金閣寺に幻の七重大塔あった 京都市埋文研調査、相輪出土
京都市北区の金閣寺(鹿苑寺)での発掘調査で、室町時代に足利義満が北山殿に建立した七重塔「北山大塔」の頂部分を飾る「相輪」とみられる破片が見つかったと8日、京都市埋蔵文化財研究所が発表した。文献には登場するが、詳細は分からず、“幻の塔”と言われた実像に迫る成果で、東寺百合文書(ひゃくごうもんじょ)からも新たな記述が見つかり、文献上でも裏付けられた。国内で最も高かった相国寺(上京区)の七重塔(約109メートル)のような巨大な塔が北山文化を彩っていた可能性が濃厚になった。
見つかった破片は幅37・4センチ、高さ24・6センチ、厚さ1・5センチ。塔の頂点を飾る九輪の一つで、復元すると直径2・4メートルもある巨大な輪だと推定できた。材質は青銅で、表面には金めっきを施してあり、きらびやかな金銅製だった。
義満の命で相国寺の七重塔が1399年に完成し、1403年に焼失。その翌年に現在の金閣寺にあたる北山殿で七重塔の「立柱の儀」(起工式)が行われたが、義満の死後、1416年の落雷で焼失したとの記録が残る。今回の発掘成果を受けて研究者が調査した東寺百合文書からは、起工式の半年前にさかのぼる記録も見つかった。具体的な起工準備の状況が記され、発掘と文献との両面から塔が実存した可能性が高まった。
破片は金閣寺第1駐車場西側で発見されたが、塔がどこに建っていたのかはまだ確認できていない。市埋文研は「相輪の規模から推測すると日本最大の相国寺の塔に匹敵すると考えられ、義満の権力の大きさを示す」とみている。
■貴重な手がかり得た
冨島義幸京都大准教授(日本建築史) 北山大塔の破片と断定するにはさらなる調査・研究が必要だ。相輪からは塔の高さは分からず、相国寺の塔と同規模かは不明だが、幻の大塔に迫る貴重な手掛かりを得た成果であり、評価できる。今後、さらなる建築部材や大塔の基壇が発見されることに期待したい。
■資料として保存
有馬頼底鹿苑寺住職 出土した相輪の一部は貴重な史料であろうと思われる。創建当時の史料として保存しておきたい。
【 2016年07月09日 08時34分 】