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イギリスのEU離脱がクリエイティブ業界に与える5つの影響

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先週6月23日、イギリスのEU離脱が確定した。Brexitとも呼ばれるこの事態により世界の株価は大幅に下がり、経済界に大きな不安を生み出している。イギリスはヨーロッパ経済の中心であるとともに、実は世界的にみてもデザインやアート、音楽からスタートアップ企業に至るまで、クリエイティブの中心でもある。

世界中から集まる多様なバックグラウンドを持つ人々のコラボレーションから生み出される作品は、常にイノベーティブでありエキセントリック。ロンドンを中心とするイギリスのクリエイティブコミュニティはサンフランシスコ/シリコンバレーとはまたひと味違うテイストで世界を魅了して来た。

今回の決定は世界のクリエイティブ業界にとってどのような影響を与えるのであろうか。サンフランシスコにはロンドンに本社もしくは支社を置くデザイン会社も多い事から、イギリスのEU離脱に関して彼らが感じている今後考えられる影響について聞いてみた。

1. 人材の多様性が下がりクリエイティビティが下がる

これまでのようにヨーロッパ各地から集まって来た多様なバックグランドのデザイナーとコラボする事でエキサイティングな作品が作れなくなってしまう可能性を危惧しているのは、モーショングラフィックやデジタルデザイン、ビジュアルエフェクトを専門とするTerritory StudioのDavid Sheldon Hicks.

その一方で、イギリスのクリエイター達はこれまでも国や政府の保守的な政策を乗り越え、他の国々の人達とコラボレーションしながら先進的な作品を作り続けて来た歴史がある。今回も乗り越えられるだろうと彼は信じている。

クリエイティブの中心が他のヨーロッパの都市に移ってしまう可能性

Moving BrandsのCEOであるMat Heinlもスタッフ構成の多様性が下がる事に対して大きな危惧を感じている。ロンドンが世界のクリエイティブ業界の中心である最も大きな理由は人材の多様性に他ならない。しかし今回の決断でヨーロッパの優秀なクリエイター達は他の都市で働く事を余儀なくされ、クリエイティブの中心がコペンハーゲン、パリ、バルセロナ、ベルリンなど他の都市に移行してしまう可能性があると語る。

対クライアントにも悪影響

ヨーロッパ諸国からイギリスへの人の行き来が自由に出来にくくなる事により、ヨーロッパのクライアントに対して見えない壁が出来てしまう。加えてヨーロッパの人でも、今後イギリスで働くには別途ビザ申請をしなければならなくなる為、優秀な人材の獲得が困難になって行くと、PentagramロンドンオフィスのパートナーであるMarina Millerは感じている。

2. クリエイター志望の留学生にもインパクト大

影響を受けるのはプロのクリエイターだけではない。デザイナーやアーティストを目指す学生にとってもイギリスの学校に留学する事がより難しくなる。特に他のヨーロッパ諸国に居る学生は今後ロンドンに留学するのが簡単ではなくなるため、他の国の学校を選ぶ可能性が高くなる。ロンドンには数多くの優れたデザイン学校やアートスクールがあるため、非常に残念。

イギリスでのインターンシップにも影響

イギリスのUXデザインスタジオであるLayerを経営するBenjamin Hubertは実に従業員の95%が非イギリス人。これまでにErasmusと呼ばれるヨーロッパ地域にに広がるインターンシップ支援プログラムを利用して人材獲得をして来たが、このプログラムはEU加入国の企業しか利用出来ないため、今後はそれも難しくなる可能性が高い。学生から見ても、ロンドンのエキサイティングなデザイン会社で働く経験が得られなくなるため、学生にとっても大きなマイナスになるとのこと。

デザインコンサルティング会社のBERGのMatt Webbも今後留学生が減少する事を想定し、人材獲得の方法を考え直す必要があると感じている。

3. "外国人"デザイナーの居心地が悪くなる可能性

日本からイギリスに渡り活躍しているインタラクションデザイナーのYuri Suzukiはこれまでの10年間のロンドン生活で一度も自分が"外国人"と感じた事がないと言う。街自体が多様性が高く、世界中から集まって来た人々も多いので、自分が元々何人であるかは働く上でも全く気にする必要が無かった。

しかし今後ビザに関する規制が強まる事により、国自体が閉ざされた雰囲気になり、イギリス人とそれ以外の人々との間に壁が出来てしまう可能性も否めない。それによりこれまでのようなスムーズなコミュニケーションが取りにくくなったとしたら作品のクオリティへの影響が心配される。

クリエイターでBrexitに賛成するひとは1人もいない

また、イギリスがEUから離脱するという事は国内の政治と経済を優先する"内向き"政策でもあるため、イギリス人以外の人達の収入が減る、もしくは外国の人々へのキャリアチャンスの減少に繋がる可能性も否めない。出版社、Unit EditionsのCo-FounderであるAdrian Shaughnessyによると、皮肉な事にイギリスのクリエイティブコミュニティでBrexitに積極的な人は1人もいないという。ダイナミックな環境でこそクリエイティブは生み出されると語る。

4. 直近では大きな影響は無いが今後どうなるかは慎重に判断する必要がある

先日東京で開催されたイベント、DESIGN for Innovation 2016にもゲストスピーカーとして登壇してくれたロンドンに本社を置くデザイン会社、DesignStudioのJohnとしては、あまり大きな影響は無いだろうと感じている。実際に離脱するまでには2年程かかるであろうし、しばらくはあまり気にせずに業務を続けていくだろう。そもそもアメリカとイギリスとの関係への影響は限定的なので、大きな心配はしていない。

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ロンドンに本社を置くDesignStudioのサンフランシスコ代表のJohnのディスカッション風景

5. ロンドンのスタートアップシーンにも影響が出る

ヨーロッパにおいてロンドンは多くのイノベーションが生み出されるシリコンバレー的な存在であった。ここ数年で東ロンドンのOld Street, Shoreditch, Hoxtonといった地域はヨーロッパのスタートアップの中心地となってきていた。

しかし、今回の決定でそれも大きく影響を受けるとPat Fahyは語る。イノベーション/ブランディングエージェンシー、Seymourpowellにてクリエイティブディレクターとして働く彼は、ロンドンはイノベーションとスタートアップを生み出す起業家、人材、VCからの投資、アクセレレーターといったエコシステムが出来始めているのにもかかわらず、非常に残念に感じていると語る。

まとめ: Brexitはクリエイティブ活動には大きなマイナス

上記のクリエイター達からの意見からも分かる通り、多様性がもっとも重要視されるクリエイティブ業界においては、今回のイギリスによるEU離脱の決定は大きなマイナスになりそうだ。もしかしたらヨーロッパの経済、そしてイノベーションの中心がアムステルダム、ベルリン、バルセロナ、ヘルシンキなどの他の街に移行する可能性も否めない。

その一方で、イギリスにはいつの時代も保守的な政治に対して学生からプロフェッショナルまで、クリエイティブな人達が新しい取り組みを生み出してきた歴史もある。今後クリエイティブ業界のアナーキスト達が世界を救うパンクなムーブメントが起る可能性もあるだろう。イノベーションは既存の規制や制約といった壁をぶちこわす事から始まると思う。

筆者: Brandon K. Hill / CEO, btrax, Inc.