「変わり者、はみ出し者、反逆者、問題児、出る杭(くい)、ほかと違う見方をする人に乾杯だ。彼らはルールを好まないし、現状に満足することもない」。米アップルは1997年に流したテレビ広告「シンク・ディファレント」で、異なる考え方をする人をこう称賛した。同じ精神に基づき、欧州連合(EU)の競争政策を担当するベステアー氏に賛辞をささげたい。
■要点簡潔に説明 ジョブズ流発表
欧州委員会のベステアー委員は8月30日、アイルランド政府に対し、アップルに過去10年間認めた税制優遇分130億ユーロ(約1.5兆円)を追徴課税すべきだとの判断を下した。この判断は国際的な租税条約を破棄し、米国の税収を欧州へ移すものだと批判が巻き起こっているが、彼女は意図的に問題を起こそうとしているのではないと主張する。「変更した規則はない。一つもだ」と強く反論、批判に動じる様子はみせなかった。
今回のベステアー氏は、アップルから発表の仕方を学んだかのようだ。同氏が2014年に同社に出した最初の異議告知書は、こまごまとした詳細でいっぱいだった。今回は余計な要素は削り、議論のポイントを整然と簡潔に展開した。アップルを創業した故スティーブ・ジョブズ氏なら、彼女のデンマーク人らしいこの上品な説明を評価したかもしれない。だが、その内容は米国とアイルランド両政府、そしてジョブズ氏の後を継いだティム・クック最高経営責任者(CEO)を激怒させている。
彼女が展開した議論の簡潔さには弱さと強さがある。アップルの追徴課税を巡る議論は、恐らくEU司法裁判所に持ち込まれるが、法廷で彼女の論理が支持されるとは考えにくい。これが弱さだ。ベステアー氏は、30年続いたアップルとアイルランドの取り決めを不当と断じ、移転価格と税法上の居住者という難題をばっさり一刀両断で解いてみせた。だが、こんなに複雑な問題に、このような単純明快な結論を出してしまっていいのだろうか。
法人税は実に複雑な問題だ。例えば知的財産を国外に移し、当事者間で入り組んだ仕組みを構築すれば、ある国での販売実績を別の国の売上高として計上できる。米企業は、米国より税率が低い国に本社を移す租税地転換をすることも可能だ。もし、ある課税の取り決めが優遇面で他を上回ることで特定企業を国家が支援することに該当し、EUの競争法上、違法となるなら、税法が専門の多くの弁護士は職を失うだろう。
だが、こうした法人税の複雑さは個人の納税者にすれば筋が通らないし、およそ正当化できない。この点がベステアー氏の主張の強さだ。アップルは14年にアイルランドで4億ドル納税したというが、ベステアー氏の主張には説得力がある。