ブチオは、白地に茶色いブチのある雑種の犬です。
子犬のとき、街はずれの神社の境内で段ボールに入って捨てられていたのを、クリーニング屋のおじさんに拾われました。
ブチオの日課は、毎朝まだシャッターの空いていない商店街をパトロールすることです。ブチオは、のろまなおじさんをグイグイ引っ張って歩き、不審者がいると大声で吠えてご近所に警戒を呼びかけます。
今日もブチオがおじさんを連れてのしのし見回っていると、タバコ屋のコタロウに会いました。
「うっす!ブチオさん、おはようございます!」とコタロウがあいさつします。
捨て犬だった武勇伝と、どっしりした体格、面倒見の良さから、ブチオは商店街で暮らす犬たちから尊敬され、いつの間にか親分的存在になっていました。
「おう、コタロウ。今日は坊ちゃんと一緒なんだな。おばあさんはどうした?」
「うっす!ぎっくり腰で、入院してるっす!」
「そうか、気の毒に。大事にするよう、おばあさんに伝えてくれ」
「うっす!ブチオさん、ありがとうございます!わんわん!」
商店街から少し横道に入ると、広場にベンチがあるだけの公園があります。ここで、おじさんが太極拳をする間、ブチオは日向ぼっこをしながら待ちます。
そこへ、見慣れない犬がやってきました。小柄で、毛は白っぽくて長く、先がカールし、耳には青いリボン、ヒラヒラした服を着ています。
ブチオは、犬が服を着ているのを初めて見ました。そして、その犬にすっかり一目ぼれしてしまいます。
連れているのは小学生ぐらいの女の子です。長い髪の毛を二つ結びにして、犬とお揃いの青いリボンを付けていました。女の子は、犬をブチオから少し離れたところにつなぐと、何やらヘッドホンを付けてダンスの練習を始めました。
「やあ、おはよう。見かけない顔だね」ブチオは、ドキドキして知らない犬に話しかけました。
すると、その犬はツーンとすましてこう言いました。
「失礼ね。自分から名乗るのがマナーじゃなくて?」
「わるい、わるい。オレはブチオっていうんだ。きみの名前は?」
「私はジョセフィーヌ」
「ヘヘッ、ジョセフィーヌちゃんね。どこから来たんだい?」
「北海道から引っ越してきたの」
「へえ~。ジョセフィーヌちゃんは、何で犬なのに服なんか着てるんだい?暑くない?」
「まあ!バカにしてるの?おしゃれのつもりだったのに・・・わーん」
ブチオが仲良くなろうと話しかけるたび、ジョセフィーヌちゃんはどんどんご機嫌斜めになってしまいます。
次の日も、ブチオは公園でジョセフィーヌちゃんに会って話しかけますが、ジョセフィーヌちゃんはツンツンしたまま。
「ねえ、ジョセフィーヌちゃん、どうしたら仲良くしてくれるんだい?」
「わたしと仲良くしたいの? そうねえ、だったら証拠を見せて」
「証拠って何?」
「仲良くしたい証拠よ。たとえばテニスのボールとか」
「おう、まかせろ!テニスのボールだな」
帰り道、ブチオはおじさんをグイグイ引っ張りながら町中を大捜索し、テニスのボールを見つけました。側溝の中に落ちていました。
次の日、ブチオはジョセフィーヌちゃんにテニスのボールをプレゼントしました。
「ジョセフィーヌちゃん、はい。テニスのボールだよ」
「ふうん。なんか、汚いボールね。やっぱりいらない」
「そんなあ。じゃあ、どうしたらいいんだい?」
「そうねえ・・・」
ジョセフィーヌちゃんの欲しいものは、毎日変わりました。スリッパ、くじゃくの羽、チーズ、スーパーボール、ソフトボール、鍵盤ハーモニカのチューブ、などなど。
そのたびに、ブチオはおじさんを連れまわし、子分を総動員してプレゼントを探し当て、ジョセフィーヌちゃんのところに持っていきました。
でも、いつも「やっぱりいらない」と突き返されてしまいます。
ブチオは考えました。「そうだ、欲しいものより、もっと素晴らしいプレゼントを持っていこう」
そして、その日はクリーニング屋を抜け出して海に貝殻を探しに出かけました。白いきれいな貝殻を持っていったら、きっとジョセフィーヌちゃんは喜んでくれるでしょう。
浜辺に着いたブチオは、貝殻を物色します。ふと、波打ち際に何かキラキラしたものを発見しました。あれは、何でしょうか?
近づいてみると、もっと海の中の方にやっぱりキラキラしたのが見えます。ブチオは、ジャボンと飛び込んでキラキラを追いかけました。近寄ると、遠くに逃げてしまいます。
夢中で追いかけているうちに、すっかり沖に出てしまいました。見渡す限り、360°海が広がっています。だんだん太陽も傾いて、水が冷たくなってきました。
ブチオが犬かきしながら途方に暮れていると、イルカが現れました。
「やあ、キミは犬だね。こんなところでどうしたの?」
「こんにちは、オレ、ブチオ。なんかキラキラしたやつを追いかけて来たんだけど、見失って迷子になっちまったんだ」
「そうなんだー、よかったら今日はボクたちの家においでよ。岸まで泳ぐと暗くなるからさ。明日になったらキラキラも一緒に探してあげるよ」
「そいつはありがてえ!世話になるぜ、イルカさん」
ブチオはイルカの背中に乗って、海の中のイルカの家に連れて行ってもらいました。お夕飯は魚ばかりでしたが、とても豪勢でした。
イルカの兄弟たちはみんな陽気なやつらで、ブチオも一緒に水中キャッチボールや水中鬼ごっこをして遊びました。
次の日は、水中だるまさんがころんだ、水中かくれんぼをしてあそび、海の幸たっぷりのごちそうをいただきました。
また次の日も、めいいっぱい遊んで、たらふくごちそうを食べて、楽しく暮らしました。
イルカの家で月日は流れます。1年が経ち、2年経ち、3年が過ぎました。
あるときブチオはボーッと海中に差し込む光を眺めていました。そこへ、ゆらゆらと白くて足の長い大きなクラゲが泳いできます。
それは、優雅で、毛が長くて・・・
ブチオは、ハッと思い出しました。
「あーっ!ジョセフィーヌちゃん!忘れてた!」
イルカの兄貴を呼び出して、事情をもう一度説明します。
「ゴメンゴメン、そうだったっけ? ようし、みんなでキラキラを探すぞ~」
イルカの弟たちは、ワーっとに散り散りになってキラキラを探しに行きました。そうして、あっという間にキラキラしたお宝が集まります。
透明な空きびん、虹色の貝殻、極彩色のルアーなどなど。これならジョセフィーヌちゃんも満足するでしょう。
「イルカのみんな、ありがとう。この恩は忘れないよ」
「水くさいなあ、3年も家族同然に遊んだ仲じゃないか」
ブチオは最初に来たときと同じように、イルカの兄貴の背中に乗って浜まで送ってもらいました。
「じゃあな!兄貴、また遊びに来るよ」
「また遊ぼうねー!」
町の様子は、ほとんど変わっていませんでした。クリーニング屋に戻ると、おじさんはそんなに驚く様子もなく、
「このバカ犬、どこをほっつき歩いてたんだ? 首輪まで無くして。保健所に連れていかれてシメられるぞ」
と言い、取り急ぎ古いネクタイを首輪の代わりにかけました。ブチオは、久しぶりの我が家で夢も見ずにぐっすり眠りました。
次の日、公園に行くとジョセフィーヌちゃんがいました。
「よかった、おそくなったけど、プレゼントをたくさん持ってきたよ」
ブチオは、イルカからもらった数々のお宝をジョセフィーヌちゃんに見せました。
「わあ、素敵!一晩で、いったいどうやって探してきたの?私のために、ありがとう!」
海の中で3年も経っていましたが、陸の世界ではたった一日のことだったのです。
それからジョセフィーヌちゃんは機嫌を直してくれ、2匹はいつまでも、毎朝公園で一緒にボール遊びをしました。おじさんは太極拳をして、女の子はダンスの練習をしました。
おしまい。