2015年にこのブログで紹介した本の書評記事まとめ。丁度60冊紹介していました。その中から「資源と文明」「暴力と戦争」というくくりで20冊まず紹介し、それ以外で面白かった本を10冊、計30冊紹介します。というか、読んだ本の中で面白かった本の書評しか書かないので60冊全部面白いんですが。今年読んだのは紹介した本の三倍弱150~160冊ぐらいだったと思います。簡単に寸評を添えておきますが、詳しくはそれぞれの記事をご参照ください。
資源と文明
「排泄物と文明: フンコロガシから有機農業、香水の発明、パンデミックまで」デイビッド・ウォルトナー=テーブズ著
人類文明はウンコが作った。いや、人類に限らない。排泄物あっての生態系であり、排泄物との関係のなかに文明が立ち上がってくる。「排泄物と文明: フンコロガシから有機農業、香水の発明、パンデミックまで」はそんなウンコが作った文明の来し方行く末を展望する一冊だ。
「食糧の帝国――食物が決定づけた文明の勃興と崩壊」フレイザー&リマス 著
生物が排泄するから食糧がある。食糧の余剰と交易が都市を作り、都市が富を生み、やがて文明が形作られる。歴史上の文明は食糧を礎として成立する。そんな歴史上様々な形で成立してきた食糧帝国としての文明はどのようなものであったろうか。「食糧の帝国――食物が決定づけた文明の勃興と崩壊」は古代メソポタミア・ギリシア・ローマから現代のグローバルな食糧帝国までを視野に収めつつ、その特徴とリスクを展望している。
「交路からみる古代ローマ繁栄史」中川 良隆 著
その食糧帝国の一つ古代ローマ帝国を表す言葉に「すべての道はローマへ通ず」というものがある。その古代ローマ帝国の交路はどのようにして作られたか、ローマが誇る土木技術と物流を丁寧に紹介したのが「交路からみる古代ローマ繁栄史」である。本書で描かれるエピソードの中でもカエサルのライン川橋梁建設作戦の鮮やかさは惚れ惚れさせられること間違いない。
「ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易」熊野 聡 著
洗練された西ローマ帝国が崩壊すると中世欧州で存在感を発揮したのがヴァイキングであった。赤ら顔の暴力的なならず者の略奪上等な海賊集団、という通俗的なイメージを一新させてヴァイキングの交易と贈与文化を「ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易」は丁寧に描いている。
「大聖堂・製鉄・水車―中世ヨーロッパのテクノロジー」ジョゼフ&フランシス・ギース 著
西ローマ帝国の崩壊後、ヨーロッパは停滞したのか?否、中世ヨーロッパは緩やかな技術革新の時代に突入していた。建築、農業、製鉄、冶金、様々な分野でじわじわと進展する中世欧州の技術革新を中世史の碩学ジョゼフ・ギース&フランシス・ギースが描いたのが「大聖堂・製鉄・水車―中世ヨーロッパのテクノロジー」である。
「チンギス・カン ”蒼き狼”の実像」白石 典之 著
丁度、中世欧州の技術革新が花開きつつあった十二世紀、ユーラシアを制し中世欧州を恐怖させた草原の覇者チンギンス・カンの力の源泉はどこにあったか。近年の様々な遺跡調査の進展から、システマティックな製錬→精錬→鍛冶の一貫した製鉄体制とその流通ルートの確立にあったことを描いた「チンギス・カン ”蒼き狼”の実像」はぜひ読んでおきたい。
「世界を変えた火薬の歴史」クライヴ・ポンティング 著
そのチンギス・カンと後継者たちによるモンゴル帝国が中国から世界へ広めたのが火薬技術である。その最先端の中国で誕生した火薬技術は卓越した科学技術を持っていた中国やイスラームではなく、技術力では数段劣るヨーロッパで絶え間ない革新を繰り返すことになる。そのプロセスを「世界を変えた火薬の歴史」は丁寧に、面白く描く。
「砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)」川北 稔 著
火薬による技術力の優越、火薬製造にかかせない資源となる硝石と硫黄はヨーロッパでは希少であったから、自ずと植民地に求めることになる。その植民地拡大はやがて世界史上悪名高い近代奴隷制によって成立する「砂糖プランテーション」へと帰結していった。その概要を岩波ジュニア新書の「砂糖の世界史」はわかりやすく描く。
「天下統一とシルバーラッシュ: 銀と戦国の流通革命」本多 博之 著
世界史の名著の一つに数えられている。この中~近世の資源獲得競争は日本も無縁ではない。十六世紀に始まる日本の銀生産の急増は日本を、アジアを、さらには世界経済をダイナミックに変貌させていく。このシルバーラッシュはどのような現象であったか「天下統一とシルバーラッシュ: 銀と戦国の流通革命」を読もう。
「アジアのなかの戦国大名: 西国の群雄と経営戦略」鹿毛 敏夫 著
シルバーラッシュと並んで日本ではもう一つのラッシュが進展していた。サルファー(硫黄)・ラッシュである。火薬の誕生以後、中国では硫黄需要が急拡大、その最大の調達先が鎌倉~戦国時代の日本であった。「アジアのなかの戦国大名: 西国の群雄と経営戦略」は耳馴染みのないサルファー・ラッシュの展開をダイナミックに描き、日本ではなくアジアにその存在意義を求めるアジアン大名という概念を提唱する。
「かつお節と日本人」宮内 泰介、藤林 泰 著
現代でもお馴染みのかつお節が一般的な食材となる過程は、近代日本の南洋拡大ときっても切り離せない。近代化、移民、植民地、戦争、食文化の変容、グローバリゼーション、これまで見てきたような資源と文明の有り様が本書「かつお節と日本人」でかつお節を通して眺めることが出来る。
暴力と戦争
「ヒトラーランド――ナチの台頭を目撃した人々」アンドリュー・ナゴルスキ著
アドルフ・ヒトラー。現代でもアクチュアルな存在で在り続ける二〇世紀の独裁者がいかにして権力を獲得していったか、当時ドイツを訪れていたアメリカ人の目から眺めたヒトラーランドの成立をエキサイティングに描いた一冊が「ヒトラーランド――ナチの台頭を目撃した人々」だ。「独裁制は、民衆がひとりの人間への信頼を示し、彼に支配してくれと頼んだ時点で、正当なものとなるのだ」(アドルフ・ヒトラー)
「ヒトラー・ユーゲント 青年運動から戦闘組織へ」平井正 著
ヒトラーの台頭を支えた少年少女たち、自発的な運動として始まったそれがやがて国家機構となり、若者たちの理想はその命を代償として求める歪んだ権力送致へと変貌する。様々な人々の思惑がからみ合って誕生し、崩壊するヒトラー・ユーゲント」の姿を「ヒトラー・ユーゲント 青年運動から戦闘組織へ」は描いている。
「カントリー・オブ・マイ・スカル―南アフリカ真実和解委員会“虹の国”の苦悩」アンキー・クロッホ 著
南アフリカでアパルトヘイト体制が崩壊した後、国民の再統合をどうするか、当事者が自身の体験を告白する「真実和解委員会」が設置された。同委員会で次々と明らかになるアパルトヘイト下の残酷な真実。同委員会の広報担当者でありジャーナリストでもある著者がその様子を克明に記した南アフリカ現代史研究で燦然と輝く名著が、「カントリー・オブ・マイ・スカル―南アフリカ真実和解委員会“虹の国”の苦悩」である。当事者が第二次大戦下日本とアパルトヘイト体制との共通点を探ることでアパルトヘイト体制の問題点を総括していたことはもっと知られていい。
「ポル・ポト<革命>史 虐殺と破壊の四年間」山田寛 著
アパルトヘイト体制と並ぶ現代史の影、ポル・ポト体制とはなんであったかを当時のカンボジアを取材したジャーナリストである著者が総括したのが「ポル・ポト<革命>史 虐殺と破壊の四年間」である。「バブル革命」「人間不在の革命」「借り物の革命」「子ども革命」「自主独立偏執病革命」「ブレーキのない革命」という6つの整理は興味深い。同時に、本書からはポル・ポト体制とアパルトヘイト体制とが本質的なところで良く似ているようにも見える。
「メキシコ麻薬戦争: アメリカ大陸を引き裂く『犯罪者』たちの叛乱」ヨアン・グリロ 著
近年激化の一途をたどるメキシコの麻薬組織抗争と政府の衝突について、著者が現地で当事者たちから丁寧な取材を行い、その全体像を明らかにしたのが本書「メキシコ麻薬戦争: アメリカ大陸を引き裂く『犯罪者』たちの叛乱」である。経済成長と格差の拡大、そこに貧困層の受け皿として拡大するマフィア、という構図だ。それがいかにして苛烈で残虐な暴力の応酬を繰り返すことになるのか、本書は見事に描き出した。
「暴力団」「続・暴力団」溝口 敦 著
メキシコのマフィアとの比較をするなら暴力団は、最初期の誕生の仕方はよく似ていてもその発展の仕方は全く別のルートをたどることになった。社会の受け皿としてではなく、単に寄生し、搾取するだけの存在になっている。そんな現在の「暴力団」について第一人者である著者のわかりやすい入門書である。
「イラク戦争は民主主義をもたらしたのか」トビー・ドッジ 著
混迷にもほどがあると言いたくなるイラク・シリア情勢だが、その前段階としてイラク戦争がもたらしたものを総括したのが本書「イラク戦争は民主主義をもたらしたのか」である。フセインを打倒し、化学兵器を見つけ出して、イラクに平和をもたらすとかなんとかブッシュは言っていたが、その実、イラク戦争がもたらしたのは苛烈な内戦であった。その事後処理のまずさが、やがてISの台頭に繋がるのである。IS以前のイラクの不安定化要因を整理した、現代中東情勢を理解する上で非常に参考になる一冊だと思う。
「『大日本帝国』崩壊 東アジアの1945年」加藤聖文 著
昭和二十年(1945年)八月十五日前後の大日本帝国の植民地が迎えた敗戦の模様と、大日本帝国の崩壊後の東アジア世界の変化を展望したのが
「『大日本帝国』崩壊 東アジアの1945年」である。終戦に向けて植民地を切り捨てる政府、切り捨てられた側の生き残りを巡る混乱、諸勢力の駆け引きは、あらためて太平洋戦争を捉え直す視点を与えてくれる。
「戦争と読書 水木しげる出征前手記」水木しげる/荒俣宏 著
先日亡くなった漫画家水木しげる氏が出征前に記していた日記が昨年発見された。その手記は戦争に直面せざるを得なくなった若者の苦悩が現れている。その若き日の水木しげるの手記から、戦争を前にして読書に救いを求めた当時の若者たちの姿を描き出し、昭和初期の教養主義的読書の潮流に位置づけた意欲的な一冊が「戦争と読書 水木しげる出征前手記」である。水木しげるの真摯な苦悩には胸を打たれる。
上記を除く面白かった本10選
「セルデンの中国地図 消えた古地図400年の謎を解く」ティモシー・ブルック 著
十六世紀に書かれた中国地図としては異例の、中華世界が中心になく南シナ海が中心に描かれた地図が十七世紀英国の法律家ジョン・セルデンの遺産の中から発見された。この地図は何のために描かれたのか?英国、オランダ、中国、東南アジアそして日本まで舞台を次々と変えながら、その謎を解き明かしていく、世界史ミステリーだ。
「幻の東京オリンピック 1940年大会 招致から返上まで」橋本 一夫 著
現在、競技場建設を巡って迷走する2020年東京オリンピックだが、80年前も東京オリンピックの開催を巡って迷走の果てに辞退したことがある。「幻の東京オリンピック 1940年大会 招致から返上まで」はその顛末を描いた一冊だ。1940年オリンピック返上の理由として「日中戦争の影響」と一言で片付けられることが多いが、本書を読むと、むしろ、日本側の準備不足と責任能力の欠如こそが大きな要因であったことがわかる。
「トップ記事は、月に人類発見!―十九世紀、アメリカ新聞戦争」マシュー グッドマン 著
新聞というメディアの誕生と浸透の過程で大衆紙の果たした役割は非常に大きい。虚実入り混じり、センセーショナリズムを追求する十九世紀前半の米国における大衆紙ザ・サンの登場とある記事が引き起こした混乱の様子を非常に面白く描いたのが本書「トップ記事は、月に人類発見!―十九世紀、アメリカ新聞戦争」である。嘘記事のダシに使われた天文学者のコメント「わたしが恐れているのは、どんなにばかげた話であろうと、いたる所で、形も様々に報道されれば、いつの日か正しいものとしてまかり通ってしまうのではないかということです。」(P344)は現代にも通じる。
「江戸幕府崩壊 孝明天皇と『一会桑』」家近 良樹 著
幕末、明治維新に至る幕府崩壊の過程を西南雄藩を中心にしてみる従来の見方には近年の研究で修正が加えられてきた。その中で最重要のアクターとして浮かび上がってきたのが一橋、会津、桑名の「一会桑」政権だ。その「一会桑」政権を中心に据えて幕府崩壊のプロセスを丁寧に解きほぐした幕末研究の必読書の一つが本書「江戸幕府崩壊 孝明天皇と『一会桑』」である。
「世界史の中のアラビアンナイト」西尾 哲夫 著
ヨーロッパとイスラームの邂逅と融合を通してヨーロッパからみたイスラーム世界というオリエンタリズムの具現化としてのアラビアンナイト(「千一夜物語」)成立の歴史を描く。偽書、偽作溢れる二次創作の積み重ねの過程に、文化の広がりと豊穣さを感じさせられて非常に面白い。
「江戸の発禁本 欲望と抑圧の近世」井上 泰至 著
江戸幕府による出版統制と表現規制が生む、江戸の出版文化の豊穣さ。時に先鋭化させ、時に表現手法を洗練させ、時に深みを持つ、欲望と抑圧のせめぎあいは現在の表現規制問題を考える上でも様々な示唆を与える。現在のライトノベルや大衆小説を髣髴とさせる読者サービスを重視する作り手の姿勢や、ロシアvs日本のダイナミックな架空戦記など、本書で紹介される江戸の出版物は面白い。
「なぜ政府は動けないのか: アメリカの失敗と次世代型政府の構想」ドナルド・ケトル 著
米国の行政機構は事あるごとに機能不全に陥るようになってきた。その行政機構が機能不全を起こすボトルネックはどこにあるのか、米国行政論の第一人者である著者が鋭く分析した一冊。福祉制度と災害対策という二つの例から行政機構のミスマッチを浮き彫りにする。日本の行政機構の機能不全を考える上でも有用だと思う。
「日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか」小谷 賢 著
太平洋戦争時の日本の情報インテリジェンス体制の失敗と欠点はどこにあったか。そして、戦前日本と比較して現代日本のインテリジェンスの問題点はどこにあるか、著者は組織化されないインテリジェンス、情報部の地位の低さ、防諜の不徹底、近視眼的な情報運用、情報集約機関の不在とセクショナリズム、戦略の欠如による情報リクワイアメントの不在の六点を挙げる。情報マネジメントの処方箋として非常に有用な一冊だ。
「居酒屋の誕生: 江戸の呑みだおれ文化」飯野 亮一 著
江戸は朝から酔っぱらいが溢れる酔っぱらい都市だった。居酒屋の誕生と江戸の酒呑み文化を鮮やかに描いており、様々な発見がある一冊になっている。
「猫的感覚 動物行動学が教えるネコの心理」ジョン・ブラッドショー 著
動物行動学者である著者が現在わかっているネコの生態と特徴、歴史などについてわかりやすく描いたネコ入門書。猫好きもそうでない人も、猫飼い主も猫飼いたい人も、とりあえず読んでおくとより猫との関係を深めることができるようになるだろう。
以上、本選びの参考になれば幸いです。