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時論公論

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「台風10号の爪痕 守れなかった高齢者施設」(時論公論)

松本 浩司 解説委員 / 村田 英明  解説委員

【リード】
ニュース解説「時論公論」です。北日本を直撃した台風10号は、
岩手県や北海道などに大きな被害をもたらしました。
岩手県ではグループホームが濁流に飲まれ、お年寄り9人が亡くなりました。高齢者の施設が豪雨災害に巻き込まれる被害はこれまでも繰り返され、対策は取られてきたはずですが、被害を防ぐことができませんでした。
今夜は、水害からの避難と高齢者施設の防災対策について、高齢者の問題に詳しい村田委員とお伝えします。

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【台風被害の全体像】
松本)
台風10号は観測史上初めて、太平洋側から東北地方に上陸し、記録的な豪雨をもたらしました。
岩手県で11人が死亡、北海道で3人が行方不明になっていて、このうち岩手県岩泉町(T)では、川が氾濫して高齢者グループホームに濁流が流れ込み、9人が遺体で見つかりました。

【グループホーム被災の経緯】

松本)
被災したグループホームはどのような施設なのでしょうか?

村田)
認知症の症状がある高齢者が職員の見守りや介助を受けながら共同で生活していました。

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これは、施設を上空から撮影したものですが、こちらが、被災したグループホーム。
そのすぐとなりには同じ法人が運営する介護老人保健施設があります。

グループホームは、木造平屋建てで、当時、男女9人の入所者と当直の職員1人がいました。認知症の程度が重い人や車いすを利用している人もいて自力で避難するのが困難な入所者が複数いたと言います。
一方、となりの介護老人保健施設にはおよそ80人の入所者とおよそ20人の職員がいたとみられています。

松本)
被災した時の状況は、どこまでわかったのでしょうか?

村田)
グループホームを運営する法人の理事は、午後5時半ごろから施設の中に濁流が流れ込んで10分余りで水かさが上がり、逃げられない状況になったと話しています。入所者9人のうち8人は建物の中で亡くなり、もう1人は川に流され死亡しているのが見つかりました。当直の職員も川に流されましたが住民に救助されています。
一方、隣接する施設にも濁流が流れ込んだんですが、入所者は職員とともに建物の3階に避難して全員無事でした。

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グループホームの入所者は、非常時には、となりの施設に避難することになっていたといいますが、あっと言う間に水位が上昇して逃げ場を失ったと見られています。
同じような被害を繰り返さないためにも、川のはんらんを想定した施設の避難体制はどうだったのか詳しく調べる必要があると思います。

【出されなかった氾濫の危険情報】

松本)
濁流が流れ込んであっという間に水かさがあがったということですが、隣に高い建物があってのですから、そうなる前に危険を察知して、お年寄りを避難させることはできなかったのか疑問が残ります。
サインがなかったわけではありません。それは雨量と川の水位です。

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岩泉町では午後から急に強くなりはじめ、午後6時までの1時間に62.5ミリの非常に激しい雨が降りました。一日の雨量は8月としては観測史上最も多くなりました。
川の水位は午後4時ごろから急激に上昇し、午後7時には水位が5メートルに達し、川岸の高さを超えました。災害は午後6時前に起きたと見られています。

住民に避難を呼びかけるのは市町村の役割です。岩泉町(T)はどう対応したのでしょうか。

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岩泉町は朝9時に町内全域に避難準備情報を出して、高齢者など避難に時間のかかる人に、あらかじめ避難をしておくよう呼びかけました。
そして午後2時に別の川の流域に、より強い「避難勧告」を出しました。
しかし災害が発生した小本川流域に避難勧告は出していませんでした。
町長はNHKの取材に対して「川の急激な増水は予測できなかった」と話しています。

一方、町に川の情報を提供するのは県の役割です。
岩手県の対応はどうだったのでしょうか。

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防災対策を重点的に進める川を「指定河川」といって県が指定することになっています。指定河川では、町が避難勧告を出す基準となる水位を県があらかじめ定めておいて、それを超えると県は町に連絡をすることになっています。

また「指定河川」流域の高齢者施設に対しては法律で、避難計画の作成などの対策が求められています。

しかし、今回被害の出た小本川は「指定河川」に指定されていませんでした。
岩手県が管理する川は300以上あり、過去に災害の起きた川などから指定を急いでいますが、まだ28河川にとどまっています。

台風が直撃したこの日も、県は、指定河川流域の14の市町村には「避難勧告の基準を超えた」などの連絡をしていましたが、岩泉町には何も連絡していませんでした。

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実は、県は小本川が氾濫した場合の浸水想定図を5年も前に作成していました。
この中では、氾濫が起きた場合、今回の現場では水深が最大5メートルに達すると具体的に予測していました。
しかし作成直後に東日本大震災が起きて地形が変わったことなどから作業はストップ。想定図は岩泉町には手渡されず、それをもとにしたハザードマップは作成されていませんでした。

川の氾濫による災害は、事前に浸水範囲をほぼ正確に予測できるうえ、雨量や水位の変化をリアルタイムで把握できるので、同じ豪雨災害である土砂災害にくらべても行政からの情報提供がしやすい災害です。
小さい河川だったために町も県も手だてを打てなかったことが悔やまれます。さらに詳しい検証が求められると思います。

【繰り返された高齢者施設の被害】

松本)
今回のように風水害で高齢者の施設が被害にあうケースはこれまでにも起きています。国や自治体はどう対応しているのでしょうか?

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村田)
実は国や自治体が高齢者施設の風水害の対策に本格的に取り組み始めたのは最近になってからなんです。
そのきっかけになったのは平成21年に山口県の防府市で起きた豪雨災害です。
山から流れ下った土石流が特別養護老人ホームに流れ込んで入所していた7人が犠牲になりました。
この災害のあと、高齢者施設向けの防災マニュアルを作成して避難訓練などに力を入れる自治体が増えました。
マニュアルでは施設が孤立しないように周辺の住民など地域と連携して避難を行うように求めています。
限られた職員だけでは避難誘導が困難な場合があるからです。
自力で避難できない高齢者を安全な場所までどう避難させるのか、地域ぐるみで避難態勢を考える必要があります。
もう1つ指摘しておきたいのは、今回の被害が規模の小さなグループホームで起きたという点です。認知症の人たちが入所するグループホームは、全国におよそ1万3000か所ほどあって19万人あまりが生活しています。
通常は今回のケースと同じように夜間は職員が1人しかいませんので、外部からの支援がなければ入所者を避難させるのは困難です。

そうした中、みずから対策に乗り出す動きも出ています。

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グループホームの運営者でつくる団体の1つ、全国グループホーム団体連合会は、東日本大震災のあと、施設向けの防災ガイドブックを作りました。
施設が川や海の近くにあるのか、山の近くにあるのか、それによって、どのような災害が起きるおそれがあるのかを確認し、どこへ、どのように避難するのか、あらかじめ決めておいて、自治体が避難を呼びかけていなくても早めに避難するように求めています。

また、施設どうしで協定を結んで災害が起きてない地域の施設の職員が被災した施設の救助に向かうといった取り組みも始めています。

こうした取り組みを自治体も協力して広げていく必要があると今回の被害をみて改めて感じました。

【まとめ】
過去に例のない形で北日本を直撃した台風10号の猛威に対し、今回も高齢者施設を守ることができませんでした。
水害対策、そして高齢者施設の防災対策がまだまだ不十分であることがあらためて示されました。
中小の河川の防災対策や高齢者施設での避難など、突きつけられた課題に真剣に向き合うことが求められていると思います。

(松本 浩司 解説委員 / 村田 英明 解説委員)

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