eSportsとして成長しそうな対戦ゲームのリストアップをする際に、そのリストの上位にアトラスが開発した『キャサリン』が入る可能性はかなり低いだろう。むしろ、リストに入ることすらないかもしれない。言ってしまえば、『キャサリン』は基本的にはシングルプレイヤー向けのゲームであり、恋愛関係における自分の求める理想と現実の狭間に悩んでいる男がパズルを解いていくというストーリーが中心に据えられている。こんなゲームにスタジアムを埋めることを期待する人はまずいないだろう。
しかし、『キャサリン』は、シングルプレイヤーのストーリーモードをクリアするとマルチプレイヤー対応の対戦モードがアンロックされる。このモードはこのゲームが売りにしている機能ではなく、あくまでストーリーモードをクリアしたプレイヤーのためのボーナスという扱いだった。しかし、ブロックを移動させながらタワーを登っていくこの優秀なパズルゲームの対戦モードには、トーナメントプレイに対応できるかなりの奥深さが備わっていることが明らかになっており、ここ最近は伝統的な格闘ゲームコミュニティの内外でプレイヤーを惹きつけている。その結果、米国で熱気のある独特のシーンが生まれつつあるのだ。
『キャサリン』の魅力
『キャサリン』のトーナメントシーンの突然とも言えるその台頭に大きく関わっている人物として誰もが名前を挙げるのが、David “Dacidbro” Broweleitだ。彼は長年に渡りNorCal(北カリフォルニア)のアニメファイターシーンで活動してきた人物だが、近年は『キャサリン』の対戦ゲームとしての優秀性を伝播する宣教師としての活動がよく知られている。対戦ゲームとしての『キャサリン』というコンセプトを発見したDacidbroがそのように扱われるのは納得の話だ。また、現時点で彼は世界最強の『キャサリン』プレイヤーとしても知られている。
Dacidbroは『キャサリン』のそのマッシュアップ的な魅力について次のように説明する。「『キャサリン』はたまたま対戦モードが含まれていたパズルゲームなんだけど、対戦ゲームとしての完成度が非常に高いんだ。格闘ゲームとパズルゲームの中間ってところかな。ゲームプレイはいわゆるパズルゲームで、対戦相手とスペースを奪い合うわけなんだけど、このゲームのシステムはチェスとかと同じで、自分が直接有利になるようなプレイや、対戦相手にも理解できるようなプレイをする必要がないんだ。間接的に自分が有利になるようにステージをコントロールしていくことで、アドバンテージを作り出していくのさ」
では、どうやって今のシーンがスタートしたのだろうか? 「僕は友人のSean Hoang経由でこのゲームを知ったんだ。彼はストリーミングのグループ、FinestKOに関わっているんだけど、ある日、僕と彼とで一緒にストリーミングをしようって話になった。それで、格闘ゲームのローカルトーナメント、NorCal Installを一緒にストリーミングしたんだけど、そのトーナメントにちょっとしたウケ狙いで用意されていたゲームが『キャサリン』だったんだ。それで、ほんの冗談のつもりで、他のプレイヤーより上手くなろうって彼と話をして練習したんだけど、結局2人で7時間もプレイしてしまったんだ。最高に楽しかったんだよ!」
「それで、トーナメント当日、実際の対戦が始まる前に、僕たちが見つけたこのゲームの魅力をみんなに教えたんだ。だから、僕たちがストリーミングする頃には、誰もが『キャサリン』の対戦プレイを理解していて、視聴に耐えられる面白い対戦が展開された。それで一気に火が付いたんだよ。あのトーナメントがきっかけで『キャサリン』のシーンが生まれていった。Twitchでバイラルヒットになった。2012年頃には3000人から4000人が視聴するようになっていたんだ。僕たちがストリーミングしていた他のアニメ系ゲームよりと比べると10倍の視聴者数だった」
そのバイラルヒットによって、オフラインイベントでこのゲームの魅力を紹介するチャンスが増えていった。NorCalではいくつかの小規模なトーナメントが開催されるようになり、徐々にローカルシーンが生まれていった。そして、2015年には、アトラスがスポンサーについてEVO 2015のサイドトーナメントが開催され、2016年も、AnimEVOシリーズのひとつとしてトーナメントが開催された。また、最近もCEOtakuにフィーチャーされた他、カリフォルニア州サンノゼでは賞金総額5000ドルの『キャサリン』トーナメント、King of Catherineも開催された。
Dacidbroが続ける。「EVO 2015は大きなターニングポイントになったね。こんな小さなゲームを大きな何かに育てることができるって実感できたからさ」
対戦格闘ゲームの世界博覧会とも言えるEVOは、やや異端として扱われているマイナーなゲームのシーンが他の世界と直接触れあう機会を提供してくれる場としても機能している。また、『キャサリン』の対戦プレイはオンライン非対応のため、このような会場は世界各地の『キャサリン』プレイヤーが対戦し、自分たちのテクニックを披露できる唯一のチャンスでもある。よって、『キャサリン』マスターとして知られていたDacidbroに挑戦すべく、テキサスやフロリダ、そしてオーストラリアのローカルシーンを代表するプレイヤーたちが集まるようになっているのだ。
コミュニティの結束
最近、『キャサリン』を積極的に推している人物のひとりとして知られているのが、格闘ゲームコミュニティ内で活躍する名プレイヤーのひとり、Tophだ。彼は『スマブラDX』のプレイ・解説でよく知られているが、最近の彼は『キャサリン』のトッププレイヤーのひとりとしても活動している。
Tophはこのゲームの魅力について「『キャサリン』は何回かプレイするだけでいきなり上達できるゲームなんだ。プレイしていると自分の頭を使っていることが感じられるから満足感が高いし、やりこみ要素もある」と説明する。
Tophはどのようにしてこのゲームに出会ったのだろうか? 「『キャサリン』は基本的にシングルプレイヤーのゲームとして知られているよね。僕も最初は『ペルソナ』シリーズの大ファンだったから、リリース直後に購入したんだ。シアトルで大学生をやっていた頃、NorCalのアニメファイターのトーナメントをよく見ていたんだけど、それがきっかけで『キャサリン』のトーナメントが開催されているのを知ったんだ。それで、このゲームのファンだった僕は、トーナメントをよく見るようになったんだ」
「僕とDacidbroは1年半ほど前からよく一緒に遊ぶようになったんだけど、ある晩、僕の家に彼が来ていた時に、何もやることがなかったんだ。それで、彼に『キャサリン』の対戦プレイに興味があるから手ほどきしてくれないか、って頼んだのさ。それで『キャサリン』をプレイしたんだけど、1時間で1回も勝てなかった」
Tophは、この経験は人生を変えるほど大きなものだったし、次のように続ける。「床に寝転がりながらプレイを続けていたけれど、頭は完全に興奮していた。2人でひたすら対戦したんだ。それでEVO 2016の時に、5年のトーナメントキャリアを通じて負けなしだったDacidbroから初めてセットを奪ったプレイヤーになれたんだ」
TophはNorCal以外の地域でもこのシーンをプロモートする役目を担っているが、無意識のうちにプロモートしている時さえあると言う。「最近は、このゲームを楽しむ新しい地域が増えてきていて、各地でトーナメントシーンが生まれているんだ。彼らはトッププレイヤーに匹敵する実力をつけてきているよ。フロリダ出身のSketchesなんかが良い例だね。彼は僕がDacidbroと、NorCalのプレイヤー、Mike Musclesと一緒にストリーミングをしている時に、僕たちのチャットに参加してきたことがきっかけでシーンに関わるようになったんだけど、今は僕たちのストリーミングでレギュラーゲストを務めているくらいなんだ。そのあとのCEOtakuでは、僕に勝ったしね! フロリダのシーンは、NorCalが編み出してTwitter上に公開していた戦術のカウンターを用意していたのさ。その時に気付いたんだ。他の地域が打倒NorCalを目指していて、その方法も手に入れつつあるってことにね」
「僕がこのゲームのプロモートを始めたあと、トーナメントのプレイレベルは一気に高くなったと言えるし、独自のテクニックを編み出した新しい地域が次々と生まれているよ。これって凄くエキサイティングだよね。それに、格闘ゲームトーナメントのサイドトーナメントとしての注目度も高まっているんだ。他のサイドトーナメントが同時開催されていない時なら、視聴者数は数千人単位になる。メインタイトルのファイナルと同レベルの視聴者数なんだ」
『キャサリン』のシーンのこのグラスルーツ的な成長に、Tophは『DX』のシーンとの共通点を見出しているのだろうか? 「似ていると思うよ。話題にするだけでシーンが成長していくんだ。このシーンはまだ始まったばかりだからね。どんどん話題にして、ストリーミングも増やしていけばいいと思うよ。『DX』の場合は、Samoxが手がけたドキュメンタリー映像がきっかけになったけど、『キャサリン』にはそこまでの露出度はない。でも、これまで僕たちがこのゲームに注いできた愛情はちゃんと形になっているよ」
トッププレイヤー
『キャサリン』シーンでは、Dacidbroが最強プレイヤー、絶対王者として考えられているが、世界2位の称号は世界各地のシーンの様々なプレイヤーによって争われている。もちろん、彼らの最終目標はDacidbroを王座から引きずり下ろすことだが、今は、スキルを磨いてライバルたちの上に立とうとしている段階だ。
そのプレイヤーのひとりが、Tophも名前を挙げていたSketchesだ。フロリダ出身の彼は、ゲーム内の羊に似せた角がついたキャップをかぶってプレイすることでよく知られている。本人はこのゲームとの出会いについて次のように振り返る。「2年前にテキサス出身のプレイヤー、Ghoul02が『キャサリン』のスピードランプレイをストリーミングしていたのを見たんだ。かなりの視聴者数だったから、このゲームのファンだった僕は『凄い!』って思ったんだ。それで、そのストリーミングのあと、今度はGhoul02が僕の『キャサリン』のストリーミングを見て、ヒントをいくつか教えてくれて、さらにはトーナメントシーンの存在も教えてくれた。トーナメントシーンがあるなんて、僕は知らなかった。それで、彼から対戦映像を何本か教えてもらったあと、本格的に取り組み始めたのさ!」
「今のシーンはNorCalが最強だけど、オーストラリアがその次に強いね。彼らは非常にユニークなプレイスタイルを持っているんだ。フロリダのシーンはまだ始まったばかりだけど、プレイヤー数は多いよ。1年か2年後にはCEOtakuにかなりの数のフロリダ出身のプレイヤーが参加するようになるんじゃないかな。僕が鍛えているんだから!」
Sketchesは地域ごとに異なるプレイスタイルについて話を続ける。「地域ごとにこだわりのプレイスタイルがあるんだよ。基本的に、NorCalは対戦相手に攻撃的に仕掛けていくゲームプレイが特徴だ。オーストラリアは守備を固めながら登っていくプレイを得意としている。しれっと上に登っていくのさ。このプレイは『キャサリン』では重要だよ。フロリダはまだ特定のゲームプレイが生まれるほど成熟していないけれど、近いうちに特徴が生まれるはずさ」
また、ボルチモア出身の『キャサリン』プレイヤー、Shasもいる。CEOtakuやKing of Catherineに出場した経験を持つ彼は、後者でMike Musclesを倒して優勝し、2500ドルを手に入れた。また、同トーナメントのエキシビションマッチでは、最終的に負けたもののDacidbroと接戦を演じた(Dacidbroはオーガナイザーのひとりだったため、トーナメントにはエントリーしなかった)。驚くべきは、Shasはキャリア2回目のトーナメントでこの活躍をしたという点だ。
「ちょっとブロックを登ろうと思って参加しただけだったんだけどね」とShasは笑う。
しかし、Shasは自分のYouTubeチャンネルでトーナメントプレイの分析・解説を行っているほど、『キャサリン』に情熱を注いでいるプレイヤーだ。
「『キャサリン』は僕が大好きなゲームなんだ。シングルプレイヤーモードは何回もプレイしたし、もうやることがなくなっても、ひたすらプレイを続けていた。だから、EVO 2016のストリーミングを見た時に、『ちょっと待てよ。僕なら彼らを倒せるぞ!』って思ったのさ。それでCEOtakuに参加して、まずまずの成績を収めたんだ。素晴らしい体験だったよ。コミュニティのみんなも最高だった」
『キャサリン』の未来
『キャサリン』の魅力を伝える際に大きな障壁となっているのが、対戦プレイがオンライン非対応という点だ。このゲームを学びたいと思っているプレイヤーにとって、オンライン非対応はやる気をくじく原因になる。他の対戦ゲームでは、初心者が経験を積むのにオンラインプレイが大きな助けになっている。そこで、『キャサリン』シーンを代表するプレイヤーたちに、初心者はどうやってこのゲームをスタートさせれば良いのかについて、アドバイスを求めてみた。
まず、Tophは「僕かDacidbroのTwitterアカウント経由で連絡をくれれば、『キャサリン』のDiscordグループのリンクを送るし、その他に必要な情報も紹介するよ。僕たちは新規プレイヤーに向けたストリーミングや映像コンテンツを増やしたいと思っているんだ。このゲームの対戦プレイはすぐに慣れることができるからね。僕やSketchesを見れば分かるように、数ヶ月の経験でもトッププレイヤーの仲間入りができる。誰でもすぐに上達できるのさ。でも、同時に非常に奥が深いゲームだから、プレイしていて飽きることはないね」とストレートなアドバイスを送る。
また、Shasはトーナメント参加を考えている人たちに向けて次のようにアドバイスを送る。「まずは『キャサリン』を買って、ストーリーモードをプレイするべきだね。ゲームの基本プレイが分かったら、あとは自然に上達していくはずだよ。自分ひとりでやりこんで、そのあとでトーナメントの対戦を映像でチェックしてみよう。他のプレイヤーの対戦映像はゆっくりと確認することが大事だよ。『今のプレイはどうやったんだ?』なんて思ったら、その部分を巻き戻して見直すべきだね。『キャサリン』はプレイヤーのクセを学ぶことが勝利に繋がるゲームでもあるんだ」
「基本的には見たままのゲームだし、システムの大半はパズルゲームなんだけど、マップ内をどう動けば良いのかが理解できれば、格闘ゲームと同じような駆け引きが自然に理解できるようになる。でも、このゲームは他の格闘ゲームみたいな難しくて複雑な操作は必要ない。ブロックを押し引きするだけのシンプルな2ボタンのゲームなんだ」
コミュニティの努力とTwitchでの露出によって、数多くのプレイヤーが『キャサリン』を楽しむようになっているという事実は、このゲーム自体の面白さとコミュニティ内のプレイヤーたちの情熱の大きさを表していると言えるだろう。そして、ゲームプレイが進化し、参加するプレイヤーが増えていくにつれ、このゲームはさらに奥深く、さらにスピーディになっている。Dacidbroは「たとえば、CEOtakuの『キャサリン』とEVO 2016の『キャサリン』はまったくの別物だよ。最近もゲームシステムをさらに探ったことで、面白い事実が発見されたしね」と説明している。
そして、シーンが成長を続ける中、Dacidbroは『キャサリン』の未来を非常に前向きに考えている。「嬉しいことに、『キャサリン』はどんどん面白くなっている。味のある複雑なゲームに成長しているんだ」