大阪市平野区で2002年4月に起きた母子殺害放火事件を巡り、殺人などの罪に問われた大阪刑務所刑務官、森健充(たけみつ)被告(59)=休職中=の差し戻し後の控訴審で、大阪高裁は2日、無罪とした大阪地裁の差し戻し審判決を支持、検察側の控訴を棄却した。福崎伸一郎裁判長は地裁判決と同様、「被告が現場マンションに立ち入ったと認められない」と判断した。森被告は出廷しなかった。
差し戻し前の1審は無期懲役、2審は求刑通り死刑の判決を出した。10年4月の最高裁判決は二つの有罪判決を破棄した経緯があり、新たな立証が困難になっている検察側が最高裁への上告に踏み切るかが今後の焦点になる。
森被告は一連の公判で、「マンションに行ったことがない」と一貫して無罪を主張。森被告の関与を裏付ける直接証拠はなく、検察側が積み上げた状況証拠の評価が争点だった。
判決はまず、森被告が現場の室内に立ち入ったかどうかを検討した。
検察側は、森被告が任意捜査の段階で室内の家具の位置などを示す見取り図を書いたと主張した。判決は「被告は事件前後、家族との会話などから室内の様子を推測できた可能性がある」と指摘した。
さらに、マンション外階段の共用灰皿から押収され、森被告のDNA型が検出されたたばこの吸い殻について言及した。
検察側は吸い殻を重要証拠と位置付けたが、判決は吸い殻の変色状況から事件以前に捨てられた可能性が高いと指摘。最高裁や差し戻し審の判断に沿い、過去に森被告から携帯灰皿を譲り受けた被害者の森まゆみさん(当時28歳)が、中身を捨てた可能性が否定できないとした。
最高裁判決は状況証拠による有罪立証について、「被告が犯人でなければ合理的に説明できないような事実が必要」との新たな基準を提示し、審理を大阪地裁に差し戻した。差し戻し審判決も、検察側が最高裁基準を満たす立証ができていないと判断。初めて無罪判決を言い渡した。
13年7月に始まった今回の控訴審は検察側の請求を受け、まゆみさん殺害の凶器とされる犬のひもなど計10点のDNA型鑑定を3年近く費やして実施。検察はまゆみさんの遺体に付着していた多数の皮膚片などのDNA型を調べる独自の鑑定も行ったが、いずれも森被告と一致するDNA型は検出されず、無罪判決を覆すのは厳しい状況だった。
事件を巡っては、最高裁がマンションの共用灰皿から採取された残り71本の吸い殻について、差し戻し審で鑑定するよう求めたが、証拠品を管理する大阪府警の誤廃棄も発覚した。【向畑泰司、三上健太郎】
【ことば】大阪・平野の母子殺害放火事件
2002年4月14日夜、大阪市平野区のマンションの一室が全焼し、絞殺された住人の森まゆみさん(当時28歳)、浴槽で水死していた長男の瞳真(とうま)ちゃん(同1歳)の遺体が見つかった。大阪府警は同11月、まゆみさんの義父の森健充被告を逮捕。大阪地検は殺人と現住建造物等放火の罪で起訴した。最高裁は1審・大阪地裁の無期懲役、2審・大阪高裁の死刑の判決を破棄し、審理を地裁に差し戻した。地裁の差し戻し審は12年3月に無罪を言い渡し、森被告は約9年4カ月ぶりに釈放された。