東京・五反田に「おにやんま」1号店がオープンしてもうすぐ7年になる。うどん、とだけ書かれたあの白い暖簾に駅へと急ぐ足がつい店に向かってしまった人も少なくないはずだ。かけうどん300円、とり天うどん420円と低価格ながら、小麦粉は信頼する香川の製粉会社から取り寄せ、出汁には厳選した高品質の伊吹いりこを使用。たった5坪、客同士が詰めあって10人入れる程度の小さな店に毎日1000人が来店すると聞けば、未訪の人にもそのすごさが分かるだろう。すっかり五反田名物となった「おにやんま」のことだ、この7年をさぞかしエネルギッシュに走ってきたことだろうと思いきや、創業者兄弟の兄で社長の大下義弘さんに話を聞くと、その口からは意外にも「気楽」や「マイペース」という言葉が繰り返し登場した。今、「おにやんま」が考えることとは。
上京後、ショックを受けた「うどんロス」
――正直、インタビューを受けてくださると聞いてびっくりしました。
大下 義弘氏(以下、大下):自分たちはあまり前に出ないようにしてるんです。店舗の取材は常連さんの紹介などで受けていますが、経営的なことについては基本的に断っています。僕ら気楽にやっているんで苦手なんですよ、数字の話とか。――この度は本当にありがとうございます。さっそくですが、大下さんが香川から上京した当時の話や、「おにやんま」誕生の経緯を聞かせてください。
――それが「おにやんま」の前身の「かがり火」ですね。
FC展開・海外進出の可能性は?
――現在4店舗を展開され、五反田店は1日1000人、新橋店は1日700人と各店とも好調な売り上げですね。今後も店舗数を拡大していく予定でしょうか。その場合、出店の決め手は。
大下:五反田店ができたときは借金まみれで後がなかったので、経済的に早く落ち着きたいという焦りもあって店舗を増やしましたが、今後はいい物件があって働くイメージができれば、くらいの感覚でいます。「〇年後に〇店舗」といった目標は立てません。うちは研修センターもないのでスタッフ教育との兼ね合いもありますしね。ただ、出店は僕らだけじゃなく従業員にとっても一大イベント。自分が働いている店が大きくなるのは彼らのモチベーションに繋がりますし、将来独立したい人には新店を任せることでいろいろな勉強をしてもらえます。そういう意味で、当初からは出店の動機に変化が出てきましたね。――近年、「丸亀製麺」や「ウエスト」など海外進出を進めるうどんチェーンが増えています。大下さんは海外も視野に入れているのでしょうか。
――少し話は脱線しますが、先日、「おにやんま」に酷似したお店が大阪にオープンしましたね。ファサードもシステムもあまりに似ているので、うどん愛好家の間で波紋を呼びました。デリケートな話題で申し訳ないのですが、大下さんはどう捉えていらっしゃいますか。
大下:たしかにやっていることは同じかもしれませんが、正直なところ、本質は全然違うと思います。僕らはうどんが好きで、やりたいようにやってありがたいことにお客さんが付いてくれている。うちのビジネスモデルがどうのこうのって話、すごく嫌なんですよね。FC展開の話もこれまでありましたが、全く考えていません。――「やりたいことをやる」「自分たちが食べたいものを出す」という大下さんのスタンスは、お店の雰囲気ひとつ取っても伝わってきます。たとえばスタッフの方々。過剰な接客ではなく淡々としていて、いちお客としては気が楽です。
大下:そう言ってもらえるとありがたいです。僕たち、「おにやんま」を企業っぽくしたくないんです。香川のうどん店だと「いらっしゃいませ」なんて言わないとこも普通にありますよね。「おばちゃん、かけ大ちょうだい」「はい、かけね」で終わり。僕らのイメージもこんな感じ。五反田店なんてもともと左右の扉はなかったし、看板も出していなくてまるで掘っ立て小屋でしたよ。お客さんから「暑い」とか「寒い」とか言われるようになってさすがに扉はつけましたけど。季節限定メニューもお客さんのためというより自分たちが食べたいものを出しています。「今週はこんな天ぷらが食べたいな~」ってね。うどんはもっと多様でいい
――東京のうどんシーン、こと讃岐うどんにおいてはこの10年20年で大きく変化があったと思います。大下さんはどう見ていますか。
――最後に「おにやんま」の今後について聞かせてください。
大下:いい意味で遊びの延長で店を続けたいと思っています。お話ししたとおり、従業員たちのためにも出店はしていきますが、急がずマイペースに。「かがり火」のときに感じていたような気負いは今ありません。小銭をチャラチャラさせて食べに行くような気楽な食べ物だと思うんですよね、うどんって。(取材=井上こん)