「テーマをいつも忘れてしまう病」への処方箋 (2)(第一類医薬品)

公開日: スタンダード, 初心者, 理論, 練習  

少し前に「テーマをいつも忘れてしまう病」への処方箋(普通のおくすり)という記事を書いたのですが、この件、興味のある方が多いようなので別の角度から続編を書いてみたいと思います。

前回の記事では、「テーマのメロディをコードフォームの近くで弾く」というアプローチについて書いてみました。メロディとコードフォーム、コードトーンの位置関係を意識することによって、頭の中で鳴っているメロディを間違えずに再現していく、という発想です。

それは「コーダル」(コード的)な発想と言っていいと思いますが、「スケーラー(スケール的)」または「インターバル的」とでも呼べそうな発想もあります。今回はこれについて書いてみます。

例えば、前回の記事で例に挙げた”All of Me”は、C Majorの曲です。曲の最初の2小節のコードはC6(またはCΔ7)です。この時、普通に考えるとまずC Ionian (C Major Scale)が使えます。例えばこういうポジションで弾けます(譜例は全てクリックで拡大します)。

C Ionian Scale

普通のメジャースケールです。これを弾けない人はあまりいないと思いますが、下のような音型はどうでしょうか。音を1つ飛ばした3度、2つ飛ばした4度、3つ飛ばした5度、そして6度・7度・8度まで行ってみます。6度と7度は上行下降の順番を変えています(こういうバリエーションはたくさん用意して練習すると良いと思います)。

Diatonic Intervals in C Ionian

これは「あるスケール内の様々なダイアトニック・インターバルを弾く」練習です。これをきちんとできるようになると、頭の中できちんと鳴っているはずのメロディーなら、指板上で間違えずに再生しやすくなります。というのも、メロディというのは「インターバルの集まり」と言えるからです(リズムの話はここでは省略)。

“All of Me” の冒頭3音は、実音Cからスタートして、C Ionianの中でダイアトニックに4度下ります。その音は実音Gで、そこからまたダイアトニックに3度下がります。

All of Me, first 3 notes

つまり、任意のポジション内で上に書いたようなインターバルをいつでも、指を見ないレベルで、確実に弾けるようになっていれば、頭の中で正確に鳴っているメロディなら、まず弾けます(※後述しますが、転調が発生しない限り)。半音の経過音等も、間違えずに弾けるようになると思います。

脱線ですが、インターバル練習には良い副作用があって、やればやるほど曲のメロディ、ソロが「インターバルの集まり」として聴こえてきます。「あっ4度だ」とか「あっ7度上がって、ダイアトニックに下ってきた」とかわかるようになります。聴き取れるようになる。指板上で再現できる。さらにテクニックも向上する。という、すごく良い練習です。

スケールをドレミファソラシド…ドシラソファミレド、と単純に上昇下降する練習を2年も3年も続けて1mmもうまくならないと思いますが、インターバルの練習は真面目に取り組むと短期間で劇的にうまくなると思います。やってみたのことのない方には、おすすめです。4度以上になると根気が要りますが、得るものは大きいと思います。

練習例として、3度を練習する際のパターンの一例を挙げておきます。各パターンはポジション内の最高音・最低音まで上昇下降させます。こうした様々なパターンを、他のインターバルでも練習しておくと良いことがあります。運指が難しいパターンや、気に入ったパターンは重点的に特訓。1日で弾けなくても、毎日やってよく眠れば、数日から数週間でスラスラと弾けるようになります。継続が大事。

Exercise in 3rd

ちなみに上のポジションのC Ionianはフィンガー・ストレッチが発生しない最も楽なものです。可能な限り多くの他のポジションでも弾けるように練習するのがおすすめです。でも最初は1つのポジションでもいいので全てのインターバルを極めるのが良いと思います。

さて、こんなふうにして、あるポジション内で、C Ionianの様々なインターバルを縦横無尽に弾けるようになったとします(とりあえず8度までで良いと思います。というのもメロディーは多くの場合1オクターブ内に収まるからです)。なら “All of Me” のメロディをC Ionianで全部弾けるのかというと、……3小節目のE7で「困った!」ということになります。

3〜4小節目のE7の場合、C Ionianではなく、E Hmp↓5 (A Harmonic Minor)というスケールで考えます(※この記事では)。4〜5小節目のA7も、C Ionianではなく、ここではA Hmp↓5 (D Harmonic Minor)と考えます。

練習としては、E Hmp↓5や、A Hmp↓5を、あるポジション内で弾けるようにすること。その中の各種インターバルを上のC Ionianでやったように弾けるようにしておきます。下はE Hmp↓5の例。このポジション内で弾ける最低音からスタート。インターバルのパターンを可能な限り練習しておきます。

E Harmonic Minor Perfect 5th below

3rd and 4th in E hmp5

するとどうでしょう。3小節目のメロディにある実音G#は、E Hmp↓5というスケール内のダイアトニックな音だということがわかります。5小説目のA7にある実音D#は、次の実音Eに対するアプローチ・ノートですが、実音BbはA Hmp↓5内のダイアトニック音です。

ここでいきなり曲の最後に飛びます。Dm7-G7-C6というツーファイブ進行になっています。ここのメロディは全て、C Ionianで弾けます。1小節ごとに「各コード」を意識せずとも、1つのスケールだけを意識して、その中のインターバルを感じ取りながら、頭の中で鳴っている “Why not take all of me…” のメロディをギター上で再生します。

このアプローチは、コードというよりもスケール、インターバル、トーナル・センターに比重を置いたものです。この方法の大きいメリットは、テーマ・メロディとアドリブ・ソロの関係がよりシームレスなものとして見えてくることでしょうか。テーマ・メロディをフェイク・修飾する際も、コード・トーンへのクロマチック・アプローチを越えて、より多くの音を付加できたりします。

現在のトーナル・センター(いまメロディが存在している調性)を感じ取り、インターバルを聴き取り、それを指で辿っていく。事前に様々なインターバルを可能な限り多くのポジションで練習しておけば、「考えるな、感じるんだ」というあの世界に近付いて行けます。

コード・フォーム、コード・トーンをより強く意識したアプローチと、このアプローチはどちらが良いかという話では多分なくて、両方ともやっておいたほうが良いと思います(コードについては、覚えなければ一切弾けないのですし)。

しかし今回のこのインターバリックなアプローチに問題点があるとしたら、入門段階のギタリストには着手が難しいかもしれない、ということです。何が難しいかというと、例えば「”All of Me” の3小節目でE Hmp↓5を選ぶ」という発想を理解するには、ある程度の「理論の理解」が必要だからです(アナリーゼ、楽曲分析ができることが前提となります)。

「本当はAmに着地するE7。その着地先がA7という新たなドミナントに姿を変え、Dm7に着地する。メロディのこの音使いからすると、バックグラウンドにあるのはハーモニック・マイナーなんだろう」というような理解がないと、何のキーの何のスケールを選択したら良いかわからない(そして選択肢が複数あったりも、しますよね)。

そしてそういう基本的な和声理論がわかっていて、各種インターバルを流暢に繰り出せるという人は、多くの場合普通にバリバリとソロも取れるレベルの人であることが多く、テーマ・メロディもバッチリ弾けている。なので、順番的にはやはりコード・トーンとの関係を意識した練習のほうがより入門者向きなのかもしれません。

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