夕闇千鳥のお勉強日記

生物学、心理学などを中心に・・・

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米国のZanarini先生たちの平均6年後までの追跡調査、カナダのParis先生たちの平均15年後までの追跡調査、いずれの結果でも、思春期〜早期青年期に「境界性パーソナリティ障害」の診断がついたたくさんの人たちの長期予後をみてみたところ、この重症の性格の問題も10年もするとかなり症状は少なくなり、もはや「境界性パーソナリティ障害」の診断基準には当てはまらなくなるという意味で「寛解 remission」=治った状態になっている人が多い(7割以上にのぼる)・・・という結果でした。

ここから、「境界性パーソナリティ障害の人は年をとれば、30代〜40代になると、治る」ということが言われるようになってきたのです。

ところが・・・

米国のZanarini先生たちも、カナダのParis先生たちも、前述の長期追跡調査だけでは終わりませんでした。 

Zanarini先生たちは、その後も追跡調査を続けて16年後まで、年齢的には40代前半になるまで、2年ごとに症状や状態を調査し続けたのです。

その結果、16年後には「寛解率」=「一度は境界性パーソナリティ障害の診断基準に当てはまらなくなる率」は、なんと99%にまで達していたのです。

しかし、「一度は境界性パーソナリティ障害の診断基準に当てはまらなくなった」人たちの中には、数年もするとまた元の状態に戻ってしまい「再び境界性パーソナリティ障害の診断基準に当てはまるようになってしまう」人たちもいました。 そのようにして「再発」してしまう人を差し引いても、10年後以降はだいたい6割もの人がちが「寛解 remission」=「境界性パーソナリティ障害の診断基準には当てはまらなくなる状態」になっていました。
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とはいえ、「寛解」=「境界性パーソナリティ障害の診断基準に当てはまらなくなる」=「精神的に健康で、幸せに暮らしている」とは言えません。 実際、途中経過である6年後の追跡調査の時点でも、境界性パーソナリティ障害の数ある症状群のうち、衝動的行動や不安定な対人関係などの点では症状が目立たなくなっていましたが、抑うつ感/空虚感や怒りなどの感情症状はあまり良くなっていないことがわかっていました。

なので、今回はZanarini先生たちは「社会機能的回復 recovery」=「症状的に「寛解」しており、なおかつ少なくとも1つ以上の有為な対人関係があり、学校や仕事に定期的に行けていること」=「まあまあ普通の社会生活を送れていること」が達成されているかどうかも見てみました。

すると、結果はそれほど楽観的なものではありませんでした。 数年以上ちゃんと持続して「回復 recovery」していることが示されたのは、5、6年後では2割ちょっとしかおらず、16年後でも半分ちょっとに留まったのです。
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さらに、この16年の追跡期間のなかで、約5%が自殺によって死亡し、また別の約5%が自殺以外の原因で死亡していました。 この自殺の多さと、自殺以外の早死に(non-suicidal premature death)の多さはいったい何なのか?


カナダのParis先生たちの、最終的には27年後まで(年齢的には50歳くらいまで)の追跡調査の結果でも、似たようなことになっています。

Paris先生たちの、もともとの322人の患者たちは、15年後の予後調査のときに足取りを追えたのは165名だけでしたが、すでにその時点で22名が死亡(14人が自殺、8人が自殺以外の死亡)していることが確認されていました。 その後、27年後の予後調査の時点で足取りを追えたのは88人になっており、その間にさらに3名の自殺、5名の自殺以外の死亡が確認されたのでした。 (なので、27年間の追跡の間に、確認された自殺が17名=10.3%、自殺以外の死亡が13名=7.9%となりました。)

27年後の時点で、まだ「境界性パーソナリティ障害」の診断基準に当てはまっていたのは7.8%であり、残り9割以上の人は、定義上は「寛解 remission」しているということになりました。

しかし、その内容を見てみると、平均的な社会的適応レベルは「それほど混乱しているほどではないが、幾分かの症状や問題がある」というものであり、衝動的な症状はかなり軽減されていることが多いものの、感情症状はそれほどでもなく、2割以上の人が「慢性神経症性うつ状態 dysthymina」にあったのです。 さらに、若い頃に比べて対人関係の不安定さは少なくなっていたものの、これも本当の意味で対人関係が良くなったのではなく、うまくいかない対人関係から距離を置き、孤立しがちになることでトラブルを避けているだけのことが多かったのです。 さらに、全体として約10%もの人が自殺してしまっており、その平均年齢は37.3歳という、意外に高い年齢だったのです。さらにさらに、自殺以外の死亡(殺人、事故死、病死、など)によって早死にしてしまった人も意外なほど多く(7.9%)、自殺による死亡と合計すると、18.2%もの人たちが早死にしてしまったことになります。
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(自殺以外の死亡がこんなに多いことが不思議に思われる方も多いかもしれません。 しかし、これまでの研究でも、子ども時代から慢性的に不幸であり精神的に不健康な人、衝動的攻撃性が強い人、いわゆる非行少年少女、などの人たちは、自分自身の心や身体を大切にできないところがあり、自殺、殺人、病気、事故などのいろいろな理由で早死にしやすいことが統計的にわかっていました。)


これはどういうことか?

つまり、「診断基準に当てはまらなくなった」という意味で、「定義上、もはや「境界性パーソナリティ障害」とはいえない」というだけで、「寛解 remission」したのであって、事実上「治った」というものからはほど遠い位置にいる人が少なくなかったのです。 以前ほどにはひどく混乱したり、衝動的な行動に出ることはなくなっても、それは必ずしも本当の意味で落ち着いていて、満たされていて、幸福な状態というわけではなかったのです。

何度も「問題行動」を繰り返すうちに、そのうちに経験から学んで、対人関係からは距離をとり、表立ったトラブルは起こさなくなったというだけで、内面的な不幸さ、生きづらさ、寂しさは、相変わらずな人が少なくなかったのです。 

おそらくはそのために、表立った問題行動はぐっと減っているであろう中年期以降にも自殺(約5〜10%)をしたり、自殺とは言えないまでもそれに近い事故死をしたり、殺人事件の被害者になったり、心身ともに自分を大切にすることのできなさの延長で病気になり早死にしたりするのです。

さらに問題なのは、Paris先生の患者たちも、Zanarini先生の患者たちも、少なくとも一定期間は普通レベル(あるいはそれ以上)の精神科的治療を受けた人たちを対象にしているということです。 こうした、いわば「曲がりなりにも、ちゃんと治療を受けたことがある人たち」においてさえ、この結果です。

「境界性パーソナリティ障害の人は年を取とれば、30代〜40代になると、治る」などと簡単なことは言えるわけがないことは明白です。 むしろ、Paris先生たちの統計では、自殺完遂をする平均年齢は35歳過ぎ、中年期に入ってからなのです。 それだけではありません。 衝動的暴力性や自傷行為/自殺関連行動などの表面上目立った行動というのは、境界性パーソナリティ障害の経過において若年期にだけ見られる特徴の一つに過ぎず、この問題の本質ではなく、それだけをなくせば良いというものではない、ということです。 むしろ、その背景にある、本当の意味での生きづらさ、寂しさ/怒り/悲しみに満ちた「不幸な生き方」そのものを変えていかないことには、治療にも何にもならないのだろう・・・と思えてくるのです。




参考書:
(1) Zanarini MC, et al.  Attainment and stability of sustained symptomatic remission and recovery among patients with borderline personality disorder and axis II comparison subjects: a 16-year prospective follow-up study.  Am J Psychiatry 2012; 169:476–483.

(2) Paris J & Zweig-Frank H.  A 27-year follow-up of patients with borderline personality disorder.  Comprehensive Psychiatry, 2001; 42 : pp 482-487.

(3) Laub JH, et al.  Delinquency and mortality: a 50-year follow-up study of 1,000 delinquent and nondelinquent boys.  Am J Psychiatry 2000; 157:96–102.

(4) Teplin LA, et al.  Early violent death among delinquent youth: a prospective longitudinal study.  Pediatrics. 2005 June ; 115(6): 1586–1593.

(5) Wegman HL & Stetler C.  A meta-analytic review of the effects of childhood abuse on medical outcomes in adulthood. Psychosom Med. 2009; 71:805– 812.



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光圀『確か、摂食障害の話のところでも、摂食障害の人は、摂食障害そのものや、その合併症(栄養失調)などによって死んでしまう以外に、自殺や自殺以外の死亡(事故死、殺人、病死など)で早死にしてしまう人が多い、というのがありましたよね?』
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千鳥先生『その通りだ、よく憶えていたな。以前に『摂食障害と死のリスク』の中で、摂食障害の人たちは、年齢階層を一致させた一般人口と比較して、早死にする人が異常に多いこと、特に不自然死がやたらと多いこと、特に中年期以降にそのリスクが高いこと、のお話をした。 今回の境界性パーソナリティ障害の人たちが意外なほど中年期以降に自殺やその他の早死にが増えてしまうという話と似ているだろう? 実際のところ、摂食障害は境界性パーソナリティ障害だけではないが、いろいろなパーソナリティ障害をベースに持っていることが多くて、おそらくそのために、境界性パーソナリティ障害の人たちが早死にするのと同じようなメカニズムで早死にしてしまうのだろう。』
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灰泥『精神的に不健康で不安定な人は、いろいろな理由で自然死/不自然死が増えてしまって、早死にしやすいということね?』

千鳥先生『実際、米国ハーバード大学に入学した男子学生を、その後65歳くらいになるまで追跡調査した研究があるのだが(Am J Psychiatry, 1990; 147: 31-37)、精神構造/防衛機制の成熟度など精神的健康度によって、その後の身体的/精神的健康度が強く影響されることがわかっているんだ。 子ども時代から慢性的に不幸な人生を送ってきて、精神的に不安定な人は、精神的な病気になりやすいだけでなく、身体的な病気にもなりやすく、いろいろな原因で早死にしやすいこともわかっている。 衝動的攻撃性が目立つ、いわゆる不良少年(病名的には「行為障害 conduct disorder」となる)たちも、自殺や事故、殺人などによる不自然死が多く、身体の病気も多く、結果として早死にしやすいこともわかっている(Psychosom Med. 2009; 71:805– 812.)。
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おそらく、こういったことは、だいたい似たようなメカニズムなのだろうな。』

灰泥『こうしたことからも、「境界性パーソナリティ障害は若い人の問題」とは言えないってことなのね。 若い人では自傷行為や衝動的行動などの目立つ形で表れるし、年齢が上がって中年以降になると別の表れ方をする、というだけであって、決して放っておいて治っていくものではない、ということよね。』
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源太郎『でもよ、自傷行為や衝動行為は本質じゃない、重要じゃない、みたいな言い方をするけどよ、自傷行為や衝動行為は周囲の人にとっても迷惑だし、重要だろう?』

千鳥先生『そう、周囲の人たちにとって迷惑だし、人目を引きやすいし、気づかれやすい。 だから、医療関係者たちは、まずこの症状に注目したんだ。 この後でやるLinehan先生らの認知行動療法(DBT)は、もともと若年者の習慣性の自傷行為をなんとかコントロールしようとして作られた方法だった。 確かに、自傷行為は重大な問題の一つではあるし、背景にあるより本質的な問題が気づかれるための第一歩ではある。 しかし、それだけを治せば良いってものでもないんだ。 実際、Linehan先生たちは「行動療法によって境界性パーソナリティ障害の人たちは見違えるほど良くなっていく。しかしそれでも症状が改善した後の彼女らの大部分は、社会的には惨めな生活を送り続けている。」というようなことを言っているくらいだからな。 性格が治るというのは、迷惑な行動や目立った問題行動がなくなれば良いというほど簡単なものじゃないってことだな。』

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