英国が国民投票で欧州連合(EU)離脱を決める前から、様々な問題に関する権限を巡り、加盟各国とEUの欧州委員会の間では緊張が高まっていた。最新の争点となったのがEUが2014年にカナダと合意した貿易協定だ。その発効には双方の批准が求められる。
この問題で今週、EU加盟国側が欧州委員会との戦いに勝ったことがはっきりした。欧州委員会が5日、EUとして批准しようとしていたユンケル欧州委員長の方針を取り下げたのだ。代わって加盟国ごとに批准し、必要に応じて議会採決も行うことになる。
貿易協定を取り巻く現在のとげとげしい空気を考えれば、カナダとの貿易協定の批准は、忘れ去られはしないまでもひどく遅々としたプロセスになるのは仕方のない面がある。たとえそうであっても、加盟各国とEUの関係を巡る政治的状況が極めて神経質になっている今、効果が限定的な貿易協定のために政治的摩擦を高めることはほとんど意味がない。
■各国議会の権限拡大は賢明
制度上、貿易協定の批准を阻止する権限を持つのは欧州議会だ。09年に発効したEU基本条約であるリスボン条約で規定している。加盟各国も批准に同意しなければならないが、必ずしも議会に諮る必要はない。しかし欧州議会側が精査し始めたことに加え、世論のEU全般に対する不満、わけても貿易協定に対する不満が高まったことで、各国議会により大きな権限を持たせることが政治的に賢明な策となった。
カナダとの貿易協定そのものはメリットの方が大きい。工業製品や1次産品に対する関税がいくらか削減されることになる。だが、先進国間の貿易の未来がかかるサービス分野の統合に関しては弱い。現にEUもカナダも、経済成長に対する総体的な効果は小さいことを認めている。この貿易協定に価値はあるが、EUの分裂を正当化するほどのものではない。
確かに、この協定の発効を遅らせることは、環大西洋貿易投資協定(TTIP)の合意への勢いをそぐことになる。EUが米国と交渉中のTTIPは貿易と規制に関する協定で、カナダとの協定よりはるかに包括的だ。しかし、TTIPには大きな問題が起きていた。英国のEU離脱決定で、EU内の貿易協定推進派の存在が1つなくなるだけなので、EUの通商戦略全体に及ぶ打撃はそれほど大きくはない。
2国間や地域間の貿易協定の交渉に関し、EUが透明性を高めているのは評価できる。これまでよりも協議内容を多く公表するようになり、投資家が政府を直接提訴できるようにする紛争解決条項についても、公開度を高めることを約束している。それでも、貿易協定が秘密裏に交渉され結ばれることに対し長年、批判が高まっていただけに、透明性を高める取り組みだけではこの批判を収められない。
英国のEU離脱決定は、英国だけでなくEUも自らを省みる機会になるはずだ。中央集権的で説明責任を果たさないEUに対する一般市民の不満と怒りは、英国だけの話ではない。EUが貿易協定に関わる多くの事柄を適切に処理してきたことは誰も疑わない。だが、だからといって、加盟国ごとの批准でなく欧州委員会が押し通す方がいいということにはならない。政策立案の遅れと複雑化につながるが、欧州委員会は正しい決断をした。
(2016年7月6日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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