かつて、コピーライターをやっていた。
入社してすぐに、宣伝会議コピーライター養成講座で半年間、コピーライティングはもちろんのこと、広告業界のイロハを叩き込まれた。
当時、糸井重里(いとい・しげさと)が「不思議、大好き」というヒットコピーを生み出し、マスコミに露出し始めた頃で、にわかに広告業界が注目され始められた時期でもあった。
その後も糸井重里はヒットコピーを書いて、マスコミの寵児になってゆくが、ぼくは、仲畑貴志(なかはた・たかし)をリスペクトしていた。
その頃の、仲畑貴志の気に入ったキャッチコピーを書き留めたメモが最近になって、古いブレザーのポケットの中から見つかった。
30年位前の、鉛筆書きなので、正確に読み取れる中の一部のコピーを、ご紹介する。
「おしりだって、洗ってほしい」(TOTO)
「私は、あなたの、おかげです」(岩田屋)
「男が、大泣きしたって、いいじゃないか」(月桂冠)
「ケンカはやめた。だから、もう負けない」(パルコ)
「なんでも揃う、世の中で、命がひとつとは面白い」(熊本県警・交通安全課)
「異常も、日々続くと、正常になる」(ロンドンレコード)
「人柄募集」(住友林業・求人)
などなど、びっしりと覚書き風にメモしてある。
その頃は、コピーライターは、地位も確立し、広告そのものが社会現象化し、一大ムーブメントを起こしていた。
そして、登場したのが武田薬品工業の小泉今日子を起用したCMで、そのキャッチコピーが「ベンザエースを買ってください」。
このCMをTVで観たとき、ぼくは、感動のあまり、気を失いかけた。
当時の業界は、都会的かつ文学的で、クオリティの高いハイセンスなコピーが主流を占めていたが、仲畑貴志は、敢えて「ベンザエースを買ってください」という伝説の爆弾コピーを発表したのである。
宣伝会議の講師も、授業でこのコピーを引用していたが、途中で感極まって、ぼくらの前で泣き出してしまい、講義がストップしたほどだ。
インタビューで「ベンザエースを買ってください」について、仲畑貴志は次のように、この作品が生まれた経緯について語っている。
「セールスマンが玄関で、いきなりズボンを脱いでパンツ一丁で土下座するやり方。それはそれで、勢いはあるもの。玄関で『すみません、これを売らないと自分も家族も生活できない』といってパンツ一丁で土下座して買ってくださいとお願いされ、それが1500円くらいのものなら、ぼくは買ってやりますね。ベンザエースはそれ。広告は普通は媚びたり、くすぐったりして売りつけるものだが、それを全部そぎおとして、パンツ一丁で売る。しかし、このやり方は、一度しか使えない。パンツを脱ぐわけにはいかないから」。
30年経った今でも、ぼくは「ベンザーエースを買ってください」を超えるコピーに出会っていない。