日本で特ダネ連発の週刊誌、メディアの「仲良しクラブ」を揺るがす
- 2016年04月25日
大井真理子、BBCニュース
ひとつの報道機関が特ダネを1本ものにするのは、運かもしれない。たまたま偶然、2本続くこともあり得る。ところが日本の週刊誌「週刊文春」は、今年に入ってから3カ月で計6本の特ダネを連発した。
週刊文春の特ダネで閣僚と政治家が失脚し、人気スターとニュース・コメンテーターのキャリアが事実上つぶされ、国民的な男性アイドルグループが解散の危機に追い込まれた。
週刊文春は1926年創刊の大衆誌で、年間発行部数は250万部超と国内最多。10年以上もトップを独走している。
「スクープを取るにはスクープを取りたいという気持ちが必要だ」と新谷学編集長は言う。「だが日本のメディアは新聞もテレビもラジオも、もはや自分からスクープを追いかけようとしない。なぜならリスクが高過ぎるからだ」と。
「恐怖の文化」
これは憂慮すべき傾向だ。折しも、日本の「報道の自由度指数」は6年前の世界11位から72位にまで転落している。
4月に日本を訪れた国連特別報告者のデービッド・ケイ氏は同19日、日本の報道の独立性が「重大な脅威」に直面し、ジャーナリストたちの間に恐怖の文化がはびこっていると警告して滞在を締めくくった。
日本はこれまでずっと、報道の自由は守られていると主張してきた。だがケイ氏の発言の背後では、政府が主流メディアへの影響力を強めているとの懸念が広まっている。
今春の年度替わりにはNHKの国谷裕子氏、テレビ朝日の古館伊知郎氏、TBSの岸井成格氏という3人のニュースキャスターが契約を更新されずに降板した。
3人の降板は、安倍政権に批判的な立場を示し、厳しい質問を投げ掛けたせいだという意見もある。裏付けとなる証拠は何もないが、こうした議論の後を追うように来日したのがケイ氏だった。
国谷氏は最近で、同調圧力が強まっている傾向を感じると書き、メディアもその圧力に加担しているとの見方を示した。
インターネットなどでは、主要テレビ局と新聞社のトップ同士のつながりが事細かに取りざたされ、メディアが当局の機嫌を取るために自己検閲をしているのではないかと疑う声も上がっている。メディアが政府と「癒着」している、政府の「言いなりになっている」などと批判する人もいる。
高市早苗総務相は最近、政治的に公平でない放送を繰り返した放送局については政府が免許を取り消すこともあり得ると発言した。
その真意が検閲にあるわけではないと、総務省は主張する。しかしそれでも、新谷氏の言う「安全なニュース」、つまり政府の公式発表のような情報の報道に記者たちが終始してしまうのではないかと懸念されている。
多くの報道機関は金銭的な事情も抱えている。
「特ダネを取るには時間と経費がかかる一方、それが全て実際の記事になるわけではない」と、新谷氏は説明する。
例えば、甘利明前経済再生担当相の辞任につながった金銭授受疑惑は、週刊文春が実際の記事を出すまでに1年近くかかった。甘利氏は、受け取った金銭は政治資金の寄付として申告するつもりだったが、秘書が処理を一部誤ったと説明した。
報道機関が名誉棄損で訴えられるというリスクもある。週刊文春はこれまで何度も訴訟を起こされ、440万円の支払いを命じられたこともある。
しかし週刊文春の記者たち総勢40人は、ひるむことなく特ダネを伝えてきた。大衆迎合的な記事も出す一方で、同誌の調査力には長年の定評がある。
日本の政治文化の根幹を揺るがすスクープもあった。
1974年に当時の首相、田中角栄氏の収賄疑惑を報じたのは週刊文春だった。田中氏は76年に逮捕され、後に外国為替・外国貿易管理法違反で有罪判決を受けた。
週刊文春がスクープを連発するのをみて私立探偵を雇っているのではないかという疑いも浮上したが、新谷氏はこれをきっぱりと否定。「情報提供の内容によって5000~1万円を支払うが、それを大きく超えるようなことはない」と強調した。
同誌は今年のスクープ争いでも勝ち続けているが、ライバルの週刊新潮も最近、著書「五体不満足」で知られる乙武洋匡氏の不倫をすっぱ抜いた。同氏は参議院選挙への出馬が取り沙汰されていた。
この記事は読者に衝撃を与えた。同氏は日本における障害者の象徴的な存在だったからということもあるが、本人が5人の女性と不倫関係にあったと認めたからだ。
特ダネの中には、単なる悪趣味なゴシップとして片づけられてきたものもある。だがここで指摘したいのは、最近の特ダネの大部分は新聞やテレビではなく、そういう雑誌が伝えているという事実だ。
なぜいち早く特ダネをつかむのは大衆誌なのか。原因としてよく指摘されるのは、主流メディアの記者らが所属することになっている「記者クラブ」の存在だ。
記者クラブのメンバーは政府当局者や記者会見から情報を得られるが、多くの記者クラブではBBCを含む外国メディアやフリーのジャーナリストの加入が認められない。当局が報道内容を管理しようとしていると批判されるゆえんだ。
週刊誌の記者たちも加われないことがあり、情報入手の面では不利な立場にあるが、一方でより自由に書きたいことが書ける。
「政府がいかにメディアへ影響を及ぼそうとしているか、さまざまな議論がある」と、新谷氏は語る。
「だがそれについて意見を述べるより、事実にこだわって政治家が何をしているか明らかにするのが我々の仕事」だという。
特ダネにたくさんのゴシップを混ぜ合わせ、そこへ英大衆紙サンの名物とされた「ページ3ガール」のようなトップレス写真も盛り込む。こうして作られる大衆誌を通して、日本の国民はひと味違った視点を得たり、時には事の真相を知ったりするのだ。
週刊文春の特ダネにされた人たち
(敬称略)
・人気タレントのベッキー。既婚の男性歌手との不倫疑惑で、すべてのレギュラー番組から降板。
・男性アイドルグループのSMAP。所属する有力芸能事務所、ジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長と同誌との独占インタビューによって、一時は解散の危機に陥った。
・AKB48の峯岸みなみ。所属事務所の規則を破り恋人と一夜を過ごしたことが同誌に報道され、髪をそって謝罪した場面が物議を醸した。
・人気ミュージシャンのASKA。薬物使用を暴露された結果、覚せい剤を所持、使用した罪で執行猶予付き懲役3年の刑を言い渡された。
・元プロ野球選手の清原和博。薬物使用を暴かれて逮捕された。本人も容疑を認め、その後保釈された。
・「育休宣言」の宮崎謙介議員。妻が出産する1週間前の不倫現場を報道され、辞職に追い込まれた。
・ニュース・コメンテーターの「ショーンK」ことショーン・マクアードル川上。ハーバード大学で経営学修士(MBA)を取得などとしていた学歴がうそだったことを同誌に暴かれた。昔の手違いだと主張したが、レギュラー番組への出演は全て取りやめた。