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トランプ氏に託す希望-廃れた炭鉱町の住民たち

ウォール・ストリート・ジャーナル 4月25日(月)12時42分配信

 【ブキャナン郡(米バージニア州)】ジョディ・ボスティックさん(39)が当てにできるものはそう多くはない。

 政府には見捨てられたと思う。地元の炭鉱には何度も解雇され、生活のためにTシャツの店を開いた。大都市のメディアには自分も近所の人も無知同然に扱われている。

 ボスティックさんにとって残された希望は、ドナルド・トランプ氏が大統領になり、その経営手腕を生かしてアパラチア山脈に抱かれたここブキャナン郡に雇用をもたらすことだ。ボスティックさんは「ここは廃れている。住民は仕事を失い、町を去っている」と話す。

 「トランプが勝たなければもっとひどいことになる」。

 先月1日にバージニア州で行われた共和党予備選では、トランプ氏はブキャナン郡で69.7%の票を獲得した。これは同氏がこれまでに記録した郡レベルの得票率で最も高い水準だ。白人の労働者階級が多いブキャナン郡の現状をつぶさに検証すれば、なぜトランプ氏が支持者を勇気づけ、共和党の反トランプ派にとって悩みの種になっているかが見えてくる。

 ブキャナン郡の有権者に話を聞くと、トランプ氏は自分たちの不満を理解している、自分たちのために中央政界の支配層と戦ってくれるという答えが返ってきた。炭鉱はこれからも操業を続けるだろうか、川は氾濫しないだろうか、若者は職探しのためにこの町を去らなければならないのか。こうした不安が渦巻く町で、トランプ氏は住民にとってテレビを通じて何年も前からなじみのある心強い存在なのだ。

 トランプ氏が訴える米国の再生、国境閉鎖、反政府の大衆迎合主義といった主張は他の地域と同様、ブキャナン郡でも共感を呼び、民主党員さえ耳を傾けている。

 女性についてのコメントで紛糾を招いたり中絶や外交政策に関して意見をころころ変えたりしたため、全米レベルでは「トランプ嫌い」も多い。しかしブキャナン郡ではこうした問題はアウトサイダーであることの証拠だとして総じて前向きに受け止められている。

 トランプ氏は多くの民主党員も取り込んだ。郡検察官で民主党員として登録しているジェラルド・アーリントン氏はその理由について、トランプ氏が「住民を代弁しているし、住民になじみのある言葉で話す」と語る。アーリントン氏は共和党予備選でトランプ氏に投票した。共和党の候補に投票したのは初めてだったそうだ。

 トランプ氏がブキャナン郡で獲得した票数は1586票。民主党の予備選で勝利したヒラリー・クリントン氏の得票数の3倍に上る。8年前、同郡では圧倒的に民主党が優勢だった。当時の民主党予備選ではクリントン氏が全体の90%に相当する2245票を獲得、得票率9%のオバマ氏に圧勝した。クリントン氏の得票数は共和党予備選勝者の5倍超にもなった。

 ブキャナン郡の多くの住民はオバマ政権の規制のせいで石炭業界が低迷したと受け止めており、トランプ氏なら規制を撤廃し、地球温暖化だと騒ぐ科学者を無視すると考えている。

 トランプ氏が圧勝した上位10の郡には多くの共通点がある。これらの郡は住民の多くが白人で、田舎にあり、南部に位置している。世帯収入や教育水準は全国平均を大幅に下回る一方で、貧困や障害者給付金の受給では全国平均を上回っている。

 ムーディーズ・アナリティクスによると、このうち4つの郡の主要産業が農業で、3つは地方交通の中心地。また、ミシシッピ州タラハチー郡では多くの住民が刑務所で働いている。

 これらの郡の住民は取り残されたように感じてはいるものの、トランプ氏が選挙戦のテーマとして打ち出している移民や対外貿易に頭を悩ませることはない。8つの郡では移民の割合が全国平均を大きく下回っている。中国からの輸入に苦しむ郡はほぼ皆無だ。それどころかブキャナン郡は中国に石炭を輸出しており、貿易の恩恵を受けている。

 昨年10月に本紙とNBCが共同で実施した世論調査によると、トランプ氏の支持者の76%が米国での暮らしに「居心地が悪く場違い」に感じると回答した。一方、共和党員の62%はトランプ氏への投票を検討しないと答えた。

 ブキャナン郡の住民は以前から米国の主流から切り離されていると感じていた。山に囲まれ、アクセントも違う。鉱山の町は常に崩落や爆発の危険にさらされている。ブキャナン郡はバージニア州の最西端に位置するが、地元の人間は「バージニアはロアノークでおしまい」とよく言っている。ロアノークはブキャナン郡から約290キロメートル東に位置する町だ。

 「われわれは煉獄(れんごく)にいるようなものだ」とジェームズ・L・ライフさん(54)は言う。ライフさんは黒いスポーツ用多目的車(SUV)の後ろで売られているトランプ氏のTシャツを買うために地元のウォルマートの近くに車を止めた。「死んでもいないけれど生きてもいない」。ライフさんは鉱山の崩落で生き埋めになったあと、1991年から障害者給付金で暮らしている。

 1970年代には石炭を積んだトラックの往来が激しく、住民は車や窓に積もる粉じんにうんざりしていた。鉱山で現場監督を務めるダニー・スミスさん(53)が1981年に高校を卒業したとき、おじさんは卒業祝いとして鉱山用の長靴とヘルメットを玄関先に置いていったそうだ。鉱山関係者によると、90年代には鉱山の仕事をやめても少し歩けば別の鉱山で仕事が見つかった。石炭会社は競うように凝ったクリスマスパーティーを開いた。

 だが、自動化の進展や市場の落ち込みを受けて、石炭業界の雇用は落ち込んでいる。ブキャナン郡の人口は90年以降27%減少し、現在は2万3000人だ。若者が町を去り、高齢化が進む。 ムーディーズ・アナリティックスの推計によると、インフレ調整後の平均収入は全国平均の半分程度で、95年から変わっていない。社会保障制度の障害者給付を受給する世帯は大卒者がいる世帯のおよそ3倍に上る。

 ブキャナン郡についての著作がある同郡出身の小説家リー・スミス氏は「これも運命」というあきらめと絶望が広がっていると話す。レバイサ・フォーク川沿いにある郡庁所在地のグランディは1929年以降、9回も大洪水に見舞われている。77年の大洪水では商業地区が破壊された。1億7700万ドル(現在の為替水準で約198億円)をかけた復興プロジェクトが実施され、建物は高速道路になった。ウォルマートの出店に向けて山の一部を削って平地が作られた。ウォルマートが開店したのは2011年のことだ。

By Bob Davis and Rebecca Ballhaus

最終更新:4月25日(月)12時42分

ウォール・ストリート・ジャーナル

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