ここ数年、スポーツカーが次々と復活している。そうしたスポーツモデルにあって「いかにも」と感じさせる要素の1つはエアロパーツだろう。
【プリウスを真横から見ると】
久しぶりに復活したシビックType-Rだけでなく、2012年にデビューしたトヨタの86も今年になってエアロパーツ装着モデルを追加した。
少し前まで、こうしたエアロパーツはある種嘲笑の対象であったりもした。「大げさなハネを付けてかっこ悪い」とか、もっと厳しい意見になると「暴走族みたいだ」という声も聞こえてきた。しかし一方で、こうしたスタイルを好む人たちも一定数存在し続けていたのは確かだ。
メーカー各社が昨今のエアロパーツのイメージをどうとらえているのかは、筆者には分からないが、実はきちんと作られたエアロパーツには、わが国の法定速度である時速100キロ以下で走っても、現実的な効果がある。かっこ良いか悪いかは個人が決めるとして、今回はメカニズム面から見たウイングの意味について話をしたい。
●ウイングの存在意義はハンドリングの是正
メカニズム面から見たエアロパーツの最も大きな存在意義は、ハンドリングの是正にある。走行中のクルマはさまざまなシチュエーションに対応しなくてはならない。例えば、つづら折りの山道を走っていれば、Uターンに近いような極低速のヘアピンカーブもあるし、高速道路には緩やかで長い高速コーナーもある。スポーツモデルの場合、そのどちらかで極端にコーナーリング性能が落ちるのは望ましくない。
サスペンションのセッティングだけでこれを解決しようと思うと難しい。ヘアピンでしっかり回り込むようなセッティングにすれば、その代償として高速コーナーで挙動が落ち着かないクルマになってしまうのだ。そうなると、路面の不整でドライバーが体を揺さぶられただけで、クルマの進路が乱れて怖い思いをすることになる。
簡単に言えば、低速コーナーでは向きを俊敏に変えたがり、高速コーナーでは安定して外乱の影響を受けないセッティングが望ましい。しかしサスペンションでこれをやろうとしても無理なのだ。俊敏なセッティングにすれば速度域に関係なく俊敏になり、安定志向のセッティングをすれば速度域に関係なく曲がらないセッティングになる。クルマがミニバンなら簡単だ。低速コーナーを俊敏に回り込むことを諦めて安定一本でセッティングを出せば良い。しかしスポーツ指向のクルマではそういうわけにはいかない。どちらの領域でも優れたハンドリングを実現しなくてはならない。
ではどうするのか? タイヤの前後接地荷重を利用するのだ。そのためにはタイヤに関する2つの原則を理解しなくてはならない。
第1の原則は「タイヤのグリップ力は接地荷重に比例的である」ということだ。クルマの「走る」「曲がる」「止まる」は全部タイヤのグリップに依存している。そのグリップ力はタイヤを地面に押しつける力とおおむね比例的な関係にある。例えば、FF車の場合、急な上り坂で加速しようとすると、タイヤがスリップしやすいし、RR車ならスリップしにくい。FFでは、上り坂、加速という2つの要素で駆動輪である前輪から重さが抜けるし、逆にRRでは、上り坂、加速の2つの要因で後輪にかかる重さが増すためだ。
第2の原則は「後輪は直進安定性をつかさどる」ということだ。例えば、FRでアクセルを踏みすぎてリヤタイヤがスリップすると、クルマはスピンする。これは駆動輪である後輪がグリップを失うと、後輪がつかさどっている直進安定性が失われるからだ。FFの場合は、フロントタイヤがスリップした結果、むしろ曲がらなくなる。フロントのグリップが低下した結果、相対的に後輪がつかさどる直進安定性の支配が強くなるからだ。
では、この2つの法則を組み合わせたらどうなるだろう? 前後輪のうち、後輪に強い接地荷重を加えると、クルマは安定する。直進安定性を高めたいのだったら、リヤウイングで後輪の接地荷重を増せば良いことになる。
幸いなことにウイングは空気の流れによって垂直荷重を得る仕組みなので、低速では効果が弱まり、高速で効果が高まる。
つまり、スポーツ指向のクルマが抱えている「低速で曲がりやすく、高速では安定させたい」という矛盾の解決に使えるのだ。サスペンションの基本セッティングを曲がりやすい方向に合わせて、ウイングによって速度が上がるとリヤの接地荷重が強まるようにしてやると、低速ではサスペンションセッティングできびきびと曲がり、高速ではウィングの効果によってリヤタイヤの支配力が増して安定したハンドリングを得ることができる。
もちろん、高速で前輪への荷重が弱くなりすぎて舵が効かなくなるとまずいから、前輪への加重もリヤとのバランスを見ながら増やしてやった方が良い。空力対策は後ろだけやっておけばいいわけではないのだ。そこはあくまでもバランスの話だ。
●空気抵抗を増大させずに効果を引き出すには?
ところが、ウイングはその成り立ち上、空気抵抗が増える宿命から逃げられない。そもそもウイングは、ボディの上面と下面を流れる空気を上面だけ抵抗をつけて阻害してやることで、上面の空気の流れを遅くする仕組みだからだ。結果、ボディは空気によって下側へ押しつけられる。
この上面、下面の気流の速度差は相対的なものなので、上面に空気抵抗を付けて遅くしてやる代わりに、下面の流速を上げて速くしてやることでも同じ効果が得られる。
燃費を良くしなくてはならない今、本当ならウイングで上面の抵抗を増やすことよりも、ボディ下面の抵抗を減らしてやった方が都合が良い。そこで自動車は徐々にボディ下面の気流のコントロールに留意する設計に進んでいるのだ。
例えば、プリウスだ。ボディの下面のほとんどを整流パネルで覆って平らにすることで気流を整え、流速を上げている。上手に設計すればボディ上面にウイングを設けずに前後輪をバランス良く路面に押しつけることができるわけだ。プリウスは燃費の世界チャンピオンでなくてはならない宿命なので、空力の優先度が高いパッケージにできる。
ところが、乗用車はどうしてもパッケージングが優先される。室内空間を広く採ろうとすればルーフの高さが上がり、結果的に後ろ下がりシェープのリヤウインドー周辺で気流の流速が上がってしまう。プリウスではサイドウインドーの下端ラインを思い切り後ろ上がりにしてリヤウインドー後端の位置をできる限り高くし、ルーフと後端の高低差を減らしている。フォーマルなスタイリングを要求されるクラウンと比較してみると、その違いがよく分かると思う。特にフロントウインドー下端とリヤウインドー下端の位置を見比べると分かりやすいだろう。
こうしたセダンスタイルの場合、床下の整流だけでは十分に流速差を付けることができないため、高運動性モデルにはウイングが必要になる。シビックType-Rの場合、かなりリヤウインドーラインを引き上げているので、流速のコントロールは十分できているはずだが、それ以上に高いレベルでの接地荷重が必要になった結果、ウイングを採用しているのだと思われる。
余談だが、この後ろ上がりのサイドウインドー見切り線にはメリットだけでなくデメリットもある。駐車のとき、クルマが真っすぐかどうかを見極めるにはこの窓のラインが大きな目安になる。水平でないとどうしても斜めになりがちになる。歴代プリウスがオートパーキングに熱心な理由の1つはこの見切り線のせいだ。クルマの設計はこうして風が吹けば桶屋が儲かるように、1つの要素がほかの要素に影響を与えていくところが面白い。何と何をどう優先するのかをきちんと序列立てないと整合しないのだ。
さて、最後にウイングの意義について整理し直そう。低速と高速のハンドリングを両立するために前後の荷重バランスを整えるためにウイングが必要になった。近年では、低燃費性能のためにボディ下面の整流による手法が採られるようになったが、さまざまな理由でそれだけでは十分でない場合があり、不足部分を補う意味でまだウイングは必要とされているのだ。
(池田直渡)
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