アメリカが化学兵器を使用した疑いのあるシリアにトマホーク攻撃を加えるなど、中東での紛争が続くと同時に、アジアでは核をめぐって米朝関係が緊迫――。
そんな中、「紛争解決請負人」としてアフリカやインドネシア、アフガニスタンなどで国連の平和維持ミッションや武装解除に関わってきた伊勢崎賢治(いせざき・けんじ)教授(東京外国語大学/平和構築学)に、今回の攻撃の問題点とその影響について聞いた。
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─トランプ政権が船出してから4ヵ月、「米国中心主義」を掲げ、国外の紛争には距離を置いていたはずのトランプ大統領ですが、ここにきて化学兵器を使用したとされるシリアへのミサイル攻撃や、核開発を続ける北朝鮮に「先制攻撃も辞さず」とも取れる強い姿勢を示すなど、以前の方針を大きく転換させているように見えます。
伊勢崎 シリアについては「化学兵器」の不拡散が、北朝鮮については「核兵器」の不拡散がそれぞれアメリカの行動の根拠になっています。もちろん、現実としてその重要性は認めます。ただし、アメリカのような核保有国が他国の核保有を「悪魔化」することにはそもそも根本的な矛盾がありますし、インドやパキスタン、イスラエルなどの核保有は黙認しているわけですから、これは明らかな「Wスタンダード」(二重基準)と言わざるをえない。
その上で、今回に関して言うと、あの攻撃がシリアの空軍基地に与えた被害は非常に限定的であるにも関わらず、「国際社会の法秩序」に与えたダメージは非常に深刻です。そのことをこの問題に直接関わる政治家も含めて、ほとんどの人がきちんと理解していないのは非常に残念です。
─「国際社会の法秩序」へのダメージとは、具体的にどういうことでしょうか?
伊勢崎 考えてみてください。そもそも今回、民間人に対して化学兵器を使用したのがアサド大統領のシリア政府軍だという明確な証拠は示されていません。もちろん、過去に持っていたという事実はありますし、アメリカは「証拠がある」と言っている。しかし、それはほとんど「状況証拠」でしかないようなシロモノで、とてもじゃないけれど「客観的な証拠」とは言い難い…。以前のアメリカなら、せめて「具体的な証拠をでっちあげる」くらいのことをしたものですが、今回はそれすらありません。
そして、仮にシリア政府軍が化学兵器を使用したとしても、アメリカは国際法上、どのような理由でミサイルを撃ち込むことができるのか?という問題があります。国際法上、ある国が「戦争をしていい」のは自衛権の行使、すなわち「個別的自衛権の行使」か「集団的自衛権の行使」、そして国連の議決に基づく「集団的安全保障」(国連的措置)の3つの場合だけ…ということになっています。
日本では2年前の「安保法制」の際に、右の人も左の人も「集団的自衛権」と「個別的自衛権」について熱心に議論していたので、皆さんよくご存じのはずですが、今回はどう考えても同盟国を守るための「集団的自衛権」の行使ではないし、アメリカが直接、化学兵器攻撃の脅威に曝されているワケでもないので「個別的自衛権の行使」でもない。国連の決議に基づく武力行使、すなわち「国連的措置」でもありません。
それでも、トランプ大統領のアメリカは「国際法違反の化学兵器で、罪のない赤ん坊を殺すアサド政権は許せない!」と、人道問題を理由に単独でミサイル攻撃に踏み切った。そして、その行動をイギリス、フランス、ドイツ、日本といった主な同盟国は皆「理解できる」と結果的に追認してしまったわけです。
今回のミサイル攻撃は「戦争を始めてもいい理由」…これを開戦法規と言いますが、それを厳しく制限するために国際社会が時間をかけて積み重ねてきた「国際法」の意味を激しく傷つけた。非常に深刻な事態です。ところが、日本の安倍首相など各国首脳を含め多くの人たちがその事にあまりにも無頓着で無関心であることに心底ガッカリしています。