きみはバルミューダほどシズるWebを設計できるか
いま「ほぼ日」に連載中の寺尾玄さん対談がすごく面白くて、にわかにバルミューダの大ファンになっています。それで“BALMUDA The TOASTER” の公式Webサイトを見てみたら、すばらしく練られたWebデザインとコンテンツが用意されている…! この記事では制作者の視点から、バルミューダのWebがどのように製品の価値を表現し伝えているか、そのユニークさを(勝手に)紐解きます。
前段:バルミューダのこと
寺尾玄さん率いるバルミューダ株式会社は、2003年設立で東京・武蔵境に拠点を置く、50人のベンチャー企業。2010年、扇風機「GreenFan」のヒットで名を上げ、2015年にリリースしたスチームトースター「BALMUDA The Toaster」は引く手あまたの人気で、同年のグッドデザイン賞金賞を受賞するなど高い評価を受けました。
「高級デザイン家電メーカー」のような見え方でいて、その本質は【クリエイティブとテクノロジーの会社】とのこと。寺尾さんのインタビューはいろいろな媒体に出ていますが、だいたいどの記事でも「モノではなく体験」を売ること、トースターは『五感をフルに使う「食べるという体験」を豊かにする道具作り』だということを話されています。(「日経トレンディネット」の記事がよかった)
…その「きれいなコンセプト」の裏にある波瀾万丈の人間模様は、ぜひほぼ日の連載『バルミューダのパンが焼けるまで。』で!(これを書いている1/14で、ちょうど10本中の5本目が公開されてます。平日更新)
The Toasterは高級家電?
BALMUDA The Toaster (略称BTT) は、実勢価格24,732円の高級家電。
きょうの価格comトースターカテゴリー売れ筋1位は、象印のこんがり倶楽部 ET-WM22 ¥3,936 ですが、これがなんと6台買えちゃう。同じキッチン家電でありながら、これほどの違いが受容されるのは何なのでしょう。もちろん「高機能・高品質で高価格」な側面はあるけれど、機能比較とはレイヤーの違う「価値」を提案し、説得することが、BTTのマーケティングに求められた課題なのだと思います。
とろけるチーズとあんぱんの湯気
さて、BALMUDA The Toasterのサイトを開くとぱっと飛び込んでくるのが、「ぐつぐつ煮えたぎるチーズ」の動画。(動画は最初だけ。2回目以降はシンプルなスライダーになる)
製品トップページをスクロールすると、互い違いになったキービジュアルの中でも、「とろけるチーズトースト」「ほかほかの湯気を出すあんぱん」の写真がひときわ目を引きます。
この「パン、美味しそう!」な感じこそ、スチームトースター “BALMUDA The Toaster” が提供する「価値」のキモで、この「ぐつぐつ感」「ほかほか感」はやっぱり動画で伝えたい。ファーストビューの背景に動画を敷く Hero video headers(単に背景動画敷きって呼んだりもする)は、スマホ全盛のここ数年ではすっかり定着した方法ですが、やっぱり訴えかける強さが違うなあと感じます。
機能を買うんじゃない
ちなみに他社の数千円帯のトースターのサイトとかカタログを眺めると、 まあ「上下遠赤外線ヒーター」とか「取り出しやすい」とか機能面の説明を始めちゃうのが典型的なメーカーの情報発信なわけですが…
食べ物の写真を使っているところでも、いわゆる普通「トースト」とかサンドイッチの絵とかが出てきたりするわけです。これが悪いというより、ふつう「トースター」ってトースト焼き器じゃんって考えると思う。
The Toasterがふつうのトーストじゃなく「チーズトースト」にこだわるのは、寺尾さんの個人的なこだわりもあるみたいですが、それ以上に「トースターができること」の世界を広げてみせる意図があるように感じました。
美味しいトーストはもちろんそれだけで美味しいんだけど、そればっかりじゃ飽きちゃうしつまらない。「主食としてのパン」をいかに美味しくアレンジして食べるか、毎日の食事をどうデザインして楽しむか、というところにまで踏み込んで、煽って… という思いを、ビジュアルの作り込みに反映させているのだと思います。
もう1回あんぱんの写真出しますけど(実際トップと「リベイク」の2回同じ絵が出てくる)、この湯気とか、ちゃんと温めたクロワッサンのバターリッチな食感とか、「狙って撮った絵」は、本当に美味しそうに見えるんですね。こういう「美味しそうな絵」をちゃんと狙って撮って使うところ、こだわらないといけない。
感情と理性のコントラスト
BALMUDA The Toasterのサイトは、上述したようなわりと感情に訴えかけるコンテンツと、デザイン家電らしくかっこよく高機能性を謳うコンテンツが、重層的に登場します。スチームと温度管理の高度なテクノロジーを説明する動画(これはお金掛かってそう…)は、しっかり作ってあってさすがにわかりやすく、納得感があります。
「科学とデザイン」や「スペック」のページはAppleみたいな白基調のシンプルさで、美味しそう写真満載のページとは一線を画するけれど、この対比も「シズル感」側のコントラストを一層高めているように感じます。
リベイクとレシピ:目的の拡張
さて、メニューの中で製品自体の説明ではない独自コンテンツの柱が「リベイク」と「レシピ」です。
たとえば同じバルミューダの扇風機Green Fanが、言うても「風を生み出す」自立型の機械であるのに対し、トースターは「調理=加工のための道具」なので、「それを使って何ができるか、何を作れるか」の答えこそが、道具たる製品の生み出す価値。この道具を使って、どんなわくわくすることができるかを提案し説得することは、マーケティングWebサイトの重要な役割です。
コンビニの安いパンも、美味しいパン屋さんも
食パンを焼くだけじゃなくて「買ってきたパンを温め直す」のは、まあ電子レンジとかで普通にやっている所作だとは思うけれど、それに「リベイク」という名前を付けてコンセプチュアルに編集することで、「新しい使い方」が生まれ、試されていく。CookPadの2015年11月の記事で「バルミューダが私たちに教えてくれた新しいパンの楽しみ方」と紹介されているほど、このコンセプト提示は効いていると思います。
The Toasterのヒット後に出ている個人ブログやメディアの記事では、「コンビニのやっすいパンを温めてみたら美味しすぎて笑いが止まらない!(意訳)」っていう週刊アスキー・Gunosyの愛あるレビュー記事とか、先述のCookPad記事=「リベイク★ナイト」と称したイベントレポートで感動の声が続々寄せられていたりとか、着実に「リベイク」の提案がThe Toasterの価値を実感して口コミを生む仕掛けとして機能しています。「使い方提案」の編集、大事です。
週アスのような「安い方」に振る試し方=コンビニやスーパーの量産品も美味しくなる文脈と、逆に「高い方」=公式リベイクページ下部にも出ている「有名パン屋さんのこだわりパンを温めるともっと美味しくなる!」という文脈と、両方を意図的に狙っているというのも、ユーザーの裾野を広げるのに一役買っていそうです。必ずしも高いトースターを買う人が、いつもいつも有名店の高いパンばっかり食べているわけじゃない。パン消費量日本一の京都でも、リベイクイベントは盛り上がりそうだな…。
いろんな人のレシピを試せる
そして「レシピ」のページは、バルミューダ社キッチンチームが提供する基本のレシピと、「プロの方々」として糸井さん、”LIFE”の飯島奈美さん、ベーカリーやコーヒー関係や料理家の紹介するレシピが30個ぐらい掲載されています。「繰り返し見に来る」こと、繰り返しシェアされることを意図した定期連載コンテンツ。「これ試したら超美味しかったよ!」「こんなレシピもトースターでできるんだって!」という声がたくさん生まれているのでしょうか。
レシピページのテンプレートは、横長の写真、提案者の顔とメッセージ、上から撮った材料、簡単な手順と、こちらもシンプルかつ印象的な構成。写真さえ撮れれば、簡単に更新して増やしていけそうです。
そのストーリーは人に話したくなるか
Webでは「ストーリーを語る」というのは、もう当たり前の考え方になっているけれど、BALMUDA The Toasterの「ストーリー」は5つのブロック、見出しにひとつ2〜400文字ぐらいの短い文章、背景写真、という構成で、公式としてはちょっと物足りない感じ。でも、これはきっと「頭出し」。さまざまなメディアのインタビュー記事や講演で言及された時、「ああ、あの話ね!」ってなるような素材を、敢えて絞っておいているのかもしれません。公式に出ていない「裏話」を、他のメディアやイベントで知った人が、「バルミューダのトースターってね、実はさ…」と自分ごとのように語ってくれることや、「語ることが嬉しい」という価値を生み出すことに、つながっているのかも。
製品の背景にあるストーリーを丁寧に紐解いて共感を引き出すのが、ある種「ほぼ日」タイアップコンテンツの役割。寺尾さんインタビューに加えて、食いしん坊女子3人組「ほぼ日カロリーメイツ」と技術に詳しいキッチンチームメンバーが座談会形式で繰り広げる「おいしいトーストってなんだろう?」も、製品のこだわりを別の側面から紐解くコンテンツです。
ほぼ日の店舗「TOBICHI」でのリアルイベント『くいしんぼうのパン焼き会。』も開催され(まさに今日から!)、製品はほぼ日ストアでも買えちゃう。盤石なメディア展開です(ほぼ日タイアップなんて、狙ってできるようなものじゃない気がするけど…)。
それにしても寺尾さん連載第1回のこの笑顔たるや。。(経営者の魅力や共感も、「お金出したい」って思う一つのきっかけになる)
連載第1回「本気で望んで、ならないことがあるんだ。」
※糸井さんの聴き方とほぼ日のインタビューコンテンツの編集は本当に鮮やかで、とくに第1回がどうすごいかは、『嫌われる勇気』の著者でライターの古賀史健さんによる評『ほぼ日は、ほんとうにすごい。』をぜひ読んでください。
おわりに:公式Webは「いいまとめ」
こうして改めてザ・トースターのTOPに戻ってくると、トップページは各コンテンツの「おいしいとこ」を、訴求力のある画像と短い見出しとリード文で端的にまとめた良いサマリーになっているなと思います。だいたいWebデザインはトップから作りがちだけど、本来は「魅力的なコンテンツ群」が先にあって、その効果的なサマリーになるようにトップを作らないとうまくいかない。BALMUDA The ToasterのWebサイトは、バランスよく編み上げられた良いサイトだと思いました。
そして、発信側の意図を越えて何通りもの表現・何通りもの感じ方をされながら口コミが広がっていく中で、公式Webはプロダクトの中心価値を「シズル感」でもってぎゅっと凝縮したものになると、価値を再確認した上での購入を促す、効果的なツールになるのだと思いました。
BALMUDA The Toaster クリエイティブ制作陣は、勝部健太郎さん率いるUNIT_ONE、WHITE佐藤寛さん、SpeedGraphicsさん、そしてフードコーディネートにはモコメシも参加しているとのこと。良い仕事、勉強になります。こんなクリエイティブを生み出せる、制作者でありたい。