三菱重工業は31日、経営戦略全般を担う「グローバル本社」機能を東京・丸の内地区に新設すると発表した。現在は東京・品川地区に本社ビルを構えているが、グローバル本社は2018年に竣工予定の大型ビルに入居する。丸の内地区には三菱グループの有力企業の本社が多い。三菱重工が丸の内に本社機能を戻せば、三菱グループの有力企業がそろって経営の中枢を置く「三菱村」が復活する。
■三菱自動車にも余波
グローバル本社機能の移転先は、三菱地所が建設中の複合施設型高機能ビルで、高層階6フロア(約1万8900平方メートル)を借りる予定。現在の本社が入る品川地区の三菱重工ビル(東京・港)や三菱重工横浜ビル(横浜市)も併存させる方針。
一方、三菱重工が保有し、三菱自動車の本社が入居している第一田町ビル(東京・港)は築50年を迎えているため、隣接地権者と共同で大規模の高層ビルを建設する予定。三菱自動車は三菱重工の発表を受け、「本社機能を移転することになるが、現時点で移転先は決まっていない」と説明している。
品川地区には一時、三菱重工、三菱商事、三菱自動車といった三菱グループの有力企業が集まり、「第2の三菱村」とも言われたが、三菱重工の丸の内回帰で「三菱色」は薄まる。一方、丸の内には、三菱商事、三菱東京UFJ銀行、そして三菱重工という三菱グループの「御三家」が再結集することになる。
■三菱商事は2009年に復帰
三菱グループと丸の内地区の関係は、1890年(明治23年)に三菱第2代社長の岩崎弥之助が原野のような土地の払い下げを受けたことがはじまり。それ以降、三菱グループの企業の多くがオフィスを構えたことから、「三菱村」とも言われていた。
ところが、2003年に三菱重工が本社ビルの老朽化などを理由に本社機能を品川に移転。三菱商事も生活産業や機械などの営業部門が品川に移った。三菱地所は長年の入居企業が流出したことから痛手を被ったが、日本を代表するビジネスセンターである丸の内地区の優位性は揺るがなかった。三菱地所が進めたビルの建て替えなどで「街の競争力」も高まった。
三菱商事の場合、丸の内地区に残っていた本社との調整に手間がかかるなどの問題が表面化。2009年に古巣の丸の内地区に再集結していた。
(武類雅典)