2016年7月9日05時00分
バングラデシュ・ダッカの襲撃テロで、政府は当初、犠牲となった日本人7人の名前の公表を見送り、報道機関が先行して報じることになった。海外で亡くなった人の名前の公表のあり方はどうあるべきか。専門家らは「再発防止のためにも、被害者が誰かを速やかに公表することが不可欠だ」と指摘する。
事件から丸一日が過ぎた2日深夜。首相官邸で開かれた記者会見で菅義偉官房長官は、日本人7人の死亡を明らかにする一方、「家族の了解をいただいていないのでコメントは控えさせていただきます」と述べ、氏名の公表を見送った。
国際協力機構(JICA)や現地に派遣したコンサルタント会社の口も重く、JICAの北岡伸一理事長は官房長官会見に先立つ2日夜、「政府が言うなということは言えない」と記者会見で述べた。
こうしたなか、各報道機関は発生時から独自取材を進めた。ある遺族は2日夜、朝日新聞の取材に犠牲者への思いを語り、フェイスブックに掲載された写真の確認に応じた。3日までに主要紙はすべて、独自取材で7人全員の名前を報道。一方、ネットには「実名報道が社会的にどんなメリットがあるのか理解できない」などとする意見が登場した。
最終的に政府が氏名を公表したのは、現地から遺体と遺族が戻った5日午前。萩生田光一官房副長官はその判断の理由を「ご家族がご遺体を確認され、帰国されたことから、政府の責任のもとで氏名を公表することにした」と説明した。
一方、今回のテロで9人が亡くなったイタリアでは外務省が日本時間の2日深夜に名前をホームページに公表した。伊外務省によると、不確実な情報が流れないよう、外務省側が遺族に事前に伝えた上で公表したという。
■「外部の検証妨げる」・公表望まぬ遺族も
亡くなった人々の名前の公表のあり方は、これまでも議論になってきた。
2013年のアルジェリア人質事件では、犠牲となったプラント建設会社「日揮(にっき)」の社員らの名前を政府が公表したのは、身元確認の4日後に遺体が帰国してから。政府は当時、公表を控えた理由について「日揮が(被害者側の意向を考慮し)、公表しないでほしいということだった」と説明した。
亡くなった愛知県豊橋市の内藤文司郎さん(当時44)の弟・二郎さん(44)は事件直後、派遣元から取材に応じないよう要請があったと明かす。だが、「兄は誇りを持って働いていた。名前を伏せる理由はない」と取材に応じた。ダッカの事件を受けて、「政府だけが情報を抱え、公表するタイミングを決めていては、外部の目による検証を妨げるリスクがある」と話す。
昨年9月、茨城県常総市で起きた水害事故では、行政側が行方不明となった可能性のある人々の名前を公表せず、結果的に安否確認に手間取り混乱した。
一方で直後の公表を望まない遺族もいる。全国犯罪被害者の会顧問弁護団の白井孝一弁護士は「重大事件だからといって即座に公表すべきでない。事件直後はほとんどの遺族が混乱している。遺族にしっかり説明し、了解を得てから公表すべきだ」と話す。
(西本秀、貞国聖子)
■氏名の報道、思い共有に不可欠
中村史郎・朝日新聞ゼネラルエディター 報道機関が、事件や事故を報じるのは、社会を脅かす危険について情報を共有し、同様の悲劇を繰り返さないための方策を探るためです。バングラデシュの人々の力になりたい、そんな思いを抱いて海を渡った人たちがどんな人たちだったのか。人格の象徴である氏名や人となりなどを知ることで、志半ばで理不尽なテロによって命を落とした7人の無念さを社会が共有し、再発防止策、安全対策を探ることができると考えます。
■隠すことで混乱招く
田島泰彦・上智大教授(メディア法)の話 今回のテロは海外展開する企業や渡航者にとって関心が高い公共的ニュース。再発を防ぐためにも、被害者の業務内容や職務経験、安全対策などの検証が不可欠だ。当初、名前や会社名などを公表しなかった政府の対応は、過剰反応だろう。隠した結果、逆にメディア側は取材や確認作業に追われ、遺族や関係者側の不満を招いてしまったように見える。政府側は混乱を避けるためにも必要な情報を速やかに公開し、メディア側は遺族感情に配慮した取材姿勢を工夫すべきだろう。
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Media Times(メディアタイムズ)
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