である。屋台骨が大きいからこそ存在が許される「ニッチ」。たとえ一時的とはいえ、そこに身を寄せることができる幸運を彼女はもっと自覚すべきではないか。「ニッチ」を持つ余裕のない会社なら、こんな場合、消耗した社員は即退職に追い込まれる。彼女の理想は「花形部署でバリバリ仕事をこなす私」だったが、結果的には過度のストレスで出社拒否に至った。しかし、彼女はその現実をどうしても直視することができないでいる。

 「花形部署」や「クリエイティブな仕事」は確かに魅力的だが、緊張や長時間労働と表裏一体であることが多い。一方、「繰り返しの仕事」は、地味ではあるが精神的な消耗度が少なく、仕事以外の世界を持つ時間的なゆとりもあったりする。「でも、それって『負け犬』みたいでイヤなんです。やっぱり仕事で自己実現することが『なりたい自分になる』ことですから」

 やれやれ。この思い込みにどれだけの人が縛られていることか。頭で考えた「なりたい自分」と肌で実感する「心地よい状態」がどこかで重ならない限り、「自己実現シンドローム」は永遠に解決することはないのである。

2003年6月2日  読売新聞)

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