「灰と幻想のグリムガル」の原作者・十文字青は、自分の作風をライトノベル業界の中で主流ではないと常々公言している。それどころか支流ですらないそうだ。これはなにも「最近のラノベ」がどうこうという話ではなく、デビュー当時からほぼ一貫してそういう姿勢を保っている。では、彼がデビューしたレーベルであるスニーカー文庫は当時どういう状況だったのだろうか。
十文字のデビュー作である「薔薇のマリア」が刊行開始したのは2004年のことだ。「涼宮ハルヒ」は既に世に出て、たちまち人気シリーズとなっていたが、流石にアニメ化後ほど誌面を席巻していたわけでもなく。それ以前の、富士見や電撃と比べると華はないけどわりと硬派なレーベル、という印象がまだ生きていた。
薔薇のマリア I.夢追い女王は永遠に眠れ<薔薇のマリア> (角川スニーカー文庫)
- 作者: 十文字青
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
- 発売日: 2013/12/30
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看板作品は「ラグナロク」「トリニティ・ブラッド」「されど罪人は竜と踊る」など。エロい/グロい/エグい/鬱になる、のいずれかあるいは全ての成分を含んだ、人間の暗黒面を取り扱ったダークファンタジーたち。といっても漫画で言うと「ベルセルク」ほどの重厚さはなく、スクエニ系列の漫画雑誌の、女子中学生ファンが多い血みどろものを髣髴とさせる、というとなんとなくイメージが伝わるだろうか*1。わたしも当時、女子校の文芸部で友だちとエグい話に花を咲かせたものだった。
それ以外では「バイトでウィザード」「でかたま」なんかもあったけど、恣意的な物言いであることを承知で言えば、スニーカーならではという感じはあまりしなかった。「ロードス」も流石に往時の勢いはなかったし、「ガンダム」のノベライズは勿論売れていたけれど、レーベルの特色というには苦しい気がする。
されど罪人は竜と踊る1 Dances with the Dragons ガガガ文庫 されど罪人は竜と踊る
- 作者: 浅井ラボ
- 出版社/メーカー: 小学館
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トリニティ・ブラッド Reborn on the Mars 嘆きの星<トリニティ・ブラッド> (角川スニーカー文庫)
- 作者: 吉田直
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
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シリーズではなく作家単位でプッシュするのもこのレーベルの特徴で、時期は前後するが、2002年に虚淵玄の小説家としてのデビュー作『ファントム アイン』を刊行し、ザ・スニーカー誌上では2005年にいち早く「噂のクリエイター集団がここに!! 其の名はニトロプラス!」という巻頭特集を組んでいる。同年には、長谷敏司「円環少女」も刊行を開始した。
こういった路線が顕在化したとわたしが感じるのは、1998年の「ラグナロク」からだ。黎明期の「ルナ・ヴァルガー」や「神々の血脈」、「異次元騎士カズマ」など、80年代の伝奇バイオレンスの匂いが濃厚な時代まで系譜を辿ってもいいけれど、とりあえずその辺りはこの文章の主旨ではないので置いておく。
編集部がそういう傾向を意図していたかは分からない。けれど、「薔薇のマリア」がスタートした時、自分の持った印象はこの路線の延長線上にある作品だなというものだった。なるほど主人公が一番弱いというのは上に挙げた作品では見られない要素かもしれない。でもそれは、「ラグナロク」「トリブラ」「され竜」が主流で「薔薇のマリア」が支流ですらないと言えるほどの差なんだろうか。レベル1の主人公とレベル99の主人公が味わう絶望に、何か本質的な違いはあるのか。これだけ多くの人がフィクションに「成長」を望んでいるのに、本当にそれが一部の作品にしか見られないものだと思うのか。また十文字はスニーカー文庫の外で、異世界ファンタジーではない青春小説も多数発表しているが、これらも、ゼロ年代に流行したネクラな青春ものに対して、何か特別なものがあるんだろうか。
勿論、その作家にしかない特別な何か、はどの作家も持っている。というかそう思ってこそのファンではある。上述した作家のファンで「一緒にすんな」という感想を持つ人は少なくないだろう。ラノベ板を覗いてみると、どんなに「最近の○○は似たようなものばかり」と十把ひとからげにされているような作家/作品のスレでも、「俺たちの好きな△△は最近の○○と違って~」という論法を駆使していないほうが珍しいくらいだ。わたしだってこの文章の中で自分の好きな◇◇と嫌いな△△を並べていることに抵抗がある。ただ、そのようなわたしにとって重要な差異は、はたから見れば往々にして本当に些細なことで、ファンが思っているほど特権的なものではなかったりする。
灰と幻想のグリムガル level.1 ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ (オーバーラップ文庫)
- 作者: 十文字青
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安井健太郎と浅井ラボはスニーカーで仕事しなくなり、吉田直は亡くなった。当時このレーベルが担っていたような面はガガガに引き継がれた感はある。では当のスニーカーはというと、以前に比べ熱心に追いかけなくなったのでよく分からないというのが正直なところなので、そちらはもっと詳しい人に語ってもらうのを待つとして。とりあえず今日は、過去にスニーカーにそういう側面があったということ、本人の言葉を信じるなら常にシリーズ存続に危機感を覚えるくらいの売上にも関わらず、「薔薇のマリア」は全27巻を刊行させてもらうという厚遇を受けていたことだけ覚えて帰ってもらいたい。それは仲間がいない人間には決してできないことだ。