映画「マネー・ショート」どこまで金融危機の真実に迫れたか

米国のWSJイベントで新しい映画「マネー・ショート 華麗なる大逆転」について語るマッケイ監督(英語音声のみ)Photo: Paramount Pictures

 世界金融危機を題材にした本は数えきれないほど出版されているが、映画はごくわずかしかない。住宅ローンは映像化するのが難しいからだ。

 日本で4日公開される映画「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(原題は「The Big Short」)は敢えてその難題に挑んだ作品だ。作家マイケル・ルイスのベストセラー小説「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」を下敷きに、米国の住宅バブルの背後で住宅ローンの値下がりに賭けて大もうけしたトレーダーたちの姿を描いた。

 監督のアダム・マッケイはコメディ映画で知られるが、2010年のアクションコメディー映画「アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!」(原題は「The Other Guys」)で金融詐欺を扱ったことがきっかけとなって金融に関心を持つようになり、ルイスの著作にたどり着いた。「マネー・ショート」の監督を務めることが決まると、マッケイは金融危機に関する本や記事を読みあさり、債券取引会社も訪問した。

 マッケイ監督は金融について「プロや専門家と一般の人々の間に大きな溝があると思う」と話す。「一般の人々は自分の頭が悪いか、銀行の仕事が退屈だと考えている」。

 「マネー・ショート」はこうしたギャップの解消に一役買っている。観客は住宅バブルの原因となった金融エンジニアリングについて楽しみながら学ぶことができる。

 ただ、金融危機の全体像を描いているとは言えない。住宅ローンに多くの時間を割いているため、住宅バブルを生み出し、金融危機に拍車をかけた複雑な経済的要因にはあまり触れていない。ウォール街の腐敗に責任のほとんどをなすり付け、なぜこれほど多くの人がバブルの到来に気付かなかったのかという疑問には答えていない。

 映画は1970年代にソロモン・ブラザーズのルイス・ラニエリ氏が住宅ローンの証券化を始めた経緯を説明するところから始まる。映画の中で、俳優ライアン・ゴスリング演じるトレーダーのジャレッド・ベネットは住宅ローン担保証券(MBS)について「単純で価値がある」が、「突然変異を起こして怪物と化し、世界経済を崩壊させた」と語る。ベネットは架空の人物だが、モデルはドイツ銀のトレーダー、グレッグ・リップマン氏だ。

 2000年代になると、「サブプライム」という信用度が低い顧客層に貸し付けた多額のローンがMBSに組み入れられるようになる。05年、一握りのトレーダーがMBSの担保になっている住宅ローンと住宅を調査、格付けAAAとされているMBSがデフォルト(債務不履行)に陥る可能性が高いことに気付く。そこで彼らはMBSを空売りする手段を思いつく。

 マッケイ監督は面白くもない金融の実務を巧みに解説している。たとえば、銀行がリスクの高い住宅ローンをMBSに組み込み始めた理由を女優のマーゴット・ロビーがバブルバスに入っているシーンで表したり、ベネットに木製ブロックのタワーを使って証券が「トランシェ」に分割される仕組みを説明させたりしている。

 アカデミー賞にデリバティブ(金融派生商品)のドラマ化部門があれば、行動経済学者のリチャード・セイラー氏と歌手のセレーナ・ゴメスが受賞していただろう。2人は本人役で出演、ブラックジャック・テーブルで人々が賭けに興じる様子を使って合成債務担保証券(CDO)――住宅ローンを一切含まない複雑な住宅ローン証券に基づく金融派生商品――の仕組みを説明している。

 映画を通じて問われているのはウォール街を牛耳る人々を駆り立てたのはなんだったのかという疑問だ。愚かさだろうか。それとも犯罪行為か。映画の中でベネットは言う。「愚かであることと法律に違反していないことの違いを教えてくれ」。

 映画では犯罪がウォール街を駆り立てたと結論付けている。マッケイ監督は銀行関係者の中には明らかに愚かな人間もいるが、それは言い訳にはならないと語る。

 ウォール街が人の道から外れたと断罪すれば金融機関が救済されたことに後味の悪さを感じていた人々の共感は得られるだろう。ただ、それもあまりに短絡的だ。

 住宅ローン業界の関係者が破綻を承知の上で住宅ローンを販売し、組織的に利益を得ていたという構図は実際とは異なる。米連邦準備制度理事会(FRB)の3人のエコノミストは12年に発表した論文で、業界関係者や金融機関の経営陣が住宅ローン市場と一蓮托生の状態にあったため、こうした損失が「2008年末に金融システムを崩壊寸前に追いやった」と指摘した。大もうけしたのはヘッドファンドマネージャーのマイケル・バリー氏やジョン・ポールソン氏などアウトサイダーだった。映画では俳優クリスチャン・ベールがバリー氏を演じた。

 俳優スティーブ・カレル演じるトレーダーのマーク・バウムは銀行が救済されることを前提としていたと語るが、これもおかしな話だ。実際に自ら救済候補となる銀行などあるわけがない。それまでに株主の資産は失われ、経営陣はクビになっているはずだ。

 前述のFRBの論文でも指摘されているが、実際は業界のインサイダーが多額のMBSを抱えたのは、彼らもまたほとんどの住宅取得者と同様に、住宅価格が下落することは絶対にないと考えていたからだ。だからこそ住宅ローンの適用基準は崩壊し、担保の売却で融資額を回収できることを見込んで所得証明は重視されなかった。

 映画はこの点については同じ意見だ。ある投資家がバリー氏に「誰もバブルが起きていることに気付かない」と語る場面がある。「だからバブルなんだ」。

 ただ、「マネー・ショート」は最大の疑問には答えていない。それはなぜバブルが起きたのか、なぜ人々はバブルが崩壊しないと思い込んだのかという点である。答えはマクロ経済や社会に関わる要因――ナスダックバブルの崩壊後のFRBによる低金利政策や米債券市場への海外資金の過剰流入、長年にわたる経済的安定による慢心、金融のイノベーション、経済の安定による規制基準の緩み――にあるのだが、映画ではほとんど触れられていない。こうした要因は世界のあちらこちらに見られた。多くの国で住宅バブルが起き、銀行が救済された。

 おそらくどんな映画でもこうした疑問全てに向き合うことはできないだろう。マッケイ監督も2時間の映画でできることに限界はあると話す。監督は「この映画が経済や金融、バブル崩壊、規制については話し合うきっかけとなって、金融というテーマに少しでもおじけづかなくなるとうれしい」は語っている。

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