2015.12.15 (火) 17:15
2015年11月13日に小学館からファッションカルチャーマガジン『This!(ディス!)』が創刊された。ファッション、映画、音楽、演劇、漫画など幅広いジャンルを取り扱い、表紙を飾るコムアイ(水曜日のカンパネラ)や藤田貴大(マームとジプシー)など、旬のクリエイターが多数登場している。一方で、第一号のテーマは「進路」。カルチャーとライフスタイルがミックスされた、いまの時代のカルチャーマガジンを提案しているのがおもしろい。遊び心溢れるエディトリアルデザインや細かな記事には、出版業界では雑誌が売れないと口癖のように言われている中で、「雑誌でやりたいことをやってやる!」「売ってやる!」という気概や、雑誌カルチャーを次世代に伝えていこうという意思など、作り手の愛が満ちている。
左から、金城小百合氏、小林由佳氏、濱谷梢子氏
編集スタッフには、小学館で『おじさん図鑑』『あたらしいみかんのむきかた』などを担当した編集長・小林由佳氏、ビッグコミックスピリッツで『アイアムアヒーロー』『プリンセスメゾン』などを担当する金城小百合氏、『AneCan』『Oggi』などの女性ファッション誌の編集に携わった後、現在は広告局に所属する濱谷梢子氏という、ヒットメーカーたちが集った。異なる編集部からスタッフを集め、ひとつの雑誌を作るというのは、小学館としても初の試みだという。
雑誌は売れないと呼ばれて久しいが、30代のヒットメーカーたちは、なぜ、いま雑誌を作ろうと思ったのだろうか。3人に話をきいた。
—『This!』を作ろうと思った経緯を教えてください。
小林由佳氏
小林由佳氏(以下、小林):私は今まで本やマンガはあまり読んでこなかったんですけど、昔から雑誌は好きで読んでいたんですよ。本屋さんに行くと最初に雑誌のコーナーに行くんですけど、最近は真面目っぽい雑誌ばかりであまりおもしろくないなと思っていて。読んで笑ってしまうような雑誌があまりないし、雑誌を読んでワクワクする感じもないなという印象があって。だったら、せっかく出版社にいるんだから作ってみようかなと思ったのがきっかけです。ただ、私は雑誌を一冊まるまる作ったことはなかったし、ノウハウがなかったし、特にファッションは全くわからないので、ずっとファッション誌をやっていた濱谷さんに声をかけたんです。金城さんが作った好きなマンガがいっぱいあったので、金城さんにも声をかけて。
金城小百合氏
金城小百合氏(以下、金城):ある日、小林さんから新雑誌の編集会議をやるからご飯食べようと誘われて。部署が違う私に声がかかるなんて、きっと会社が認めた大きい企画かと思いきや、(小林さんと濱谷さんが)ふたりで新雑誌の企画についてずっと喋っている、みたいな、ラフな感じだったんです(笑)。そのとき初めて濱谷さんと会って。ふたりの会話がおもしろくて、最初の30分くらいで「雑誌やりたい!」と思ったんです。
濱谷梢子氏
濱谷梢子氏(以下、濱谷):小林さんは『おじさん図鑑』や『あたらしいみかんのむきかた』とか、この世にまだ認められていない価値を出してブームを作ることができる人だということを知っていたので、彼女が作る雑誌の企画だったらいけるんじゃないかなと思ったんです。
——第一号の特集を「進路」にしようと思ったのは?
小林:進路という言葉は進学の進路だけを指しているのではなくて。就職、転職、結婚などのいろいろな人生の進路があって、きっと何歳になってもゴールがあるわけではない。常に進路を迷っている状態だから、幅広い層に興味のあるテーマなのかなと思ったんです。
濱谷:実は、最初はそこまでメインの特集を打ち出す特集主義にするつもりもなかったんです。やりたいことを実現していく箱として雑誌を使おうという感じだったんですけど、特集を立てないと『This』というものを誰も知らないし、貫かれているものがない状態だと本当に伝わらないんじゃないかという話になって。それで、特集を組むことにしたんです。
——雑誌が売れないと言われて久しいですが、今、雑誌に必要なものとは何だと思いますか?
小林:出版社がカルチャーを賑わせないと、新しいミュージシャンやクリエイターが出てこない気がして。例えば、私が高校生くらいのとき、マイナーなミュージシャンが雑誌に載ると、「あ、ようやくきた!」と世間に認められる感じがした。そういう感覚を与えるのって出版社の役目のひとつだと思うんです。『This!』は年に2回の刊行しかしないんですけど、そういう感じを出せたらいいなと思っています。例えば、「あこがれの仕事につく100人の図鑑」のページは、著名人とほぼ一般人を並列に扱っているのですが、それは新しいスターを発掘するとか持ち上げる要素もあると思うんです。そういうことは雑誌だからできることだと思っていて。いまの雑誌って、ちゃんと有名でテレビなどのメディアに出ている人じゃないと雑誌に取り上げちゃいけないみたいな、どこか真面目な感じがあると思うんです。でも、そうすると上が詰まってきて、新しいスターが出てこないと思うんですよね。
濱谷:そうだと思います。有名で、みんなが知っている人を表紙にすれば雑誌が売れるわけではないですしね。
小林:実際にそういう雑誌が売れて、成功していればそうするんですけど、部数を調べると有名女優を表紙にしたファッション誌よりもほぼ無名の女優を表紙にしたカルチャー誌のほうが売れていることもあるんですよね。
濱谷:女性誌的な考えでいったら、雑誌の売上が厳しければ厳しいほどそういう固定ファンが多い人が表紙になるという、止められない流れがありますよね。でも、『This!』はそれではない文脈でやりたいんで。
金城:最初に濱谷さんと小林さんの新企画会議に呼ばれたときに、ふたりが「雑誌が売れないって言うのはもう飽きた。売れる雑誌を作る」と言っていたのをすごく覚えているんです。マンガ雑誌はもう売れないとずっと言われている中で、私も単行本が売れればそれでよし、みたいな感覚があったんですけど、そういう状況にしてしまっているのも出版界の自分たちだなと思って。やっぱり読んでおもしろいという雑誌を絶対にやりたかったんです。
——今後、『This!』をどういう雑誌にしていきたいですか?
金城:私は、マンガを増やしたいです。
小林:ゆくゆくは、号によって編集長が変わるようにしたいんですよ。例えば、マンガを増やしたいとなったときに、私はマンガの編集経験がない。本当にやりたくて、そのほうが売れるというのであれば、その号は編集長を他の人にしたほうが適任だと思うんですよ。号によって毛色が変わるのもおもしろいし、作っている私たちも飽きないで、いつも新鮮な気持ちでいることができる。早くそういう体制を作りたいと思っています。
(文:岡崎咲子)
■『This!』テレビCM
■プロフィール
小林由佳(こばやし・ゆか)
1980年生まれ。山と溪谷社を経て2007年小学館入社。児童・学習編集局 図鑑百科編集室所属。主な担当書籍に、『あたらしいみかんのむきかた』『おじさん図鑑』『図鑑NEO花』『花と葉で見わける野草』『きのこシール』『宇宙探検えほん』(以上、小学館)、『おとなのおりがみ』(山と溪谷社)など。
金城小百合(きんじょう・さゆり)
1983年生まれ。秋田書店を経て2014年小学館入社。第三コミック局 ビッグコミックスピリッツ編集部所属。主な担当漫画に、花沢健吾『アイアムアヒーロー』、池辺葵『プリンセスメゾン』(以上、小学館)、今日マチ子『cocoon』、久住昌之 原作・水沢悦子 漫画『花のズボラ飯』(以上、秋田書店)など。
濱谷梢子(はまたに・しょうこ)
1979年生まれ。リクルートを経て2007年小学館入社。女性誌局編集部を経て、現在は広告局所属。主な担当雑誌『Oggi』『AneCan』(編集担当) 、『Oggi』『Domani』(広告担当/以上、小学館)、『ゼクシィ』(リクルート)など。
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