世界初のフルデジタルOVA『青の6号』を生み出した前田真宏が語るアニメの進化と未来

2016.08.21 12:15

映画『シン・ゴジラ』と『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に共に関わっているアニメーション監督の前田真宏氏。実は、前田氏は世界初のフルデジタルOVAである『青の6号』を手掛け、映画『MATRIX』のスピンオフアニメ作品『ANIMATRIX』、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の監督の一人であるなど、最先端のアニメーション映像を送り出し続けている。その一方で、前田氏は「日本アニメ(ーター)見本市」では、一切CGを使用しない手描きによるアニメーション作品も手がけているという。そんな前田氏にアニメの進化と未来についてお話を伺った。

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■世界初のフルデジタルOVA『青の6号』

--前田さんは世界初のフルデジタルOVA『青の6号』(1998年)を手がけられておられますが、そこへ至った経緯はどのようなものだったのでしょうか?

前田:
当時、すごくゲームが勃興期で最初のPlayStationがでた頃でした。アニメーターとかもそっちの業界に鞍替えした人がたくさんいたんですね。一番有名なのでは、小田部(羊一)さんという日本アニメーションで『ハイジ』や『母をたずねて三千里』を手がけていた方が任天堂に行ってしまわれたりとか。僕の知り合いでもけっこうゲーム業界に行ってしまう人がたくさんいて、そういう仕事をされるようになったんですね。
一番決定的だったのは『マクロス(『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』)』というアニメのゲームをやったんですよ。アニメーションの監修に板野一郎さん(※マクロスシリーズなどの立体的超高速戦闘アクション、通称「板野サーカス」で有名なアニメーター)にも入っていただいて、これが格好いい感じにできて、基本的には『青の6号』のコンセプトはここである程度できてるんです。
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©1998 小澤さとる/バンダイビジュアル・EMIミュージックジャパン

--ということは、この時点でセル画と3DCGを一緒にまぜるという......

前田:
そうです。カットで割るにせよ、合成するにせよ方法論に落とし込めるんじゃないかというのがなんとなく見えて、これで長編も作れたら面白いんじゃないかという話になって、そこから『青の6号』という企画が浮上してきて、1本30分ぐらいの尺は短いですけど全部デジタルプロセスだけで作ったんです。

--当時、見たときは3DCGとセルアニメが一緒にあると違和感を感じたのですが、再見すると、全然普通に見られて面白かったです。見ているとあっという間に慣れてくるというか......

前田:
(違和感について)散々言われました。当時のスタッフのデジタルの人たちは、みんな結構経歴が面白くて秘書をやっていましたという人や、メインでCGをやってくれたのが鈴木朗さんという方で、もともとは実写で特殊メイクをされていた方。ガレージキットの原型師とか、いろんな雑多な職種から人を集めてチームを作ったんですけど、そういうチームですから逆に言うと本当に右も左も分からないというトコロからの出発で、だから1話ができるまでの助走にすごく時間がかかっています。2話ができて3話ができてだんだんやることがはっきりしてくる。これが問題点だったねっていうのをある程度現場でカバーしながら良くしていったっていうのがあり、見ていて慣れるというのはそういうことかなと思います。
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©1998 小澤さとる/バンダイビジュアル・EMIミュージックジャパン

--今、3DCGが当たり前になってくると昔ほど違和感はないとも思ったのですが。

前田:
最初はすごい気持ち悪いとか、ラッシュを見てコレはホントに商品になるの?という空気はすごいあったんですけど(笑)、僕は強引に「いや、人間の方が柔軟だから、人間の方がすぐ慣れるから」って特に根拠のない話をしていました(笑)。

--やっぱり反響っていうのは結構大きかったのではないですか?

前田:
「なんだこれは!」って、批判もいっぱいされましたけれど、逆に面白いって言ってくれる人もいて、無理してやって良かったなって思いましたね。

■ANIMATRIX

--その『青の6号』の後に『ANIMATRIX』を手がけられたかと思うのですが、これはどういう経緯になるのでしょうか? 当時Webでも一部が公開されていましたね。

前田:
STUDIO 4℃が中心になって作った作品なんですけど、『ANIMATRIX』は基本的には本編の『MATRIX』のシリーズの広告予算の中で作られてるんですね。Webでやりながらも小屋(映画館)でもかけられるようにしようという、宣伝の一部だけど作品としてもちゃんとしたものにしたいというウォシャウスキー兄弟(※当時。現在共に性転換し、ウォシャウスキー姉妹となっている)の意向があって、日本のアニメ監督でオモロイ人は誰だ?というリストの中に入れてもらっていたみたいです。
当時4℃の中で仕事をしていたマイクさんというプロデューサーがいて、もともとはグラフィックソフトのエンジニアで、レンダーマシンを自分で設計したりするような人で、アニメがすごい好きで日本に来て仕事をしていた変わった方で、マイケル・アリアスっていう『鉄コン筋クリート』の監督の。
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--マイケル・アリアスさん! エンドロールに名前があったと思っていました。

前田:
マイクさんは結構キーマンなんですよ。ウォシャウスキー兄弟のスタジオのEONと4℃を繋ぐようなパイプみたいな役を果たしていて、翻訳の人より全然有能で、彼が繋いでくれて4℃の社長さんから「前田さんこういう話来ているけど興味ある?」って言われて、「もちろんあります!」って感じだったんです。

--この『ANIMATRIX』の時点でCGが完全にセル画調になっていて、画面としてはだいぶ統一感がある感じになっていますね。

前田:
マイクさんが作ったレンダリングマシンがなかなか優れもので、アニメっぽい主線を出す今主流になっているもので、ものは3Dで作ってあるんですけど、主線、輪郭線がちゃんと出てしかもそれがセルと合わせてそんなに違和感がなく存在している。今は普通にテレビでも見られますけど、当時は結構いいなと思っていて。

--ということは、この技術を確立したのって、マイケル・アリアスさんなんですか?

前田:
そうじゃないですかねぇ。たぶん、ほぼパイオニアと言っていい時期なんじゃないかとは思います。
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--『ANIMATRIX』でセルシェードの3DCGが使えるようになり、やはりできることが広がったりとかはあったのでしょうか?

前田:
やっぱり一長一短あると思うんですよ。『青6』の時は、主線のない3DCGをバーンと入れていたんですけど、背景は違うじゃんって話をいつもしていたんですね。ディズニーを見ろと。後ろはコッテリとした油画調の重たーい背景なんですけど、全く影のないつるんとした異様な絵がパンって載せてあるじゃないですか。で、美しいって思うじゃないですか。

--もう子どもの頃から見ているので慣れなのかどうなのかわからないですよね。

前田:
あれはなんとなくこういう様式だって認識しているだけで、CGIも動くBOOK(※アニメ用語でキャラクターのセル画の前に来る樹木などの背景のような絵のこと)だと思えば良い。カメラで回りこめるBOOKなんだって話をしていました。そういう意味でいうと、主線が出てトゥーンシェードが確立するのはもうちょっと先の話ですね。ロボットとかには使っていましたが、むしろ正確に形が動くことによるシズル感とか、手描きでは到底到達できない物量のものがブワァーって動いたり、それを正確にレンダリングする力がコンピューターにある。それを人間がやれば1カットに半年かかってもおかしくないような絵であっても使える。逆に人間が描くのは、人間は不完全だから作るものも不完全じゃないですか。不完全なところにこそ温かみや味が入ってくるので、それはそれでイイじゃない両方いいとこ取りすればイイじゃないっていうのがずーっと言っていたところなのです。

--なかなか両方良いと言う人は結構少ないかなと、自分は思うのですが。

前田:
当時はねぇ、「どっちかにしろよ」ってよく言われましたけど。僕はどっちも好きな人間なんで。

■現在〜未来のアニメーション

--現在のアニメ、特に前田さんも関わっているヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズなどを見ていると、どこまでがCGなのか?どこまでが手描きなのか? 他にもエフェクトや合成など、もうすごいところまで来ているなと思うのですが、前田さんはどう思われているのでしょうか?

前田:
最初 "そのうち目が慣れるよ" とか言っていたんですけど、最近の技術的な展開って、ホントに素晴らしいですよね。今はセルルックをやりたいかなっていう気分に帰ってきている感じですね。セルルックというかもうちょっと手描きの味を押し出す方法がないのかなってことですかね。多分いま培われている答えみたいなもの、業界全体のいろんな人が工夫をしてやり方や落とし所が見えてきて、やっぱりそれはセルルックに対する愛着みたいなものが結構大きいと思うんですよ。コレをじゃあセルで表現したらどうなる?と一つのレファレンスとして想定されうると。それが、これどう表現したらいいの?というのをみんな担保してくれている、保険になってくれている。僕も逆にいろいろかき混ぜたり変なことしてきましたけど、セルルックのフォーマットが、やっぱりこれは見やすいなって。「○○だと思ってみてください」というマンガの世界っていうんですかね。

--頭の中の世界がなんとなく理解しやすい形になるのが、そうしたセルルックなのでしょうか?

前田:
そうですね。整頓された絵面。だからそれでもうちょっと頑張りたい、もう少しそっちに行きたいという気持ちがあるのと、プラスさらにその先に、日本アニメ(ーター)見本市でやった『西荻窪駅徒歩20分2LDK敷礼2ヶ月ペット不可』(※以下、『西荻窪』)なんかはそうですけど、デジタルプロセスですけど敢えて手で描いたような温かみみたいなものをどうやってそれに獲得していくのかということを実験的にやっているわけです。

--この『西荻窪』では、通常は3DCGを使うようなところも全部手描きなんですよね。

前田:
そうですね、オール手描きですね。ガイドもないんです。(※現在のアニメ制作では形状や空間の把握が難しいものは3DCGで作ったガイドを元に作画を行ったりもします。)
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©nihon animator mihonichi LLP.

--逆に普通に作ろうと思ったら『西荻窪』でやられたことは今だとやはり3DCGでほとんどやるということになるのでしょうか?

前田:
じゃないですかね。その方が早い気がします。あと上がりの確実さということで言えば、3Dでやるかもしれないですね。

--そういった3Dを使うということは今のアニメでは当たり前になっているということなのでしょうか?

前田:
実写の映画もそうですけど、どうしても日本の場合だと攻めて使うというよりも、ローコスト化や省力化もしくは短時間で作るという方に行ってしまいがちなので、良し悪しかなと思ったりもするんですけど。それがある部分、表現の底上げの一助になっているのであればそれはそれでいいことだなと思うので、どんどん使ったら良いんじゃないって思っていて、僕はあまり「〜でなくてはならない」というのは考えたくない方なので、今できることは何?ってみんな考えた方が良いんじゃないかなと思います。
ただ、やっぱり手描きの "背景動画" って僕らは言うんですけど、いわゆるカメラが入っていく感じを背景もアニメーターが描くわけですね。背景がにゅーっと"ゆがみ"ながら動画で動いてく気持ち良さ。それはやっぱり僕らが「アニメ大好き!」と思って飛び込んだ80年代、90年代を考えてみると、ある意味一つの日本のアニメの華だなと思っています。
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©nihon animator mihonichi LLP.

--当時だと背景動画のシーンが来たら、「うわー、キター!」って思うんですけど、逆に今だと「あれ?3D?」って思うこともあります。

前田:
そうですね、3Dだと綺麗に出来て当然というか。まあでも3Dを使ってるけど「味」っていう世界にきっとこれから入っていくと思いますし、湯浅さん(※湯浅政明。アニメーション監督。『クレヨンしんちゃん』の作画監督や監督作の映画『マインド・ゲーム』で知られる。)は結構それを意識して作られてますよね。『ピンポン』(『ピンポン THE ANIMATION』)は明らかに3Dを使いながらもちゃんと「味」というものを意識して作っていたので、きっとこれからもいろんな答えを求めて、いろんな人がいろんなことをしていくんだろうなって気はして、ワクワクしています。

--『西荻窪』は、最初に全て手描きありきで始まったものなんでしょうか?

前田:
一緒に監督をやってくれた本田雄くん(※ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズで作画監督を務めている。)というスーパーアニメーターが一緒にやってくれるというので、「それじゃあ、もうコッチだな!」と。
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©nihon animator mihonichi LLP.

--デジタルに対する対抗心みたいなものはあったりするんでしょうか?

前田:
そういうものは全くないですね。結局、デジタルツールで作ってますから。

--逆にデジタルツールを使うことによって、出来るようになったということは。

前田:
あります、あります。背動(※背景動画)のシーンとかもそうですけど、すごく撮影さんが苦労して貼ってくれたんです。巨人がドスーンドスーンと歩いてきてキャメラが動いているんですけど、単なるキャメラの動きだけじゃないんですね。背景も動いているんです。後ろに見えている景色が線画で動いてるんです。それにちゃんと水彩で描いた絵が一枚用意されてるんですけど、それをいっぺんバラバラに分解して、パースに合わせて変形させてくれているんです。組み立て直しているんです。そういうことは、やっぱりデジタルツールじゃないと、キレイには作れないし。だから、なんとなく違和感なく見逃しちゃいますけど、随所にそういう手間を掛けているところがあって、そこに引っ掛からなければ成功ということですね。

--やはり、テクノロジーの進化によってそういうことが出来るようになって、これからもっとこういうアナログ的なものが実はデジタルで作られているような時代になってきたら面白いと思ったりします。

前田:
きっとなると思います。

この後、前田さんは人工知能が描いた「レンブラントの新作」についても言及され、「アートの世界でのはまだ模倣の範疇内だが、あっという間に飛び越えられるかもしれない。哲学、考え方という部分までコンピューターが覚え出したら、どんな抽象的な方向へ向かうのか?すごく興味があって、ワクワクしている」とおっしゃられていた。
手で描くことにこだわりを持ちつつも、最新のテクノロジーも同等に取り入れる稀有なクリエイターの姿がそこにはあった。

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【プロフィール】
前田 真宏(まえだ まひろ)/1963年生まれ。アニメーション監督。株式会社カラー所属。東京造形大学在学中より『風の谷のナウシカ』『超時空要塞 マクロス』などの作品にアニメーターとして参加。その後スタジオジブリ、GAINAXを経て92年有志と共にアニメーションスタジオGONZOを設立。98年OVA作品『青の6号』で監督デビュー。代表作は『ANIMATRIX The Second Renaissance 1&2』、『巌窟王』、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』など。
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』ではコンセプトデザインとして参加。短編シリーズ『アニメ(ーター)見本市』にて『西荻窪駅徒歩20分2LDK敷礼2ヶ月ペット不可』、『Kanón』、『ハンマーヘッド』の監督を務める。庵野秀明が脚本・総監督を務める実写映画『シン・ゴジラ』(全国東宝系公開中)ではゴジライメージデザインで参加している。

庵野秀明率いるカラーと、ドワンゴが共同で企画した日本アニメ(ーター)見本市。その映像の魅力や舞台裏を詰め込んだビジュアルブックシリーズの第1弾として、【日本アニメ(ーター)見本市資料集Vol.0】「西荻窪駅徒歩20分2LDK敷礼2ヶ月ペット不可 のぱらぱら本」【日本アニメ(ーター)見本市資料集Vol.1】「西荻窪駅徒歩20分2LDK敷礼2ヶ月ペット不可 のいろいろ詰まった本」2冊の書籍が絶賛発売中。
Vol.1では、その職人技をじっくり見ることが出来るよう、制作工程であるレイアウト・背景美術・原画など、貴重な資料が満載されている。また、Vol.0は本田雄の原画を1カット分全て掲載し、めくって楽しめる「ぱらぱら本」になっている。裏面は完成画面を「ぱらぱら」できる仕様になっており、「絵が動く」というアニメーションの醍醐味が味わえる。
資料集の発売を記念して8月22日まで「西荻窪駅徒歩20分2LDK敷礼2ヶ月ペット不可」が再配信されている。

・『青の6号 BD-BOX』
・販売元:バンダイビジュアル
・©1998 小澤さとる/バンダイビジュアル・EMIミュージックジャパン

『アニマトリックス』
ブルーレイ ¥2,381+税/DVD特別版 ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
ANIMATRIX is a registered trademark of Zone Vision Enterprises Limited in the European Economic Union. All rights reserved.

ライター:サイトウタカシ

TV番組リサーチ会社を経て、現在フリーランスのリサーチャー&ライター。映画・アニメとものすごくうるさい音楽とものすごく静かな音楽が好き。
WEBSITE : suburbangraphics.jp

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